第50話 ギルドマスター
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王都アルスメラルダの繁華街で一際大きな建物である冒険者ギルド。そこを物々しい騎士の一団が訪れた。
ホールにたむろしていた冒険者たちは、その威圧的な雰囲気にそそくさと外へ逃げ出していく。
一団を率いているのは、一人の老剣士。七聖剣第一席『鉄槌』のオルグ。──名実共にアルドヴィン王国最強の男だ。
その後ろに控えているのは彼の部下の聖剣騎士団第一部隊、約20名。国王の親衛隊も兼ねる精鋭中の精鋭部隊である。
オルグはギルドのカウンターから奥に声をかける。
「エリノア殿はおられるか?」
「え? あっはい。少々お待ち下さい」
受付嬢は慌てて裏方へ行き、すぐに戻ってきた。
「マスターは執務室で待っております」
「うむ。失礼する」
オルグを先頭に一行は階段を上がってゆく。
ギルドマスター専用の執務室に通されると室内には黒髪に眼鏡をかけた女性が椅子に座っていた。
女性──冒険者ギルドの優秀な受付嬢にしてギルドマスターも兼ねるエリノア・クルーゲは、七聖剣の最上席を前にしても慇懃無礼な態度を崩さない。
「いきなり現れてなんなんすかオルグさん。こちとら男と話す気はねーんですけど?」
「……相変わらずですね。エリノア殿」
「は? ふざけんな? あんたのおかげでホールの冒険者は全員逃げ帰って、今日はもうギルド閉めざるを得なくなったんですけど?」
「申し訳ない」
「謝んな。ムカつくから」
「はい」
「で? ご用件は? さっさと言ってさっさと帰って欲しいのだけど」
そう言うとエリノアはタバコを取り出し火をつけた。
室内に独特な香りが充満していく中、オルグ単刀直入に切り込んだ。
「先日の竜討伐の際に七聖剣が三名ほど欠けておりまして」
「知ってる。あたしの情報網ナメんなよ?」
「恐れ入ります。それでその穴埋めをしようと我々は躍起になったのですが……」
「……七聖剣に適うような実力持つ人物が貴族の中にはもういないんでしょ? 」
「さすがです」
オルグは苦笑する。
「まあ無理もないでしょう。そもそも七聖剣というのは本来王国には存在しないものだ。それを貴族を中心とするメンバーで無理やり作ってしまったのが事の発端でしょう。──だからあたしは最初から反対していたのよ」
そう言って嘆息する彼女の言う通り、聖剣騎士団とは国家が偶像的な英雄貴族を作り上げるために作り出した人工的なシステムだ。
貴族の中から優秀な魔導士や戦士を選抜し厳しい訓練と過酷な実践を課すことで最強の騎士集団を作り上げる。しかし、世襲制を重視する貴族では、跡継ぎの嫡男や他家へ嫁ぐ予定の女子が優れた戦闘力を持っていることは稀で、近年では七聖剣の質の低下も噂されていた。
「全くです。貴女の慧眼には感服致します」
「そう思うならとっとと解散させたらどうっすか?」
「それは出来ない相談ですな」
オルグは静かに首を横に振る。するとエリノアは深く溜息を吐いた。
「で? 要するにあたしに何をしろと?」
「──単刀直入に申し上げます。エリノア・クルーゲ殿、最強の魔導士と名高い貴女を聖剣騎士団としてお迎えしたい。エリノア殿の為に第二席の座を空けております」
「断る。失せろ☆」
即答である。一切の躊躇すらも見せなかった。
「理由をお尋ねしても宜しいでしょうか?」
「第一にあたしは自由奔放な女なんで。命令とか受けるのは真っ平御免なの。第二に七聖剣なんて肩書きがついた日にはあたしの楽しみが奪われる。第三にあたしは可愛い女の子が好きなので騎士や貴族の男連中は全員気持ち悪くて生理的に無理なの。以上」
「なるほど」
「納得してくれたのならさっさと帰りやがれ」
「いえ、その程度の問題であれば解決可能かと」
「……は?」
「私は第一席として、貴女に命令は致しません。エリノア殿が望まれれば何なりとご随意にお願い致します。勿論エリノア殿が興味を持っていらっしゃる方以外への接触はせずとも良いこととしますし、エリノア殿の部隊には全て女性騎士を配することも可能です。いかがでしょうか?」
オルグが自信満々に語る内容にエリノアは目を丸くした。
暫く呆気に取られていた彼女だったが次第に可笑しくなってきたのかクックと笑いだす。
そして堪え切れず机をバンッと叩いて立ち上がったかと思うと大声で笑い始めたのだ。
「ハッハー! 馬鹿な奴! どの面下げてきやがった? アホだろお前!」
オルグはエリノアの豹変ぶりに戸惑いを見せていたが彼女は尚も続ける。
「本気で言っているのお前? 自覚がないようだから教えてやるよ! 先の竜征で行方不明になったルナちゃんはなぁ……あたしのお気に入りだったんだよ! あの子を苦しめたのは竜征の指示を出した国王と、アホな国王を止めなかったお前だろオルグ! あたしは今最高に怒ってるんだけど?」
「……なるほど。お詫び申し上げます。ですが、ルナ殿は七聖剣として、常にその身を王国のために捧げる覚悟をされていた。これは自ら選んだ道でもあるのです」
「責任転嫁も甚だしいな。本当にムカつく。あたしのお気に入りを勝手に使って勝手に危険に晒しやがって。──それで、ルナちゃんの捜索はちゃんとやっているんでしょうね?」
「それは……」
「言い淀むってことはやってないのよね。ふざけんな! あたしがルナちゃんをどれだけ愛情注いで育てたのか知らないでしょう!」
エリノアは凄まじい剣幕で迫ってくる。その形相は鬼の如く恐ろしいものだった。しかしオルグは怯まずに冷静に対応する。
「聖剣騎士団としても捜索したいのはやまやまですが、簡単に動けない事情がありまして」
「……聖フランシス教団でしょ?」
即座に言い当てられ、流石にオルグの表情が変わった。
「ご存知なのですか?」
「そりゃ知ってるわよ。あそこには回復術師を派遣してもらっている手前、無下にはできない。結果、色々ときな臭いことになってるんだろ?」
エリノアの口調が再び荒くなっていく中、オルグは淡々と話を続けた。
「ええ。確かにそうです。我々としてもかの教団については早期解決を目指しておりますが、如何せん向こう側の情報が殆ど掴めておらず手をこまねいているのが現状なのです」
オルグは深く頭を垂れた。
「お願いいたします。エリノア・クルーゲ殿。貴女のような賢明な方がいればこの国を救えるかもしれないと考えています。どうかお力添えいただけませんでしょうか」
「……」
「勿論無理強いは致しません。ただ我々もルナ殿を見捨てるわけにはまいりませんので」
「……」
「エリノア・クルーゲ殿?」
「はぁ~~~~~~」
長い溜息を吐き、エリノアはタバコを吸う。紫煙が部屋中に広がっていく中、彼女はポツリと呟く。
「あんたみたいな老害に頭を下げられてもねぇ……」
彼女は指先で煙草を弾いて灰皿に落とすと椅子に座り直した。そして足を組み直してオルグに向き合う。
「ルナちゃんを取り戻すってんなら力を貸すことはやぶさかじゃないけど、王室の犬になるのは死んでも御免よ」
「承知いたしました」
「で、あんたらがすぐにルナちゃん救出に動かない以上、こっからは何を言っても無駄だから今回はここまでにするわ」
エリノアは再び大きくため息をつくと立ち上がる。そのままオルグに近づくと顔を近づける。
「最後に一つ忠告しておくことがある」
オルグは真剣な眼差しで彼女の目を見据える。
エリノアはそんな彼を見つめ返しながらゆっくりと口を開く。
「もしルナちゃんがステファニーちゃんみたいにあの聖フランシスのクソ女に洗脳されていた場合──……貴方も含めて七聖剣と王族全員をぶっ殺すから覚悟しときなさい」
「肝に銘じておきます」
「宜しい」
エリノアは満足気に微笑むと踵を返し扉へと向かった。その後姿を見送るオルグの表情はどこか安堵しているようであった。




