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第35話 賭けるしかない!

 なにかとは言ったものの、恐らく十中八九巣の主のドラゴンだろう。俺たちはそれぞれ武器を構えた。次の瞬間、洞穴の奥の方の壁が吹き飛び、巨大な影が姿を現した。


「……っ!?」


 その姿を見て思わず言葉を失う。現れたのは紛れもなく本物の竜。体長およそ30メートル、全身は漆黒の鱗で覆われていて、背中には大きな翼が生えている。口元からは鋭い牙が覗いており、その口から放たれるのは熱気と、そして殺気。こいつはヤバい。

 今までに相手にしてきたモンスターとは明らかに格が違う。こいつをなんとかできるとしたら……


「……ノエル、魔法は?」


 ノエルは黙って首を振った。恐らくさっきのクリスティーナとの戦いで魔力を使い切ってしまっているのだろう。クロエは……どう見ても無理だ。彼女の攻撃力ではあの鱗を破れないだろう。『ライフドレイン』を使うにしても相手の隙を作る必要がある。──だとすれば、頼れる仲間といえば一人しかいないわけで……


「みんな下がってなさい。ここはアタシ、カロー公爵家の天才令嬢フローラ様が相手になってあげる」

「ちょ、ちょっとフローラさん!?」

「さっき散々惨めな思いをして、少し腹が立ってるのよね。ストレス発散に付き合ってもらうわよ、トカゲ野郎!!」


 言うが早いか、フローラは赤髪ツインテールを振り乱し、二刀の炎剣を構えながらドラゴンに向かって駆け出した。


「待て! フローラ!!」


 俺が叫ぶと同時に、フローラは両手の炎剣を振るい、ドラゴンに斬りかかった。だが、フローラの攻撃はその全てがドラゴンの爪によってあっさりと弾かれてしまう。それでも、諦めずに果敢に攻め続けるフローラ。

 ──強い。俺の目から見ても今のフローラは凄まじかった。サロモン侯爵家の庭でルナと対峙していた時とは見違えるほどだ。だが、それも全ては無駄に終わる。フローラの攻撃はやはりドラゴンに通じない。


「なんで……! どうして攻撃が通らないのよ……っ!」


 苛立ちのこもった叫びを上げるフローラ。その隙を狙ってドラゴンが強烈な尻尾の一撃を繰り出した。


「きゃあっ!!」


 間一髪で直撃を避けることはできたようだが、完全に回避することは叶わず、フローラは勢いよく後方に弾き飛ばされる。

 ──まずいな。このままじゃフローラが殺される!

 俺は咄嗟に飛び出して、ドラゴンとフローラの間に割って入った。


「俺が相手だこのデカブツ!」


 魔剣『リンドヴルム』を構えてドラゴンを睨みつける。すると、背後から声が聞こえてきた。


「──ダメだ! 君が戦っても、多分勝てない……」


 アルフォンスだ。俺は振り返ることなく答える。


「そうかもしれない。でも、ここで何もせずにフローラが殺されるのを見ているのはポーション生成師の主義に反するんだよ!」

「それについては同感。僕も薬草師だからね。……だから僕にも手伝わせてくれないか?」


 アルフォンスはそういうと腰につけていた剣を引き抜いた。


「──アルフォンスがやるなら、私もやらなきゃだよねぇ……」

「ノエル……」

「大丈夫、あと一回くらいなら魔法使えるし、自分の命削って撃つ魔法ならいくらでも──」


 ノエルがそこまで言ったところで、アルフォンスはノエルの腕を掴んだ。


「それはダメだよ。ノエルは切り札なんだから、ギリギリまで温存する。それでいいね?」

「あぁ、できるだけ俺とアルフォンスで奴の気を引いてみる」

「私も、気を引くくらいならできるはず!」


 クロエは短剣を握りしめながら叫んだ。


「よし、じゃあ行くぞ! 『月の雫』、戦闘開始!」


 俺が合図を出すと三人は一斉に走り出す。回復スキルのないアルフォンスは少し後方で待機し、クロエは俺と共にドラゴンの前に飛び出した。

 まずは、相手の動きを止めるところからだ。


「くらえッ!!」


 俺は跳躍し、上空から『リンドヴルム』の力を解放してドラゴンにぶつける。魔力の塊が巨大なドラゴンの脳天に振り下ろされたが、しかし。


「なに……!?」


 渾身の力を込めた斬撃だったが、全く効いていない。鱗に小さな傷がついた程度だ。くそっ、なんて硬さだ……

 だが、俺が驚いている間にドラゴンは既に次の動きに移っていた。鋭い鉤爪のついた腕で地面を思い切り殴りつけたのだ。


「うおっ!?」


 突然地面が揺れ、俺たちはバランスを崩す。そして、体勢を立て直す暇もなく巨大な尾が迫ってくる。


「危ねえ……っ!!」


 なんとか間一髪で攻撃をかわした俺たちだったが、尾が近くの地面に打ち付けられた衝撃によって吹き飛ばされてしまった。そのまま洞窟の岩壁に激突してしまう。


「ぐっ……、つっ……!!」

「リッくん! しっかりして……っ!!」


 クロエの声が聞こえる。全身を襲う激痛に思わず息が詰まる。身体を動かすことができなかった。頭からは血が流れていて視界が霞む。これは……ちょっと……マズいかもしれない。HPは『リジェネレーション』で回復できるが、視界はどうしようもない。


 ……それにしてもやはりドラゴン、想像以上の強さだ。さっさと撤退しておくべきだったか。いや、後悔している場合じゃない。なんとかしないと、みんな死ぬ。そんなことだけは避けなければ!


「リック、これを!」


 そう言いながらアルフォンスが投げてよこしてくれたのは、なにか黒っぽい粉末状のものだ。


「これは?」

「視野デバフを解除する薬。僕が薬草から調合したんだ」


 デバフ? あぁ、状態異常のことか。それがこの粉の効果ということだろう。

 俺は迷わずそれを口に入れた。直後、一気に頭痛が引いて、視界がクリアになる。


「助かった! ありがとな、アル!」

「薬草師のこと、少しは見直しただろ?」


 得意げな表情を浮かべるアルフォンスに親指を立てて返すと、すぐにドラゴンに向き直る。今度はこちらの番だ。皆を信じて、やるしかない。


「みんな頼む。俺に合わせてくれ!」

「うん」

「言われなくても!」

「了解」

「わ、わかったわ!」


 俺は意識を集中させる。


「倒すのは諦める。相手を退かせてこちらの逃げる時間を稼ぐんだ」


 ドラゴンに有効打を与えられるのは恐らくクロエの『ライフドレイン』とノエルの黒魔術くらいだろう。後者が連打できない以上、もうクロエに賭けるしかない。


「クロエ!」


 俺が呼びかけると俺の意図を察したのか、彼女は静かに目を閉じる。そして数秒の後。


「……任せて」


 その言葉と同時に俺たちは駆け出した。対するドラゴンは口を大きく広げて炎を吐きかけてきた。──回避している余裕はない。


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