幼馴染と歩く文化祭
「悪いな脇阪、結局朝から一人で仕込みしてくれてたんだろ?」
「別に問題ない。先生にも手伝ってもらったし、今からサボらせてもらうからな」
午前八時、文化祭二日目が始まる。仕込みは全て済ませたので、問題さえ起きなければ午前中は回るだろう。
「じゃあ、一旦任せたからな。なんかあったら本当に呼んでくれよ」
それでも不安な事には変わりないので、昨日連絡先を交換した、森下という女子と言葉を交わす。
「分かってるって、心配性だねぇ脇阪くんって」
任せておけ、という風に自信たっぷりの表情をしているが、こういう時こそ、何かやらかしそうで心配になる。
「そういえば知ってるだろうけど、夏希も今日はお休みなんですよ旦那」
せっかく人が心配しているというのに、出た言葉は夏希の個人情報である。終わってるなこいつ。
「知ってるけど」
「知ってるんだ!ねぇ!誘ってみたら?」
⋯⋯そういや、こいつカプ厨だった。ニヤけ顔が鬱陶しいな。
「⋯⋯機会があればな」
そう返答して、クラスの中を一瞥してから教室を出る。既に約束をしている事は秘密にしておく。何を言われるか分かった物じゃない。
廊下に出て、自身の教室から距離をとってから夏希に連絡を入れる。
『今出た、どこにいる?』
トーク画面に文字を入力すると、直ぐに夏希から返事が返ってくる。
『美術室、人が少ないから』
なるほど賢い選択だ。人目が少ない方が、夏希も色々と楽だろう。
一階の階段から登り、二階にある美術室へと向かう。廊下を歩いていると、確かに美術室に向かうごとに、人通りが少なくなっていった。
「いらっしゃいませー」
美術室の中に入ると、少ない、とは言っても、ある程度の見物客と、風情のある絵が飾られている。
また、絵とは別に、写真部の写真も掲載されているようだった。美術部と写真部は同一の所で掲示しているらしい。
ある程度の展示物を見ながら歩いていると、一つの写真を見つめている夏希の姿が目に入る。
「悪い、待たせたな」
「待ってないよ、ちゃんと展示見てたから」
そう返事をする夏希。見ている展示物は、少し離れた場所にあるテーマパークの写真だった。夕日を背景にした写真は素人目でも良く撮れている。
(懐かしいな、ここ)
昔、親に連れられて行った事がある。小さい頃に三度は行ったような気がする、その中の一回は⋯⋯
「ここ、覚えてる?子供の頃に行ったテーマパークの写真だよ」
そう、夏希と行った事があるのだ。正確には夏希の母親と夏希を含めた四人だが。
「そんな事もあったな。あの頃の俺、無愛想だったろ」
というか、あの時は遊びに行く時に何故か夏希がいたという印象だったので、終始気まずかった覚えがある。
「⋯⋯そうだったかも、脇阪くんってあの頃はあんまり喋らなかったよね」
そう言いながら、夏希は静かに笑う。過去の黒歴史を思い出して笑われるのは居心地が悪い。
「でも、あの頃から脇阪くんって優しかったよ?」
「そんな優しさ溢れるエピソード、俺覚えてないんだけど」
何故にこいつは、俺が覚えていないような記憶を持っているんだろうか。
「脇阪くん達と行った日に、私が無理してジェットコースター乗った時があったの」
「俺が乗らなかったやつだな」
子供の頃から、絶叫系のような命の危険を感じる物に乗りたいと思った事はない。手持ち無沙汰で飲み物を飲んで待っていたな。
「でも、乗った後気分悪くなっちゃってさ。お母さんが飲み物買いに行ってくれたんだよ」
「そりゃ大変だったな」
その流れのどこで俺が優しいエピソードに派生するのか分からんな。
「その時に、近くの売店で脇阪くんがヘアゴム買ってきてくれたんだよ。髪が邪魔そうだからって」
⋯⋯そんな事したのか?確かに子供の頃、サラサラとした母の髪を後ろで一つに纏めた記憶はある。
「脇阪くんが髪括ってくれたの、良く覚えてるよ」
『ゆうくん、上手ねぇ』なんて言葉を真に受けて、母に対してよくやっていた行為を、子供の頃の俺は夏希にもしたのかもしれない。
「よく覚えてるな、そんな事」
髪を結んであげた時の母の喜んだ顔が好きで、女の人はみんな髪を結ぶのが好きなんだと勘違いしていたんだろう。子供なら微笑ましい話だが、今やったら色々と危険な気がする。
「それは覚えてるよ。貰ったヘアゴム、まだ持ってるから」
まだ持ってるって⋯⋯何年前の物を残してるんだよ。律儀にも程があるだろ。
「頑張る時に着ける事にしてるんだ。深い意味はないけどね」
⋯⋯一瞬、返答に詰まる。夏希は軽くそう口にするが、その発言は勘違いする男が出てくるからやめた方が良いと思う。
「それは⋯⋯物持ちが良い事で」
かくいう俺も、夏希の事を直視出来ない程度には、動揺していた。
「そういえば脇阪くんって、小さい頃はお化け屋敷とか、ジェットコースターとか行かなかったよね。怖いのは苦手なの?」
はたしてどのようにヘアゴムを渡したのか、過去の記憶を辿っていると、夏希が余計な情報を聞いてくる。
「苦手というか、意味が分からないだけだ」
なんで普通に生きてて、わざわざ危険な道に進もうとするのかが分からん。
「そうなんだ。⋯⋯じゃあ次行こっか」
夏希がいたずらっぽく笑う。その表情は弟の晴の顔に酷似している。⋯⋯なにか嫌な予感がする。
「行くって、どこ行くのか決まってるのか?」
先に歩き出す夏希、廊下に出ると、文化祭の賑わいが音として伝わってくる。
「脇阪くんの大好きなお化け屋敷」
⋯⋯それは、随分と文化祭らしい出し物だな。
「それ、必要ですか夏希さん?」
「私には必要かな。脇阪くんをからかう権利が私にも少しはあると思う」
「俺がいつお前をからかったよ⋯⋯」
「ないって言い切れる?」
「それは無理」
他愛ない話をしながら、いつも以上に足取りが軽そうな夏希の隣を歩く。どうやら案外、彼女は人を虐めるのがお好きらしい。




