第45話 カロー公爵
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翌朝。俺は誰かが扉を叩く音で目覚めた。瞼を開けようとすると眩しさに目が痛くなる。しばらく耐えてから何とか体を起こした。窓から射し込む日の光に目を細めつつ周囲を見る。
「早く起きなさい平民ども! 今日はお父さまに会ってもらうわ。準備しなさい!」
フローラの声が響き渡る。俺とアルフォンスはまだ眠い頭を振りながら身支度を整え始めたが、女子組はまだ布団の中だ。
「こら、さっさとしなさい! ほんっとにトロいわねぇ〜!」
フローラは業を煮やしたのか部屋に入ってくると女子二人の布団を剝ぎ取った。二人は悲鳴をあげるとようやく起きたようだ。
「……なにごと!?」
「ひどいよぉ……」
クロエは文句を言って睨むが相手は貴族のご令嬢なのであまり強く出られない様子。一方のノエルはむにゃむにゃと言いながらまた眠ってしまいそうな雰囲気である。
「うぅん……」
そんな彼女に痺れを切らしたのかフローラが強引に引っ張り出す。抵抗するノエルだったが力負けして服を脱がされてしまう。
「うわぁぁぁ! えっちぃ!!」
流石に恥ずかしかったようで大声を出した彼女は真っ赤になって俯いたまま下着姿で立ち尽くしている。そんな彼女を置いてクロエは逃げるように洗面所へ駆け込んだ。それを見たフローラはため息混じりで口を開く。
「全く。男がいるっていうのに危機感無いわねぇ」
「……悪かったわね!」
洗面所からクロエの声だけが聞こえてくる。ちなみにノエルはまだ固まって動けずにいた。そんなノエルにフローラが、持参した高級そうな衣服を押し付ける。
「ほらほら、いつまで下着でいるつもりなの? リックとアルに見られてるわよ?」
「見てない見てない!」
「見るわけないだろう!」
「うぅぅ……。リッくんのエッチィ……」
慌てて視線を逸らす俺達二人にノエルは小さく呟いたが多分聞こえていないと思っているのだろう。
「早く着替えないと朝食を抜くわよ!」
「うぐ……」
フローラの脅迫に観念したのか素直に服を着始めるノエルであった。……ちょっともったいないと思ったのは秘密だぜ!
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例によって豪華な朝食を振る舞われた俺たちは、食後にフローラに呼び止められた。曰く、これからお父様に会ってもらうから。とのことらしい。つまりは公爵家が俺たちを匿った意図について聞かせてもらえるということなのだろう。俺たちにとって願ってもいない話だが、正直言って不安しかない。相手は一国の王にも匹敵する権力を持つ大貴族なのだ。いくら公爵令嬢の口添えがあるとはいえどんな要求をされるかわかったものではなかった。
しかしまぁ腹を括るしかないので覚悟を決めて応接室に入る。すると中では一人の中年の男性が椅子に座って待っていた。見た感じ温和そうな印象を受ける人だ。
(この人が公爵か?)
そう思いつつ頭を下げると彼は笑顔で迎え入れてくれた。
「君達が噂のお客人だね。私はルーカス・フォン・カロー。娘のフローラが世話をかけたみたいだね。今後とも宜しく頼むよ」
そう言いながら握手を求められる。それに応じて軽く手を握ると温かい感触が伝わってくる。
(悪い人じゃなさそうだけど油断は出来ねぇな)
警戒しながらも挨拶を交わすと早速本題に入ったようだ。
「さて早速だが本題に入らせてもらうよ。単刀直入に聞くけれど、君たちのユニークスキル『リジェネレーション』と『ライフドレイン』について教えてほしい」
やっぱり、俺とクロエのスキルについて知っていたか……聖フランシス教団から漏れたのか、はたまた魔女狩りから盛れたのかは知らないが、いずれにしても公爵にとっては興味深い情報だったのだろう。この辺の事情についてはフローラから聞いている。
公爵家としては『異端者』として処刑されてもおかしくない状況でありながら生き延びている二人を保護して、ルナのサロモン侯爵家に恩を売ろうとしているとか……。
つまり、俺たちの保護というのは建前で実際には両家の利権争いに利用されているわけだ。まぁそれでも命が助かるなら文句はないのだけどね。
「その前に一つ確認したいんですけど良いですか?」
「ああ、構わないよ」
公爵が答えるのを聞いてから切り出した。
「公爵家は、聖フランシス教団や魔女狩りが俺たちを狙っていると知った上で保護したのですか?」
「もちろんだとも。危ない橋を渡ろうとしているのは理解している。だがそれでも、君たちを保護するメリットの方が大きいと判断した」
「そうですか。ありがとうございます。それで俺たちの能力についてですが……」
俺はクロエの方を見る。すると彼女はリッくんから話しなよと言わんばかりに見つめ返してきたので、仕方なくリジェネレーションの説明から始めることにする。
「俺のリジェネレーションは、自身の体力を一定割合で回復させ続けるスキルで、体力が継続的に減少している状態で発動します。……それ以上のことは、残念ながら鑑定してもらっても分かりませんでした」
公爵のことを完全に信用しているわけではないので、聖魔剣リンドヴルムを使って常時リジェネレーションを発動させていることは伏せた。まあ、スキルには直接関係ないしな。
「私のライフドレインは、触れた対象から体力を吸収するスキルです。自分の体力が減っている場合に発動可能で、減っている分だけ吸収できます。それ以上のことは、やっぱり分からないみたいです」
クロエも俺に続いて自分のスキルを説明する。これで一通りの説明は終わったわけだが……公爵は俺たちの言葉を聞いて少し考え込んだ様子を見せた後に口を開いた。
「君たちの事情については理解したよ。その上で一つだけ質問させてもらいたいんだが構わないかな?」
「はい……」
俺が答えると公爵は、真剣な眼差しで見つめてきたので自然と背筋が伸びるのを感じた。一体どんな質問をされるのだろうか……? 緊張しながら言葉を待っていると彼はゆっくりと口を開いてこう言ったのだ。
「そのスキルを公爵家で調べさせて欲しいと言ったら君たちは協力してくれるだろうか?」
公爵の口から出てきた予想外の言葉に驚きを隠せない。
「調べるとは……具体的にどういうことです?」
恐る恐る聞き返すと彼は穏やかな表情のまま答えてくれた。
「何も難しいことは無いさ。例えば……そうやって常にリジェネレーションを発動させ続けている状態で私の血を輸血したらどうなるのか……とかね」
……なるほど。公爵の言いたいことが分かってしまった。要するに俺たちのスキルを調べたいというよりは検証したいということなのだ。それが成功すれば公爵家の人間は永遠に不死身になれるかもしれないということなのだろう。
「お父様、そんなことして何か意味があるのかしら?」
フローラが疑問を呈すると公爵は苦笑しながら答えた。
「私の子どもはフローラだけ。家督を継がせるにしても、女では他の有力貴族がケチをつけるかもしれない。だから、公爵家に男子が生まれるまでは死ぬわけにはいかないんだよ」
「……そうだったわね」
フローラは納得したように頷いた後で続ける。
「でもそれって男系優先主義とか言うんでしょ? 女性蔑視じゃないの?」
「……まあ、その通りだな。でも、その思想が未だに王国内に色濃く残っているのも事実だ。こればかりは君たちのような未来の若者に正してもらうしかないだろうな」
公爵は苦笑しながら肩を落とした。まぁ確かに一理ある意見ではあると思う。
「まあいいわ。アタシもお父様が死ぬなんて嫌だもの」
そう言って笑顔を見せる娘に対して複雑そうな笑みを返す父親という構図が出来上がっていた。親子揃って不器用すぎるやり取りである。
「というわけで、協力してくれないか? もちろんタダでとは言わない。報酬として十分な金銭を支払おう」
公爵の目は真剣そのものだった。つまり、俺たちを保護するというのは建前で、リジェネレーションやライフドレインのスキルを公爵自身が得るための実験に力を貸してほしいという取引を、本気で持ちかけているということらしい。さてどうしたものかと考えていると傍らのクロエが小さく囁いた。
「……どうするの?」
「そうだな。乗っておくのも悪くないけれど、公爵が俺たちのスキルを得たら、公爵家も聖フランシス教団に狙われることになるだろ?」
「それはさすがに公爵も承知じゃないの?」
「どうだろうな? そもそもユニークスキルを他人に渡すなんてことができるとは思えないし……変なことになったら困るんだよな……やっぱり誰か知識のある人に相談してから……」
そう言いながら頭に浮かんだのは、ユニークスキルの研究をしているというアリアの顔だった。
あの子はリジェネレーションやライフドレインの詳細までは分からないようだったが、ユニークスキルを移譲しようとしたらどうなるかくらいは教えてくれるだろう。
問題は、王都にいるであろう彼女にはすぐに会えないことだが……




