第48話 勝負しなさい!
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部屋に戻ると、早速クロエはノエルに嫌味を言い始めた。
「あーあ、バカ乳は私たちの仲間だと思ってたのにな〜。まさか公爵家に残るなんて」
「うるさいな〜クロエ。私は合理主義者なの〜」
「聖フランシス教団に一泡吹かせるって目標はどうなったの? もしかして、その程度の甘ったれた考えで『月の雫』に入ったわけ?」
クロエが辛辣に言い放つとノエルは不快感を露わにして反論する。
「私は別にあいつらをぶち殺そうとか考えてないもん。ただ単純にお金とおなかいっぱいのご飯が欲しかっただけだし」
「へー。だからって裏切ってもいいと思ってるんだ〜」
「違うよ? そもそもリッくんやクロエと一緒にいることの方が危険だったわけだし。その点公爵家なら安全だし報酬も期待できるから〜ってだけの話」
「はいはいそうですかー。もう知らなーい。脳みそまでバカになったバカ乳とは一生口きかないって決めたから」
「むぅ……いいよ別に。私ももう関わらないから」
クロエとノエルは不貞腐れてそれぞれのベッドに入って布団を被ってしまった。
その横で俺とアルフォンスは溜息を吐いた。なんだかどっと疲れた気分だ。
「あの二人には困ったものだね」
アルフォンスが苦笑する。まったく同感である。
「全くだよ……」
俺は大きく息を吐き出す。するとアルフォンスは、手招きをして近くに寄るように促してきたので俺は彼に歩み寄った。何だろうと近づくと、アルフォンスは耳元でこんなことを言ってきた。
「ノエルはわざと突き放すように言っているけれど、あれでも自分がクリスティーナに呪いをかけられたことで足でまといにならないか気にしてるんだと思う。だからわざわざ公爵家に残るなんて言い出したんだよ。きっと」
「……そういうものなのか?」
「僕もあまり女の子の気持ちに詳しくはないけど、恐らくそういうことなんじゃないかな?」
俺はその説明を聞いて納得するしかなかった。確かにノエルはああいう意地悪な言い回しをよく使う印象がある。とはいえ本音かどうかまでは判断がつかないが。
「あと、これも僕の勝手な想像だけれど、七聖剣のロザリンドは公爵領に僕たちが匿われていることを知ってやってきたのかもしれない」
「いやまさか。だとしたら知られるのが早すぎる」
「そうかな? 例えば、クリスティーナはノエルにかけた呪いから魔力を辿ってだいたいの居場所がわかるとかだったら……?」
「……あー……そういうこともあり得るのか?」
「魔法に関しては僕は素人だからね。でもノエルはずっと詳しいし、いち早くそれに気づいて、君やクロエを自分から引き離そうとしているのかもしれない」
「あいつ……っ」
ずっと、何考えているのかいまいちよく分からなかったノエルだが、アルフォンスの推測が正しければ、全て俺たちを考えでの行動だということになる。
「僕も、ノエルの気持ちは尊重したい。──だから僕は、君たちが公爵家を出てもしばらくノエルの側に居ようと思う。師匠の薬草園を譲って貰えるなら、薬草の研究も捗ってノエルの呪いを和らげる薬も色々作れると思うんだ」
「そうか……寂しくなるな。でも、仲間が危険なら助けたいと思うのは当然だからな。ノエルを頼んだぜアル」
「ああ。任せてくれ」
俺とアルフォンスは互いに頷き合った。
その後、俺たち4人は一週間公爵家で過ごしたのだが、俺とアルフォンスはポーションや薬草についてだいぶ意見交換が出来たのに対し、クロエとノエルは宣言通り一言も口をきかず、最後まで険悪な雰囲気を漂わせていた。
ちなみにフローラだが、最終的に七聖剣になることを承諾したらしい。……正確には公爵が折れたのだが。
そして、俺とクロエが公爵領から旅立つ日、俺たちはフローラと公爵に挨拶をしてから発つことにした。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「うむ、気をつけて行くがよい」
「あたしが目をかけてあげたんだから、どっかで簡単に死んだりしないようにしなさいよ? いい?」
「……はい。ありがとうございます」
俺は愛想笑いを浮かべつつ返事した。するとクロエが急に俺の袖を引っ張ってきた。振り返るとクロエは顔を伏せて俯いている。何か様子がおかしいと思い覗き込むと涙ぐんでいた。どうやら感極まったようである。
「クロエ……」
声をかけようとした瞬間だった。不意にクロエは傍らで見守っていたノエルの元につかつかと歩んでいき、その胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと〜! なんの真似?」
「……勝負しなさいバカ乳」
「んー? なに? 口きかないんじゃなかったの?」
「だから、決闘しなさい! 私が勝ったらバカ乳とアルも一緒に来る!」
決闘? いきなり何を言い出すんだ?
「……私が勝ったら?」
「何でも一つだけ言う事きいてあげる」
「えー、嫌だ」
「逃げるの……?」
クロエがノエルを睨みつける。
その迫力に圧されたのかノエルは少々困惑気味だ。
そんな二人を眺めていたフローラが呆れたように口を開いた。
「あんたたち本当に騒がしいわね……。まあいいんじゃない? モヤモヤしたまま出るくらいなら、やり合ってスッキリした方が。ウチの訓練場を使うといいわ。いいでしょ? お父様」
「……好きにするがよい」
公爵は渋々といった様子であったが許可を出した。それを聞いた瞬間クロエの表情がパッと明るくなったかと思うとそのまま駆け出して行った。
残された俺とアルフォンスは顔を見合わせて溜息をつくしかなかった。
***
公爵邸の訓練場はかなり広くて設備も充実している印象を受けた。奥の方には木刀などの武器類が並べられていて壁際には訓練用の人形などもあり十分な練習が出来る環境であることが窺える。
「それじゃあ始めますか。お互いハンデはなしということで」
「もちろんよ」
クロエがそう言うと、短剣を構え臨戦態勢に入る。一方のノエルも既に戦闘準備万端といった感じで杖を構えている。
そんな二人の様子に公爵は眉間に皺を寄せた。
「まったく……」
「ふふっ」
フローラは愉快そうに笑っている。
「まあいいんじゃないか? ポーションや薬草で治せる範囲なら」
「二人とも、まさか本気でやり合わないよね?」
「どうだろうな? 女ってやつはよく分からないからな」
俺とアルフォンスもその場で見学することにした。
先に仕掛けたのはクロエだった。
「いくよ!」
ダッシュして一気に距離を詰めると流れるような動作で短剣を振るう。しかし、黒魔導士のノエルがそれを黙って見ているわけがない。
「足元に気をつけて〜」
そう言うと、杖でトンッと軽く地面を叩く。すると、突如として地面から生えてきた黒い触手のようなものがクロエに襲いかかる。
「なっ……!?」
完全に虚を突かれたクロエは回避が間に合わず右足に絡め取られてしまう。バランスを崩したクロエに対して更にノエルは攻撃を加えるべく呪文を唱え始めた。
「『ダーク・スピアー』」
すると幾つもの漆黒の槍が出現して一斉にクロエに向かって飛んできた。だがクロエは冷静に対処していた。拘束されている足を軸に身体を捻り最小限の動きで全ての魔法弾を避けることに成功する。さらに、ノエルの集中が切れて拘束が解けた一瞬の隙を突いて逆に反撃に出ることに成功した。一直線に突進していくと、今度は左手を前に突き出して叫ぶ。
「くらえっ!」
次の瞬間には指先から風が噴出し刃となって飛び出した。それによってノエルが繰り出そうとしていた炎の球が打ち消されるだけでなくノエル自身にもダメージを与えることに成功していたようだった。慌てて後退したものの服の裾が僅かに焦げている。
「……ちょっと痛いんですけどぉ?」
「次は首か頭を狙うわ」
「へぇ〜。なるほどなるほど」
ノエルは楽しそうに微笑みを浮かべる。
そして右手を掲げて魔法を発動させる。
「『シャドウボール』」
闇属性の魔力を帯びた球体が現れた。それを左手のひらで弄ぶようにしながら口を開いた。
「じゃあこんなのでどうかな?」
「させないっ!」
今度はこちらの番とばかりにクロエが踏み込んだ。
「『ウィンドブレード』!」
再び風の刃を生成して投げつけようとした次の瞬間だった。突然ノエルの姿が消えたかと思うと眼前に現れる。そしてそのまま右手に握っていた杖で殴りかかる。
「っ……!?」
咄嵯の判断で両腕をクロスさせて防御するがそれでも衝撃は強く体勢を崩してしまう。そこに追い打ちをかけるように腹部へ左手の闇の魔力が叩き込まれる。
「っぐっっっふぅ!?」
思わず苦悶の声が出るが辛うじて意識を保ったまま堪えることが出来たようだった。
「もう終わり?」
「まだ……っ!!」
なおも抵抗する意思を見せるクロエだったが、既に体力的な限界を迎えつつあるのは明らかだった。




