第40話 保護
「でもな……仮にそれが上手くいったとしても、薬草やポーションの値段が高くなればやっぱりみんな聖フランシス教団の回復術師を選ぶだろうよ。使い切りの高い薬を買い漁るよりも、回復術師を一人雇った方が結局安上がりだしな」
「それは……」
俺の言葉に、今度はアルフォンスが押し黙る番だった。確かに彼の言うことにも一理ある。でも……
「まあ、その研究は面白そうだから応援するよ。もしかしたら、聖フランシス教団のやつらをぎゃふんと言わせるきっかけになるかもしれないしな」
俺はそう言ってアルフォンスの肩に手を置いた。彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって言った。
「ありがとう! やっぱり持つべき者は親友だね!」
「……調子のいいやつ。それはそうとして金は俺たちみんなのものなんだから、ちゃんと稼いで返してくれよ」
「まあそれはおいおい」
そんなやりとりをしていると、ギルドハウスの扉が開いて今度はクロエが帰ってきた。
「おっ、クロエちょうど良かった。今な──」
「リッくん大変! さっきたまたまフローラさんと会ったんだけど、なんかギルドハウスの場所を教えなさいってうるさかったから撒いてきたの」
「えっ?」
俺は思わず耳を疑った。なにかと『月の雫』に協力的なフローラがギルドハウスの場所を知ったから何だっていうんだ? 俺が訝しんでいると、アルフォンスが何かに気付いたようにハッと目を見開く。そして慌てて入口の方へ駆け出した。俺も後を追いかけると、途端にギルドハウスの前が騒がしくなる。
見ると遠くから馬に乗った人の一団がこちらに向かってきてるのが分かった。
「おいクロエ、撒けてないみたいだぞ……」
「う、嘘っ!?」
クロエが慌てた様子で俺の方を振り返る。アルフォンスはガチャガチャとドアノブを触っていた。どうやら鍵をかけたようだ。しかし、そんな抵抗も虚しく馬に乗った男たちがギルドハウスの前までやってきた。
そして俺たちが窓から覗いている目の前で、先頭の立派な白馬に跨っている公爵令嬢フローラが颯爽と馬から飛び降りる。彼女は迷いなくドアノブを捻った。
──ガチャッ!
「こら平民ども! このフローラ様が直々に訪れてやってるのよ出てきなさい! いるのは分かってるのよ!」
ドア越しでも余裕でうるさいくらいの大声だ。あーあ、せっかくルナが隠れ家として最適な目立たないギルドハウスを用意してくれたというのに。俺は観念して扉を開けることにした。すると、フローラが瞳を輝かせて俺の元へと駆け寄ってくる。
「あはっ! やっぱりいたわね平民!」
「こ……これはフローラ様、何か御用でしょうか?」
俺が引きつった笑顔を浮かべながら尋ねると、彼女は腰に手を当てながら無い胸を張るなどした。
「喜びなさい平民! 公爵家がアンタらを『重要参考人』として保護してあげるわ!」
「……はい?」
「だから! アンタらをアタシの屋敷で保護してあげるって言ってるのよ!」
……どうやら俺は厄介な人間に捕まってしまったようだ。いや、この場合は見つかってしまったというべきか……? そんなことを考えていると、俺の背後に隠れるようにしてクロエが尋ねる。
「なんで?」
「もう! 物分りの悪い平民ねぇ!」
フローラは呆れ返ったというように言った。俺は彼女の次の言葉を待つ。しかし、彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべたかと思うと、すぐに気を取り直すようにしてまくし立て始めた。
「まさかほんとに分からないの!? いい? ルナを捕まえた聖フランシス教団は、あいつをダシにして『リジェネレーション』や『ライフドレイン』を手に入れようとしてくるはずよ! 少なくともアタシだったらそうする」
「あ、なるほど!」
アルフォンスがポンッと手を叩いた。フローラはそれに頷き返すと続ける。
「先手を打ってアタシがアンタらを保護する。聖フランシス教団といえども簡単にはカロー公爵家に手出しできないはずよ」
「おぉ、さすがフローラ様! 素晴らしいご慧眼です!」
「でしょ?」
アルフォンスは拍手して彼女を褒め称えた。しかし俺は素直に喜ぶことができなかった……なぜなら、カロー公爵家はこの国でも屈指の名家だ。そんな大貴族が俺たちのような弱小ギルドを匿ったとなれば、聖フランシス教団の奴らに弱みを握られることになりかねない。俺の心配を察したのか、クロエも不安そうに言う。
「でも……大丈夫なの?」
「大丈夫だと思う。フローラも自分にメリットがないとこんなリスクは冒さないはず。……ねー、フローラ?」
ノエルが尋ねると、フローラはコクリと頷いた。
「ま、まあね! アンタたちを守ればルナに多大な貸しが作れるもの! 正直危険な賭けではあるけど……アタシの勘が大丈夫だって言ってるわ!」
「……そう」
クロエは少々不安げではあるが、一応納得したようだ。俺としても彼女の提案はありがたいものだったが、いくら公爵家といえど聖フランシス教団相手にうまく立ち回るにはリスクが付きまとうだろうし、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。しかし、そんな俺の心配をよそにフローラは続ける。
「とにかく! アタシがアンタたちを保護するのはあくまでルナのためなんだから勘違いしないでよね!」
「はいはい」
俺は適当に相槌を打った。まあでも、公爵家の後ろ盾があればひとまずの身の安全は確保できるし、ルナを救出するに当たっても色々好都合だろう。
それに……もしカロー公爵が俺たち『月の雫』のことを気遣ってくれているのなら……その厚意を無下にするわけにもいかない。
「みんな、どうする?」
俺は一応みんなの意見を聞いてみることにした。
「いいと思うよー」
とノエル。
「……私も賛成かな。一応」
とクロエが頷く。そして……
「僕も異論はないね!」
とアルフォンスも賛同した。
「決まりだな」
俺たちはフローラの提案を受け入れることにした。彼女の表情はパッと明るくなる。
「それじゃあ早速公爵領に移動するから、荷物をまとめて馬車に乗りなさい!」
フローラはそう言って俺たちを馬車へと促した。俺たちは素直にそれに従って、公爵家の豪華な馬車に乗り込むことにしたのだった。
***
公爵領へ移動する馬車の中で、フローラはいつになく上機嫌だった。
「ふん♪ ふふーん♪」
鼻歌を歌いながら、窓の外を流れる景色を見ている。俺とアルフォンスはそんな彼女を横目で見つつ、小声で会話していた。
「……なんかやけに上機嫌だな」
「そうだね……でも、公爵家の令嬢が平民にここまで親身になるって珍しいよ」
確かにそうだ。カロー公爵といえばこの国の貴族の中でもかなり位の高い人物だし、公爵令嬢のフローラも一応はそれに準ずる身分だ。普通なら俺たちみたいな下賤の者など相手にするはずがないのだが……。
「フローラはね。気分屋なんだよ」
こちらもちゃっかりと俺の隣を確保していたノエルが、俺の疑問に答えるように言った。
「気分屋?」
「うん。フローラっていつもあんな感じで偉そうなんだけどさ、結構コロコロと機嫌が変わるんだよねぇ」
「へぇ……」
俺は改めてフローラの方を見た。確かに言われてみれば、さっきはあんなに偉そうにしてたのに今は鼻歌まで歌ってるし……本当に気分屋でマイペースなお嬢様って感じだ。




