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「特殊な暴れ方をしたって言ってたよね。私は何やったの?」

 和泉君は少し言いよどんだ後、意を決したようにこちらの目をまっすぐに見詰めてきた。


「先にこれだけは言っておく。……俺は和歌子が好きだ」

 改めて面と向かって言われて、思わず目を見ひらいた。

 なんで今?……って、覚えていないけど、酔っぱらっている時に何か言ったかやったかしたんだろうけど。


「確かに俺は、誰かと付き合うのは初めてじゃない。だけど、体が目当てならもっと軽い相手がいくらでもいるし、そこまで不自由していない」

「…………」


 その独白を聞いて、私はかなりビミョーな気分になった。

 悪かったねー、私は全部初めてだったよ!恋人いない歴イコール年齢だったよ!!


 ……ああ、そうか。酔っぱらってる時にこれを指摘したのか。


 和泉君は無口だけど、行動や仕草の端々に女の子に慣れてるんだなぁって感じる所があった。その……夜の方にも。

 153センチな私と、多分185センチ以上ある和泉君だと、体格差で……えーと、えーと、詳細は省く。察して下さい。


 スプラッタな事になるよりはそりゃあいいし、大事にしてくれてるんだって分かってるけど、好きだって言われたのは怒っていた時の一回だけ。それなりに執着はあるみたいだけど、たまたま手近にあったものがちょっと面白そうなんで手を出してみました的な、お手軽な相手だと思ってるんじゃないかな?って感じてた。

 家での飲み会の一件も、まだ恋人になったって実感があまりない所へ持ってきて、流されちゃった現実に対応出来てないから余計にからかわれているような気がして……要するに、私はあまり和泉君の気持ちを信じられなかったのだ。


「最初は、先輩の妹ってだけだった。奉納舞を舞ったのを見た時から気になり始めて、距離を縮めたかったけどお前は気付かない。鈍いのも個性だけど、誰かに持っていかれそうな気がしたからゆっくり待っていられなかった」

 環にも言われたけど、この告白は本当に私のこと気にかけてたんだと思えた。和泉君、無表情だけどすごく言いにくそうだったし。


「少し強引に手に入れて、満足は……しなかったな。大事にしたい気持ちと同じくらい、酷いことをしてやりたくなった。お前は全然変わらない上に、危なっかしいままだったから。そんなのが多分、態度に出てたんだろう。……気持ちを置いてきぼりにされたように感じたんだろう?」

 こっくりと頷くと、和泉君は苦笑を浮かべた。

「弓を口実に会う機会を増やしても型通りの付き合いだったし、付き合い始めても、俺ばかり振り回されているような気がしていた。意識してほしかった。兄貴の後輩じゃなく、俺を見てほしかった」

 今、私は鈍感にも程があるって責められてるんだろうか?

 嬉しいような、後ろめたいような気持ちがないまぜになる。



 寝ている間にもし手を出してきたら、今後の付き合い方も含めてもう一度考えよう。

 そう考えるのに至ったのは、和泉君を信じ切れないというのもそうだけど、それだけの魅力が自分にあるのか?という自信のなさからでもあった。

「段々、何で付き合ってるのか分からなくなってきて。そう言う事が好きだったからなのかな?っていうのが一番分かりやすかった」

「そうだったのか。それで、ああ繋がるんだな」

「ああ繋がる?」

「酔っぱらって潰れた後、ちゃんと寝床に連れて行って寝かせてやったんだ。本格的にどうこうするつもりはなかったんだが……」

 お休みと言って触れるだけの口づけを落としたら、ぱかっと目を開けて起き上がったあと、和泉君を正座させて自分はその前に仁王立ち。

 淡々と、それは鬼気迫るような口調と無表情でもって、さっき答えたような事を詰問してきたらしい。多少呂律が回っていなかったので、酔っ払いの延長か?と思ったものの、とても口に出すような雰囲気でも余裕もない。


「最後に、『弄ぶつもりだったと言うなら、それなりの覚悟はしてもらう』と言われたんで、『そんなつもりは更々ない』と言った後、つい好奇心に駆られて『覚悟ってなんだ?』って聞いたら」

「非常ベルを押した?」

「いや、俺のスマホをいつの間にか持っていた」

 和泉君はアルバイト代わりに、国内物のみ、一定以上の金を遣わないように資金を限定して株の取引をやっているらしい。最終的には損はしてないとのことなので、中々のものなのだろう。


「スマホでも取引できるから、空いた時間に市場を見たりしてたんだ。そのスマホを人質ならぬ物質に取って、とある画面をこっちに見せてきた。遠いわ、外国語だわでよく分からなかったが、株式購入決済の画面が開かれていたのは間違いがなかった」

 当然と言えば当然だった。夜中なのだから、時間帯として開いている市場は海外だけ。

「このー、ボタンをー押されたーく、なかったらー」

 と、今にも押しそうに指を画面に近づける。


「お前が目を付けた所だから、確実にこっちが痛手を負うだろうし」

「それ、どういう意味?」

「……いや、今は円安だから海外投資はあまり良くはないって意味だ」

「ふうん?」

 なんとなく違うことを言っていたように思うが、和泉君はそのまま続けた。

「流石に洒落にならないから慌てて取り戻そうとしたら、普段のちまちました動きが嘘みたく部屋の外へ逃げて行って……」


 立っていたのはまさにあの場所。非常ベルの前。右手の人差し指を非常ベルへ、左手の親指はスマホの決済ボタンへ寄せて、和泉君へ返答を迫った。


「ぼーっとしていたし、いつぞやみたく忘れられたら二度手間だ。ちゃんと目が覚めたら誠心誠意説明すると言ってスマホを取り上げようとしたら、お前は『ごまかすな~』とか何とか言って、非常ベルを押した」

 で、この有様な訳か。

 宿には消防士の人たちが行き来して、ガソリンの処置をしてくれている。ある意味、怪我の功名かもしれないけど。


「そういえば、スマホは?大丈夫だったの?」

「片手で操作するにはもともと無理があったし、左手だろ。取り上げたタイミングもあったと思うから、気にするな」

 そういう言い方をするってことは、ボタン、押しちゃったんだね?


 私が相当悲壮な顔をしていたのか、和泉君はぐしゃぐしゃとこちらの頭を撫でてきた。

「FXと違って、元手以上の損を出すことはないから。今回のことは、俺が悪い」

「……でも」

「俺に申し訳ないと思うのなら……そうだな。とりあえず、不満があるなら思ってるだけじゃなくて口に出すようにしてくれ。いきなり沸点越えられると、こちらも対処に困る」

 ごもっともで。

「あと、好きな相手が近くにいるのに何もしないで仲良く並んで寝るっていうのは、かなり理性を働かせないといけないのは分かるな?環境が違えば、シチュエーション的に期待するだろうが。その辺の機微も多少は汲んでくれるとありがたい」

 えーと、男の生理を理解しろってことだよね。

「色々ごめんなさい」

 とりあえず手を握って謝ったら、なんとなくご機嫌は治ったようだった。

 重ねるだけのやさしい口づけが降って来て、なんだか初めてのキスみたくドキドキした。うん、これくらいからスタートした方がついて行ける。


 私たちは消防士の人たちの仕事が終わるまで、ずーっと手を繋いでいた。






 作業が終わったのは結局明け方に近いころで、宿からは宿泊代の返却の申し出があった。


 と、いうのも、ガソリンは漏れ出したのではなくて放火目的で撒かれたものであり、あのタイミングでベルが鳴ったために焦った犯人は、火をつけないで逃げようとしたところを見つかって拘束されたのだというのだ。


 犯人は宿の跡取り息子の婚約者で、次期女将候補として昨日は中居の一人として働いていた人だった。

 びっくりしたのは、その犯人の狙い。


 市松人形が生理的に視界に入れたくないくらいに嫌いだったらしいのだが、代々の女将が大事にしてきたもので、いわば守り神のように宿と一緒に暮して来たのだからと言われ、さらには本人が嫌いなのを承知の上で、しきたりのようなものだからと新しい人形(子)を迎える様に当代女将から言われたのが精神的にきつかったから、いっその事すべて燃やしてしまえばすっきりすると思い立ったのだそうだ。


 それまでに雇われていた宿の従業員の人たちは、人形が大切にされているのを知っているから内心嫌っていても表に出すことはなかったが、次期女将となれば立場が違う。女将修行自体もそれはそれは大変だったが、人形のメンテナンスも女将の仕事だった上に、婚約者の跡取り息子は庇ってくれるわけでもなく、それどころか私たちが見た一件……人形を壊したあれもお前だろうと怒られ、壊した当人だったのに、証拠もないのに犯人扱いされたと逆ギレ。


 宿の中にガソリンを撒いて火をつけたらどうなるのかなど、ちょっと考えれば分かりそうなものだが、当時の精神状態がどうだったのかも含めて、警察は慎重に捜査を進めているらしい。


 私と和泉君がいた非常ベルの位置は、ちょうどそのガソリンが撒かれた辺りを窓越しに見下ろす場所にあり、もちろん夜中だし、灯りをつけていたわけではないから、問題の犯人の姿を見てはいないのだが、あのタイミングで消防車が到着できたことも、それまでに宿泊者や従業員の人が避難を完了できたのも、ベルが鳴ったおかげだとかで、事情聴取しに来た刑事さんから感謝状うんぬんの言葉を聞いた。

 痴話喧嘩の末のイタズラです、とはとても言えなかったので、

「目が覚めてしまったので、温泉に入ろうかと思ったとき、人影が見えたような気がしたから押してしまった」

 と説明してあるけれど、そこまで厚顔にもなれなかったので感謝状は断った。


 へらっと笑って、

「何事も、未遂で終わって良かったですー」

 とだけ言っておいた。






 宿から帰って、しばらく経ったある日。なぜだか知らないけど、和泉君からごちそうしてやると言われて一緒に遊びに行った。

 おいしいと評判のカフェでランチして、さらにはデザートまで。二人だけの初めてのデートっぽいデートだから奮発してくれているのかと思ったら、そうではなかった。


「あの時の株が値上がりして、タイミング良く売り抜けられたんだ。またちょうどよく円が株を買った時より少しだけ安くなっていたから、それだけでも結構な儲けになった。これは利益還元」

 買った株は、ドイツの医薬品メーカー。難病の一種に効果の高い新薬が開発されて、今のところそのメーカーの薬だけが効果があるということで、株の価格が跳ね上がったらしい。

「へー」

「……いくら儲かったか聞かないのか?」

 意外そうな顔をされた。

「間違い操作でやったことだし、私のお金でもないし。被害が出なくて胸を撫で下ろしているところだもん。覚えていない事とはいえ、運良く上がってよかったね?」

 胸のつかえが下りた気分だと思っていたら、やおら、和泉君の眉間にしわが寄った。

 え?今のどこにそんなに不機嫌になる個所があったの?


「酔うと記憶がなくなるって、結構まずいことだって分かってるか?……覚えていないのは、アルコールのせいで記憶を司る海馬が麻痺して、短期記憶を維持できないからだと言われているんだぞ」

「そっちですか、説教の内容は」

「和歌子が自分の状態を甘く見ているからだ。で、それ以上飲むと、脳全体が麻痺してくる。所謂酩酊状態は、麻痺した脳がちゃんと体に指示を送れなくなっているからだ。それ以上脳の麻痺が進むと、呼吸の維持すら出せなくなって死ぬ。急性アルコール中毒はこれにあたる。記憶がなくなるのは、その一歩手前まで行ってるって事だ」

「……でもー」

 お酒はやめたくない。節度を持って楽しめばいいんだし、毎日飲んでいる訳でもない。アルコール中毒でもない。


「何を考えているか大体分かるが、今後はとにかく量を過ごさないように気を付ける様に。外で飲みたいんだったら、俺の部屋に来ること」

「え?」

「臨時収入が手に入ったから、少し広めの所に引っ越す予定なんだ。騒いでも平気なように、防音もちゃんとしてる所に」

「それって……」

 なんとなく、目的が違わない?

 懐疑的な目を向けるが、和泉君は肩をすくめるだけだ。……おまいさんはどこの外国人なの。


「嫌ならいいんだぞ?俺の家以外での外飲み禁止にするから」

「えー?横暴!」

「胸に手を当てて、今までやらかしたことを考えてみろ」

 本当に手を当てて考えてみる。

「変な先輩と飲んだ事と、非常ベル……あ、初回はセクハラ」

 うん、いろいろやってました。


「四回の内、三回やらかしていて、その三回は全部外で飲んでいただろ」

「そう言えばそうだね」

「軽く言うな。反省しろ。……とにかく、外で暴れられるよりは、目の届く範囲にいてもらった方が、まだフォローできる。だからといって、羽目を外すつもりで飲むのは駄目だからな」


 保護者気質が前より一層ひどくなった気がするなと思いながら、私はそれでもお酒飲みたさに和泉君の家に行っちゃうんだろうなーと、思いつつ。

「じゃあ、おいしいお酒を用意してくれるんだったら考える」

 上から目線でねだったのだった。









 すごーく後になってから、この時の儲け額を教えてもらった。

 指一本だって。


「百万?え?一千万??……え゛?いちおくえんをだいぶこえる?」

俺達(・・)の金だから、新生活の資金にするつもりで手は出してない。一生遊んで暮らせる訳じゃないが、お前は頼むから専業主婦でいてくれ。心配で目が離せない」

「いやー、そんな危険人物扱いは……」

「今までにあったことを、全部列挙してやろうか?」

「…………えへ?」





 そんなこんなで、二人で楽しくやっています。






 了


「竜神さまとわたし」で色々ネタバレしそうで先にこちらを完結させてからと思っていましたが、遅くなってしまいました。

 最終回、なんだか長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。


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