第47話 決別
ロザリンドが部屋から出て行く気配がしてすぐさま俺たちは応接間に戻った。フローラが公爵に向かって怒鳴り散らす。
「お父様! どういうつもり!? なぜ彼らを引き渡すようなことを!」
「どのみちあの場ではああ言うしかなかっただろう。公爵家としても、王家やその代理人たる七聖剣に楯突く訳にはいかない」
「そんなっ!」
フローラが悔しげに唇を噛む。だが公爵は涼しい顔をしていた。
確かに今の話からすれば俺たちの処遇次第では公爵家に危険が及ぶかもしれない。下手に庇って一緒に消されてしまえば元も子もないわけだし。だけど……
「おい、フローラ」
俺は声をかける。
「なによ平民! ……もう! 気安く呼ばないでくれる?」
「公爵閣下の仰ることは正しいぜ? 俺たちは今や王国の敵認定されてんだからさ。下手に庇えば公爵家だって巻き込まれる。そうなりゃ俺たちは寝覚めが悪くなるしフローラの立場も悪くなるだろ? サロモン家に恩を売るとか、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「そうだけど! そうだけど……っ!!」
公爵に向き直ると、こう宣言する。
「公爵、俺たちを保護していて迷惑だと感じているのなら、今すぐ領地から追い出していただいて結構ですよ」
「えーっ、でもさぁ。ここ追い出されても行く場所他にないよ〜?」
「僕も反対。あのロザリンドって人の話を信じるなら、今は七聖剣が欠けて王国が混乱してるだろうからね。どの程度庶民に伝わっているかは知らないけれど、下手に動きたくないな」
「あっそう……」
ノエルとアルフォンスは俺の意見には反対のようで呆れた声を上げていた。まぁ当然といえば当然の反応か。だがここにいたところでできることは何も無いと思うのだけど。
「とりあえず落ち着きなさい君たち。別に私としても君たちを悪いようにするつもりはないから」
「ほんとですか〜?」
「ああ本当だとも。むしろこちらとしては君たちのような人材を求めているのだよ。ぜひ協力してくれないだろうか?」
「えっ? どういうことですか?」
クロエが聞くと公爵は笑顔で答えた。
「有用なユニークスキルである『リジェネレーション』と『ライフドレイン』、そして優秀な薬草師に黒魔導士。私としてもこれらをみすみす他人に渡すわけにはいかない。というわけさ」
「つまり、公爵家の利益のために俺たちを使いたいと……?」
俺が尋ねると、公爵はゆっくりと頷く。が、その時、アルフォンスが口を挟んだ。
「ちょっと待ってください。公爵家は薬草師とは縁を切ったのでは?」
「君の師匠のことを言っているんだね。あれは本当に申し訳ないと思っている。彼はとても研究熱心な薬草師でね。私も薬草学の心得があったから、研究方針を巡って対立することも多かった。結局彼は出て行ってしまったが、公爵家として、薬草師は重要視している職種ということに変わりはないよ。もし君が引き受けてくれるのならうちで雇っても良いと思っている」
「僕を……公爵家で……?」
「ああ。もちろん強制はしない。君が望むのなら師匠の所有していた薬草園を丸ごとあげてもいい。それくらいの待遇で迎え入れよう」
アルフォンスが逡巡する様子を見せるとクロエが目を輝かせて飛び跳ねた。
「すごいじゃない! 公爵家お抱えの薬草師なんて!」
クロエは興奮気味にそう言う。まあ確かに、公爵家お抱えなんて、元奴隷からしてみれば夢のような話ではあるのだろう。
だが当のアルフォンスはあまり乗り気ではないようで少し考え込んでいる様子だった。
「公爵のお話は有難いですが……今はお答えできません」
アルフォンスは静かに答えた。
公爵は意外そうな顔をするがすぐに笑顔に戻り言った。
「まあ仕方がないか。それならいつでも歓迎するよ。考えておいてくれたまえ」
「ありがとうございます」
アルフォンスが頭を下げると同時に俺も頭を下げた。なんだか妙な展開になってきた気がする。だがこれ以上公爵家で揉めるわけにもいかない。
すると今度はノエルが口を開いた。
「あの〜、私は公爵家お抱えの黒魔導士になれたりします?」
「おい、ノエルお前まさか!」
「だってさ〜こんなチャンスなかなか無いもん。それにあたし公爵家のお金使いたい」
ノエルは俺の肩をポンポン叩きながら言った。こいつは欲望に忠実なだけではなく計算高いところがあるから油断できない。しかも自分の要求を通す為なら躊躇無く人を利用するあたりかなり腹黒い性格をしてるんじゃないかと思う。そういう意味ではルナとは似てる部分もあるのかもな。
「う〜ん確かに君は有望な黒魔導士だね。もし良ければ我が屋敷にて魔法の鍛錬に励んでみないかい?」
「やったー! さすがあたし♪ 色んな魔法覚えちゃおうっと」
「まあ君の才能なら期待できるだろうね」
ノエルと公爵が盛り上がってる横でアルフォンスは静かに俺たちに視線を向ける。なんだかその表情からは不安げな雰囲気が漂ってくるような気がする。
すると、公爵は俺とクロエに交互に視線を送りながら尋ねてきた。
「君たちはどうする?」
「俺は……やっぱり、公爵家に迷惑はかけられないですよ。ノエルやアルと違って俺とクロエは聖フランシス教団にも追われてるんだ。それに加えて七聖剣まで動き出したとなると、下手したら戦争になりますよ」
「そうだね。いくら公爵様とはいっても、相手が悪すぎる」
クロエも賛同してくれる。すると今度はフローラが口を開いた。
「あたしは反対。あんたたちを手放すと、ルナに恩を売れなくなるし。これから、聖フランシス教団に連れ去られたあいつを一緒に救出するんでしょ?」
「そんなことしたら、公爵家と教団の対立は明確になる。……俺たちはともかく、フローラはもっと慎重に動くべきだと思う」
俺がそう言うと、フローラは黙り込んだ。その表情は険しく何かを考えている様子だ。そしてついに意を決したような顔つきになり話し始めた。
「確かにこれは公爵家の今後に関わることだからあたしの一存じゃ決められないことだし、お父様の方針に従うしかないのかもしれない。でも、あたしは今のまま公爵家に縛られるのも嫌なのよ……」
「フローラ……」
公爵は娘の名前を呼ぶ。だがそれは娘に対する同情などではなく何か別の感情が含まれているように感じた。いや、むしろ哀しみに近い感情だとも言えるかもしれない。いずれにしても何か特別なものを感じざるを得なかった。
「フローラは一体どうしたいと思っているのだね?」
「あたしは……」
フローラはそこで一度言葉を区切り深呼吸した後に再び口を開いた。
「あたしは……やっぱりリックとクロエについては公爵家の手に負えない問題だと思う。だからお父様に任せるわ」
「そうか」
フローラは立ち上がり部屋を出ていった。その背中を見てクロエが呟く。
「なんかフローラ、変わったね……」
「そうだな」
「きっと色々あったんだと思うよ? 僕たちと同じように」
アルフォンスが言うと、クロエは小さく首肯した。
そんな会話の流れの中で突然公爵が立ち上がって宣言した。
「皆の意見はよく分かった。ではこういうことにしようじゃないか。──ノエル嬢については公爵家の客人として扱い、リックくんとクロエくんについては一週間は保護する。その後は公爵家から出て行くこと」
「えっ!? そんないきなり!?」
クロエが驚きの声を上げるが俺は特に何も言わなかった。公爵は続ける。
「アルフォンスくん。君は出ていっても残っても構わない。よく考えて決めなさい」
「わかりました」
アルフォンスは即答で返事をした。さっきまで迷っていた様子が嘘のように晴れ晴れとした表情をしている。まるで憑き物でも落ちたかのようだ。
公爵は満足気に頷き口を開く。
「では決まりだな」




