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お酒は二十歳になってから、適量を楽しみましょう
「幽霊とか見えたりするの?」
「お父さんが宮司なら、お祓いとかできる?」
「怖い目に遭ったことがある?(幽霊なんかで)」
神社の娘に産まれて二十年。
家は神社ですと言うと、かなりの確率でこんなことを聞かれる。
「あなた達、どんだけ超常現象好きなのよ。ないない、そんなオモシロ話」
と言いたいが、子供の頃はともかく、大学生にもなれば世渡りも覚えて、当たり障りのない言葉を返すようにしていた。
「見えないんだよ、幽霊。零感でーす。怖い話は好きだけどね」
「お祓いは普通にやってるよ、家内安全祈願とか、車とかね。随時受け付けております、よろしくお願いします~」
「怖い目っていうか、結構とんでもない時間でもお参りに来る人がいるから、びっくりすることはあるかな。懐中電灯持っても、暗い時は暗いんだけどねー。あ、丑の刻参りとは違うよ。超早朝とかだよ」
これは事実であって誇張もしていない。父が宮司で兄が後を継ぐことになっているけど、私は年末年始やお宮参りの時など、繁忙期に巫女姿で売り子をやっているのがせいぜい。巫女舞なんていうモノのも教えられているから、神事の時に奉納舞をしたこともあるけど、所詮はなんちゃって巫女だから。綺麗なおべべ着て、普段はしない真っ白に塗りたくった化粧をすれば、コスプレ気分で楽しいです。
そんな私、水森和歌子、二十歳の誕生日。
「二十歳まで幽霊見なければ、一生見ないってよく言うもんね。安泰人生手に入れたあんたの誕生日祝いに、飲み会をセッティングしてあげたわよ~」
って言う親友の山名環に、
「飲み会じゃなくて合コンじゃない。名目に私の誕生日を使うなー!」
って笑いながら言い返したものの、合コンの頭数合わせにキャンセルも出来ず、飲み会に参加して。
「晴れて法的に飲酒OKになったんだし、今日は飲めー」
と飲みつけないお酒を勧められて。
5対5の合コンとは言え、女子メンバーは知っている子ばかりだったし、男子も顔見知りのメンツが二人混じっていたし、何よりも環が「最後まで見捨てないで面倒を見てあげるから」と言ってくれたので、安心して強かに酔っ払ってしまった。
話して、笑って、食べて、飲んで。また同じことを繰り返して。
合コンなんてすっとばして、お酒を心行くまで味わって、とっても楽しいひと時を過ごすことが出来た。
何がおかしかったのか覚えていないけど、うひゃうひゃ笑っている私に、環が、
「仕方がないわねぇ、この酔っ払い。もういいから寝ちゃいなさい」
って言ってくれたのに安心してそこに横になって。
誰かが私の髪をほどいてくれたのに、ありがとーとお礼を言って。
また、誰かが私の頬を突っついたのに、寝かせろ~と唸って。
更に誰かがお水を飲ませてくれたのに、もっとちょうだいとねだって。
最後にすとんと意識が落ちて、眠った。
………次の日の目覚めは、あまり良くはなかった。
半分くらい夢うつつで、いつもと違って枕が硬いなー。寝心地がイマイチ悪いー。寝返り打ちたいのに、なんか体が重いー?なんて思いながら、その絡みついたものをどかそうと手を伸ばした。
妙に暑い、重い、取れない。
振りほどこうとした私に逆らって、絡みついたものはぎゅっと力を入れてきて、目の前の壁に引き寄せようとする。なにー、これ。動くの?
ぱかっとあけた目の前に、わずかに眉間に皺を寄せて眠る人の顔があった。幸いにしてと言うか何と言うか、見覚えのある顔で、つまり今の状況は彼の腕枕で眠っていたところをさらに抱き枕状態になっていて、抵抗した私を元の通りの胸の中に戻したと言うことで。
えーと、えーと、えーと……この状況、一体ナニ?
密着しているから、自分も相手も裸じゃないって分かるけど、途中経過が抜けているからさっぱり分かりません。
そもそもなんだっけ、彼の名前は。
イケメンと言う程ではないけれど、整った顔。そうか、強面のイメージが強いのは眼差しがきついせいか。眉毛もきりりとつり上がり気味だし、身長も高いから余計に近寄りがたい感じだったけど、目を瞑っていると印象が随分違う。
じーっと顔を見ていると、私の視線を感じたように目が開いた。うわ、睫毛長っ。
「──和泉正親君」
「なんだい、水森和歌子さん」
「なかなか素敵な上腕二頭筋ですね。とても硬いです」
「それはどうもありがとう。日ごろの鍛錬の賜物だね。……そういう水森さんの抱き枕っぷりもなかなかだよ。触り心地が柔らかで、適度に返す弾力や、抱き込んだ時の大きさもちょうどいい」
「脂肪過多と言われているように聞こえるのは、気のせいでしょうか?」
「いや、誉めている。どっちにしろ、哺乳類の雌の乳は脂肪なんだから、男に比べれば脂肪が多いのは当たり前だろう」
喧嘩売ってるだろゴルァ!な台詞を言われたところで、私達の両脇から笑い声が響いた。
「いや、駄目だ。我慢してたんだけどおかしい」
「ほんとに。あんた、何で敬語?」
私の隣にいたのは環で、和泉君の隣にいたのは黒崎君。……下の名前は知らない。和泉君も合わせて昨日の合コン参加メンバーで、黒崎君と和泉君が顔見知りの二人の男子だった。
「いやー、状況がさっぱりつかめなくて。ここはどこ?」
改めて寝ているところを見回すと、内装の雰囲気がなんとなくえっちくさい。もしかして、ラブホテル?
ベッドの上に四人で雑魚寝しているうちに、私と和泉君が接近してしまったと、それだけのことかな?良く見ればみんな昨日と同じ服を着ているし。あ、和泉君だけは違うね。Tシャツと短パンだ。
自由になる右手をぱんぱんして、放してくれアピールをすると、ようやく絡み合ったものが離れていった。足まで絡み合ってたので色々拙かったんだけど、頭が半分以上動いていなかったのが逆に冷静に見えていたと言うアレな展開でした。密着状態だったのに短パンって分かったのは、スカートな私の足が、短パンな足に挟まれた状態だったので……まあ、察してください。
起き上がって、体を伸ばす。片腕と片足が体の上に乗っていたんで、押しつぶされた感があったのが少しずつなくなっていった。
和泉君、弓道部なんで筋肉がハンパないんだよ。胸板もがっしりと厚いし、枕にしていた二の腕は嘘でも誇張でもなく硬かったし。……なんかものすごく今更ですが、よく知らない人とくっついて寝てたね、私。
ペットボトルのお水を飲んで、ようやく落ち着いたところに、ちょっと呆れたような環の声がかかった。
「あんた、昨日の事どこまで覚えてるの?」
「ちゃんと覚えてるよ、頭が回ってなかっただけで」
胸を張って答える。覚えてるよ、ほんとに。
「飲み会は5時スタートで楽しくお酒を飲んでたけど、雨が降ってたから、早めに上がろうって話になって8時半で切り上げた」
「うん、合ってるよ」
すごいね、とでも言いたげなのは黒崎君。いや、かなり酔っ払っていたけど、記憶も怪しくなるくらい酔っているように見えてたのね。
「ふらふらしてる自覚があったから、家の階段を上がれるか心配になって、私が環と黒崎君に泊まって行こうと声を掛けた。黒崎君が女の子二人に自分一人はきついと言ったら、和泉君がつきあうと言い出してくれて、四人で泊まることになった」
山の中腹に神社があって家は境内の中。ずっと上り坂の最後に、四十段くらいの急な階段を登らないといけない。私は酔っ払いの足取りで登りきる自信がなかった。暗い上に雨だったし。
同じクラスだったけど、そんなに親しくなかった黒崎君を何で誘ったのかは覚えていないけど。
「で?」
和泉君も私の記憶を疑っているのか、更に促してくる。
「金曜の夜で雨だし、まともな所はもう一杯だろうからラブホテルに行くことにして、現在に至る」
「うん、まぁ、大体合ってる。途中すっ飛ばしてるけど」
環が苦笑を浮かべた。




