バレンタインチョコレートを作ろう ─ 前編 ─
本編がとんでもないところで終わっていますし、バレンタインデーは10日も先の話ですが先に書けたので投稿します。
番外編の為、時系列があっていません。ご了承ください。
本編投稿時に場所を移動します。よろしくお願いします。
「そういえば、バレンタインのチョコレートってどうする?和泉君に作ってあげるんでしょう?もしよかったら一緒に作らない?」
環からまるで当然作るよね?みたいな台詞を言われて、私は首を傾げた。
「……作るの??」
「え、作らないの?」
逆に不思議そうにそう言われてしまった。
「バレンタインのチョコって、手作りが基本じゃないの?高級チョコレートも悪くはないけど、本命って感じじゃないじゃない。今まで作ったことない……っていうか、あげたことないの?」
えーっと……実は──ない。
バレンタインデーの近くになると色々な所でフェアをやるから、普段売っていないようなお店が期間限定出店していたり、デパートなんかだと試食させてくれたりすることもあるし、美味しそうなのを少しだけ買ってみて自分で楽しんでいたんだよね。我ながら好きな子にあげるって方に行かなかったのは何でだろう?
私は沈黙を以て返事にしたけどそんなの簡単に見破られた。
「ああ、そうか。あんた、お料理苦手なうえに不器用だったね……」
うん、まあ図星なんだけども。
「全くやったことがない訳じゃないんだけど、続かなかった」
これが全てです、はい。
作っていたのは小中学生の時で、お小遣いも少ないし、手作りしないとあげたい子に全部行き渡らないかもしれないから、母に手伝って貰って持って行ってたんだよ。
あ、言っとくけど友チョコだからね。本命チョコをばらまくようなおませさんじゃなかったからね。
だけど小学生に湯煎とか、難しくない?温度調整も難しいし、結局ほとんど母作と言っていいようなもので、その頃に作っていた……否、作ってもらっていたのは、小さなパラフィン紙のカップに溶かしたチョコレートを流し込んで、上にクルミやアーモンドのトッピングを乗せたごく簡単な物だった。
中学の友達に「溶かして固めただけのチョコレートは、手作りとは言わない」って断言されたから、厳密に言うと手作りとも言えないらしいんだけど、高校に上がってからは自分で全部やりなさいって言われたので、素直に買う方にシフトした。
すごくモテる男の子が「手作りのチョコレートって、見ず知らずの相手から受け取るには勇気がいるよな」って言っていたから、そんなもんなのかなーって思ったのもある。
素人が作ったものにお店が作ったものにかなう訳ないじゃないって思ったのもあって、手作りって方に全く頭が回らなかったのだ。
「どうする?挑戦してみる?簡単で見栄えのするレシピもあるよ。後は、ラッピングをきちんとすればそれなりに見えるようになると思う。……一緒に作ろうっていうのは、お菓子って普段使わない材料をちょっとだけ使ったりするでしょう?ラッピングの材料もそうだし、二人で分けられるところは分けられたらいいかな?っていうのと、和歌子の家の台所って広いし、大きな作業があるから使わせてもらえたらいいなーって思ったんだけど、どうかな?」
「うーーーーーん」
誰かにあげるのなら最低でも練習して、更に毒見をしてから渡さないといけないよね。我ながら食べられるものができるかどうかも怪しいし、他人の「簡単」は私にとっても簡単なのかと言えば、そうじゃないってことを知ってるし。
私が唸っていると、スマホでレシピを検索していた環が、
「これはどうかな?材料が少なくて、前にも作ったことがあるから、教えられる」
と画面を見せてくれた。そこにはトリュフチョコと書いてあって、完成画像もついてたけどおいしそうに見えた。
あー、友チョコ返しで貰ったことがある、かな?
「温めた生クリームにチョコを入れて溶かして、ブランデーを香りづけに入れた後、冷やして丸く形成、飾り用にココアパウダーとか粉砂糖とかチョコスプレーなんかをまぶして完成。キャンディみたいにパラフィン紙で包んでもいいけど、箱に綺麗並べて入れると見栄えがすると思う。あとはそうねー……ああ、これなんかもいいかもしれない」
画面が変わって、ガトーショコラのレシピが書いてある。へー、ホットケーキミックスと炊飯器を使って作るのか。材料を混ぜて炊飯器のスイッチを入れるだけだし、オーブンを使わないから私でもできそうだ。
「……環はどうするの?」
「フォンダンショコラかチョコレートのブランデーケーキにしようかと思ってるよ」
「ブランデーケーキかぁ。それもおいしそうだね。私はともかく、和泉君ってお酒が強いから、あんまり甘いもの得意じゃないイメージがあるんだよね。そっちにしようかな?……ただ、私に出来るかどうかが激しく不明だけど」
「んー、ちょっと待って。……えーと、あ、同じようにホットケーキミックスと炊飯器を使うレシピが載ってるよ」
完成画面を見る限り、こっちもすごくおいしそうだ。プレーンのブランデーケーキに、チョコチップを入れてみるのもいいかもしれないな。スイッチ一つで温度調整なし、自動で保温になるから焼きすぎで失敗ってこともなさそうだ。
「よし、先に許可を貰うからちょっと待っててね。OKが出たら今年は頑張るから」
環にやる宣言をした私は、早速自宅の母親に許可を貰い、更に父の酒棚にブランデーがあるのを発見。埃かぶっていたので、ちょっとくらい持ち出しても発覚しないとそれを持ち出しておいた。……案の定父は何も言わなかったので、次の日に材料その他を買い物に行った時、買うものリストからブランデーを外した。製菓用のブランデーも売ってはいるけど、ほら、匂い付けの為ならこっちの方がいい匂いだと思うし、ちゃんとしたお酒の方が後始末も楽だもんね。……洋酒ってあんまり飲んだことがないから、味見したいなー?なんて思ったりしないよ?ほんとだよ?
母にはとにかく綺麗に掃除することを守るなら使ってよしと言われたので、学校の帰り道に買い物をして、環に母の条件を伝えてから開始した。
焼くのに時間がかかるので、先にブランデーケーキを作って焼いている間にトリュフチョコを作る予定。そんなに手際よく出来ない可能性が高いとは思うけど、出来のいい方をあげると思えば気も楽だ。
私が卵に少量の砂糖を入れてから泡だて器で混ぜている間、環は溶かしやすいように板チョコを割って、湯煎にかけてくれた。
環はフォンダンショコラにしたんだって。黒崎君も甘いものが特に好きじゃないらしいので、ビターチョコを使用するんだけど、私も甘さが控えめになるようにビターチョコを使うことにしたので、一緒に溶かしてくれている。
「材料をきっちり計って、余計な事をしなければ、それなりに失敗しないものが出来るわよ」
料理の世界での「いい加減」というのは「好い加減」の意味で、上級者にしか許されない技能だから、初心者かつ不器用な私は勝手なアレンジを加えることなく、レシピ通りに作るのがまず大前提だと力説された。材料は計量カップや秤を使って正確に量ること、と。材料の変更は、例えば今回みたくミルクチョコレートをビターチョコに変更するのは良いけど、量を変えるのは失敗の元なんだって。
あー、うん。ブランデーの量を増やしたら美味しそうだなー?とは思ったよ。……やっちゃだめなのね。
「フォンダンショコラも、そんなに難しくはないと思うけど」
「いや、その基準が良く分からない」
そんなことを言いながらボウルの中に溶かしたビターチョコレートを入れ、さらにブランデーを入れようと、見つからないように除けておいた瓶を取り出したら環が固まった。
「……それ……すっごく高いブランデーじゃないの?」
「え?そう?」
所謂円筒形じゃなくて、しゃもじをひっくり返したような複雑な形の瓶で、確かに入れ物だけでもそれなりのお値段がしそうだけど、埃かぶってたからなぁ。封は切ってあったし、隅っこに置いてあったし、忘れてる可能性大だと思う。
「バレないし、大丈夫」
「……そう?私は見なかった事にするからねー?」
きゅぽん、と蓋を取ったらそれだけでお酒のいい匂いが漂ってきた。計量カップに注ぐと、とくとくとく、っというテレビなんかで聞くお酒を注ぐ時の擬音が本当にして、カップに注いだことで更に匂いが広がる。
「うわー、いい匂いー。このまま飲んでみたいかも」
「ちょっと、やめなさい。お願いだから私を共犯にしないで。それに酔っぱらったら、この先が作れなくなるでしょう。それ、かなりアルコール度数が高いんだから。火をつけると燃えるはずだもの」
なんでも割と最近出席した従姉妹の結婚式で、アイスクリームに火をつけたブランデーを回し掛けてフランベするというパフォーマンスを見たらしい。程よく溶けたアイスクリームにブランデーが香って、とても美味しかったのだそうだ。
「愛の炎がーとか、司会の台詞がちょっとアレだったけどねー」
うん、聞いただけでそれは美味凄く美味しそうだ。ぜひともやってみたい……けど、環に睨まれたので諦めます。
今度こそ、指定された量のブランデーを計量カップで量って投入。ほんのちょびっと大目に入れたのは内緒だ。




