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連行されるように連れてこられたのはこの間のラブホテルで、私は入り口で悲鳴を上げて
「たす…」
けてと言おうとしたけれど、口を唇で塞がれて酸欠でぐったりなったところで受付を通過。気がついた時はベッドの上だった。
上から体重をかけられてしまうと、みっしりと筋肉の付いた体はやたら重くて、全く身動きが出来ない。おまけに。
「よりにもよって同じ部屋って」
四人で泊まった部屋に、今度は二人。
「約束。次は我慢しないって言ったろ。大体、あの時はお前のせいで全く寝られなかったんだからな」
抱き心地は確かに良かったが一晩中寝た振りする羽目になった俺の身になってみろ、なんて言われても全然嬉しくないし、そもそも、その約束、覚えてない。お酒の上の話だったら無効でしょ。
「か、体だけが目当てなのってサイテーだと思うから、ここは寛大な心でもって……」
じたばたと暴れる私を見下ろして、和泉君は鼻で笑った。
「お前の方が俺の体目当てだろう、大臀筋」
「いいかげんに、そこから離れようよ!」
「なぜ?お望み通り、見せてやるし触らせてやるぞ?」
普段の無表情っぷりはどこへ行ったっていうような、ものすごく意地悪そうな顔をして笑う。そこまで私を痴女扱いしたいの?
「えーと、今日は木曜日で、明日は学校だし、家にも連絡入れてないし」
母の怖さは知っているはずだから、今後も我が家へ出入りするつもりがあるのならこれで引く……と思っていた私は、あっさり裏切られた。
「ん。じゃあ今連絡入れるから、ちょっと待ってろ」
と言ってスマホを取り出して、本当に電話を掛けてしまったのだ。その前に、どいて。
抵抗が全く抵抗になっていないみたい。散々歩き回ったし、体力使って、もう疲れた。
「和泉です。……ええ、そのことで。今一緒に居るんですが……はい、代わります」
ほれ、とばかりに差し出されたスマホ。掛けたのは兄へのようだが、ここでいきなり手渡されて、一体どうしろと?
『……歌子?聞こえてるかー?』
押し倒されたまま、仕方なしに耳に当てた。
「聞こえているから助けて。何とか言ってやってよ」
『おお、家の方は心配すんな、俺が言っとくから。それじゃーな。はげめ』
ぶちっと電話が切れる。……はげめ?ってハゲめ?…………あれ、もしかして「励め」って言った???
和泉君は呆然としている私の手からスマホを取り上げると、ベッドサイドへ放る。
「ちょっと、どこ触って……」
するっと直接素肌に触れてきた手に、我に返って本格的に暴れるが、和泉君は意に介さずにこちらを見つめた。
「本当に嫌か?それだったらあきらめる」
本当にっていうか、こんな風に自分の意思がないように流されるのは嫌だ。ちゃんと考える猶予が欲しい。
そう思った時間は多分、30秒ほど。……だけど。
「時間切れだ。あきらめろ」
「ぎゃーっ!」
止まっていた手がさらに奥まで入ってきて……ちょっと、ほんとにどこ触ってるの!
「色気ない声だな。……まあ、いい」
ちっとも良くない!
抗議するために開いた口を、また唇で塞がれてしまったのだった。
翌朝起きると、体のあちこちが痛くて、さらにだるいので学校へ行くのは早々にあきらめた。もちろん、元凶の和泉君には散々文句を言ったが、何を言っても嬉しそうなのでひじょーにむかつく。
「ばーか、ばーか、ばーか」
とか言ったのに笑っているだけなんて、それこそMですか?
何言われるか分からないので家に帰りたくなかったが、ゆっくり休みたい私は仕方なく戻ることにした。
この時の階段登りは本当にきつくて、当然のように和泉君が支えてくれたが、意地を張る気もなくなるくらい体力を消耗してしまった。
家に着いたら絶対寝ると決めていたのに、たどり着いたら、なぜか両親と兄が待ち構えていて、お赤飯が炊かれており、その他ご馳走が一杯作られていて、真っ昼間から和泉君を含めて宴会になった。
お赤飯の理由は……考えたくない。娘が朝帰りして家族総出でお出迎えって、どんだけ羞恥プレイなのよ。
宴会では今までお酒を嫌っていた母が「祝い酒だから」と私にも飲ませてくれて、その向こう側では父が和泉君に、
「学生の身分であるのだから、今後の付き合いは節度をもって……」
なんて、説教している。暴走したんだから、自業自得。
殊勝な態度の和泉君を横目に、私は半分自棄になって徳利を傾けた。
奉納されている日本酒はやっぱり大吟醸が多くて、居酒屋の比較的安いお酒に慣れつつあった私の口には、とてもおいしく感じられた。飲むと疲れと一緒に、体の痛みがどこかへ飛んでいく気がする。
自宅なんだし、酔っ払っちゃっても大丈夫だよね~。
父も兄もお酒は強い。私が杯を重ねても、誰も止めなかった。
……だから、自分の意識が途切れたのがいつだったのか、正確に覚えていない。
頭の上で、誰かがしゃべっていた。眠いのよ、寝かせてよ。うーるーさーいーのよー。
「……って、そのまま放置で大丈夫なのか」
「一応、なんかまたやらかしたっぽかったんで……飲んだ量はわかりませんけど」
二つの声は遠くに行ったり、近くに行ったりしているように聞こえる。
「よんはーいのんだよー。カンパリオレンジとー、キールロワイヤルとー、おりじなるなんて言ってたけどー、うっそーなのをにはいーのんだー」
絶句したみたいな気配のあと、静かな声が私に問い掛けた。
「嘘なのを二杯って、なんて言うカクテルなんだ?」
私はへらんと笑った。あのカクテルはおいしかった。
「『あーすくえいく』ってーかくてる。くちのなかなかがー、かーってあつくーなってーいっきのみしたー」
「知ってますか、先輩」
「検索した方が早いだろ。………これか?『飲むと地面が揺れるほど強く感じるからアースクエイクと名づけられたカクテル。アルコール度数40度以上』……これを一気飲みしたのか?かなり辛口と書いてあるし、度数が半端ねぇぞ」
「それを飲ませたって、酩酊させて襲おうって魂胆しかありえない……」
深刻な響きが少しうっとうしい。もういいーんだってば。
「もうすーぐ、いなくーなるーから、だいじようぶなの。ほっといてー。ねーむーいーの」
「……いなくなる?まさか、死ぬって事か?」
「そこまで物騒なことをやらかしたのか?」
ほぼ同時に発せられた質問に、半分以上睡魔に飲み込まれていた私は、言葉を単なる雑音と捉えて、くたんと体から力を抜いたまま本格的に寝始めた。まだ雑音は続いていたけど、もう気にするほどの音量でもなかったし、眠気の方が勝っていたので意識はすぐに闇に沈んだ。
「……なくなっていないですね」
「まあ、こういうことになるかもという予想はないわけじゃなかったが……。巫女の全部が嫁に行ったからって、能力がなくなったわけじゃないからな……」
朝起きると、なぜか私の両側に和泉君と兄が寝ていた。おまけに、私の手首をそれぞれの手首に浴衣の紐で縛り付けてある。
「なにこれ」
「あー、起きたのか」
兄も目を覚ましていたのか、体を起こすと手首の紐を解きはじめた。
「お前は覚えていないかもしれんが、子供の頃……酒飲んだ後な。そこいらを徘徊した事があってなー。念のためだ」
「とうとう酒乱の気でも出たのかと思ったじゃない」
いや、徘徊は徘徊で怖いけど。
和泉君も喋り声で目を覚ましたが、一瞬自分が何処にいるか分からなかったようだ。紐でつながった手に溜息を漏らしながら「ああ……」なんて、言っている。
「部屋に運んでやろうかとも思ったが、前も目を離した隙に抜け出していたからな。雑魚寝になったが……夕べのこと、なにか覚えてるか?」
「覚えているか……って、日本酒飲んで潰れたんじゃないの?凄くおいしかったーってだけだけど」
「そうか。まあ、今回は特別だったが、お前は今後も家では禁酒だ」
「えー、なんで?」
他人のいるところならともかく、自宅なら多少羽目を外しても大丈夫じゃない!私はいつぞやの禁酒宣言をすっかり棚に上げていた。だって、おいしかったんだよ、日本酒。
「なに……って、昨日は祝い酒だったから特別で、ハレの日とケの日は違うってことだ」
「え~~」
抗議の声も空しく、禁酒の旨は既に両親にも通達されていて、私はがっくりと肩を落とした。
例によって日曜日まで和泉君は家に泊まっていった。今までとちょっと違うのは、直ぐに弓道場に行っていたのが、私の近くにいるってこと。
「何で?」って聞いたら手を握られて「付き合っている自覚はないのか」とか、心の底から呆れた顔をされた。
悔し紛れに「返事してないでしょ」って言ったら、無理やり告白のやり直しをさせられた。……私の方から。
ものすっごく理不尽。
今更だけど、押し倒されちゃったのは嫌じゃなかったし、怒っていなければ一緒にいても楽しいし、無表情でもなんとなく考えていることが分かるようになってきたので、納得できない部分はあるけど、付き合うのは吝かではない。けど、家族と和泉君が将来まで決まったような勢いなので、少々圧倒される。いや、本当に私まだ学生だから。付き合い始めたばっかりだから。苗字呼びではなく名前呼びをすることになって、気恥ずかしい思いをしているくらいなんだから、その辺をちゃんと理解して欲しい。
休みの間に環と黒崎君にお礼とお詫びの連絡をして(環にもやっぱり怒られた)、月曜日に大学に行ったら、うちの学生が逮捕されたらしいって言う噂で持ちきりになっていた。
逮捕されたのは、岸田さんと矢崎さん。
脱法ハーブに手を出していたらしく、車の中でお酒と一緒に飲んで耽っていた所を職務質問されて、様子がおかしいのでそのまま署まで連行されて尿検査。二人にとって想定外だったのは、法的に規制された成分が少しだけ混ざっていたこと。
逮捕されて余罪を追及されると共に、家宅捜索が入った。出てきたのはとても一人や二人では使用できない種類と量のハーブ。入手経路を二人から聞き出しているところだが、二人が半年ほど前から服装が派手に、金遣いが荒くなったことや、その頃に所属していたサークルのメンバーがかなり辞めているので、関連性を捜査しているのだそうだ。
売人の疑いがかかっている二人に商品を依頼したのではないか、あるいは乱暴なことをされていないか、お休みの日に刑事さんがきて、話を聞いて行ったよとこっそり教えてくれたのは谷さんだ。
テレビで見た通りに二人でやってきて、事情を聴取されたそうな。私に話したのは木曜日に一緒に飲んだから、いずれ話を聞きにいくかもしれないかもとのことだった。
黙っていると後から怒られるかもと、なるべくさりげない風を装ってと谷さんに聞いた話を和泉君にしたら、もの凄く疲れたような溜息をつかれた。
「お前は、今後、禁酒な」
おまけにそう宣言されて、まるで兄が二人になったような有様に、私は抗議の声を上げたのだった。
「いいかげんに懲りろ!」
「え?だって、一緒にいてくれれば大丈夫だよ。彼氏でしょー?」
ここぞとばかりに私は和泉君を持ち上げた。やっぱり、お酒おいしいんだもの。家で禁酒なら節度を持って外で楽しまないと!
私は「和泉君と一緒なら飲酒OK」を勝ち取るまで、彼に纏わりついたのだった。
了
読んでいただきましてありがとうございます。
どうしても本懐を遂げさせてやりたい思いが募って、一度完結したものを再開させていただきました。
またで申し訳ありませんが、本編エピローグ欄外に書いた内容に関して読んでいない方がいるかもしれませんので、会話を一部削除しました。
削除した部分は以下に書かせていただきましたが、読んでいない方には良くわからない内容となっていると思います。
和歌子が寝ている頭の上でしていた会話で、和歌子が完全に寝落ちした後になります。
兄 「引き止めるものがいれば、連れて行かれることは少ないだろう」
和泉 「引き止めるもの?」
兄 「未練だよ。貴方を残して死ねないとか、この子を残して逝けないとかよく言うだろ?子供が出来たら、そっちに引き継がれる可能性もあるから、一概にいいことばかりじゃないが」
和泉 「あー。この心配って、もしかすると一生って事ですか」
兄 「一般的に、女の方が子供に力を渡しやすいとされているから、そうなんじゃないか?……怖気づいたかよ?」
和泉 「……いいえ。やっかいなやつに惚れたとは思いますが」
兄 「境内の中は神域だから、この中で酔っ払うのは、今後は止めた方が良さそうだ。まったく、熱出した時の夢の話は聞いたことがあるが、いまだに出てきていたとは知らなかったぞ」




