長い一日の終わり
「申し訳ありませーん!お料理品切れでーす!また明日来てくださーい!」
廊下にまで響き渡るようなクラスメイトの大きな声が、一旦の終了を説明している。
「終わったな⋯⋯」
お玉を鍋の中に置き、大きく伸びをする。同じ作業を続けた事もあってか、疲労感が強く出てくる。
時刻を見れば大体午後一時半、朝のラッシュを含めると、案外商品は保った方ではないだろうか。
それにしても。
「まさか、売切れになるとは思ってなかったな⋯⋯」
多めに作ったと思っていた具材やスープがなくなってしまうとは思ってなかった。
「自信なかったの?」
独り言のつもりだったんだが、近くにいた夏希には聞こえていたらしい。
「自分が提案したものに自信があるほど、俺は肝が据わってないんだよ」
自信過剰な人間も世の中にはいるだろうが、どれだけ生きていても、ああいう風にはなれないだろうな。
「でも、明日も文化祭はあるよ。水炊きどうするの?」
料理の量の話か?そうだな⋯⋯
「今日よりは、多めに作っとくよ。余っても冷凍すれば良いだけだからな」
そのような発言を、自然と言葉にする事が出来た。自分が気付かないだけで、少しは自信が付いたんだろうか。
「もっと自信持って良いと思うけどなぁ、俺の料理は凄いんだ!って」
「それ、もう俺じゃないだろ」
「それは、そうかも」
少し笑いながら、二人で片付けを進める。少し近い距離感が、文化祭の間だけは普通に感じられた。
「はい!一日目お疲れ様でした!後片付けも大体終わりでーす!」
委員長の言葉で、クラスメイトがまばらにバラけ始める。後片付けが終了した頃には、外はすっかり夕方の色になっていた。
教室に差し込む西日が、和風喫茶の簡易のれんを橙色に染めている。
「とりあえず一日目、終了だな」
誰かがそう言って、拍子抜けしたように椅子に腰を下ろす。
俺はというと、鍋を洗いながら、明日の段取りを頭の中でなぞっていた。
明日も、当然ここにいるつもりだった。手作りカステラについては今日だけの提供なので、明日は市販品を提供する。
だが、それ以外の事は今日と変わらないだろう。仕込みをして、昼を回して、片付けをして⋯⋯
「なぁ、脇阪」
背中越しに声を掛けられる。
「ん?どうした?」
「明日も来るつもりだろ?」
振り向くと、クラスメイトたちがこちらを見ていた。何人かは、少し呆れたような顔をしている。
「まぁ……そのつもりだけど」
「いやいや」
被せるように、別の奴が手を振った。
「脇阪も少しは文化祭回ってこいよ」
「今日ずっとこっちだったろ」
思わず、言葉に詰まる。いや、明日も昼時は人が多いだろうし、心配なんだが。
「昼は脇阪くんいないと回らないだろうから、帰って来てほしいけどさ、午前中だけでも行ってきなよ」
クラスメイトが笑いながら言う。
「脇阪くんが一番頑張ってたの、ちゃんと分かってるからさ」
……分かってる?その言葉が、胸の奥で引っかかる。
自分では、ただやるべき事をやっていただけだと思っていた。評価されるほどの事じゃない、とも。
なのに。
「明日くらい、楽しんでこいって」
「その分、俺らが回すからさ」
冗談めかした彼等の声の中に、嘘はなかった。
「……そうか」
上手く返事が出来なくて、視線を落とす。
こういう言葉を、どう受け取ればいいのか、まだ慣れていない。
「……分かった。じゃあ、午前中だけな」
「お、決まりだな」
クラスメイトたちが、満足そうに頷く。こういうのを、努力が報われた。と言うんだろうか。
『ずっと見てたよ、ゆうくんが頑張ってるとこ』
二人きりの時に、夏希に言われた言葉を思い返す。あの言葉のおかげで、昔よりは、周りの言葉を素直に受け取る事が出来たのかもしれない。
「じゃあ何かあったら連絡してくれ、すぐ戻ってくるから」
「分かった。じゃあ私と連絡先交換しよ?」
「別に良いぞ」
必要な工程だと理解しているから、クラスメイトの女子と連絡先を交換する。表示されるのは『森下琴音』という名前に、犬のアイコンと電話番号。⋯⋯ふむ。
「女子と連絡先交換するのなんて初めてだな」
初めての事で、気付かない内に少し浮ついてしまったのか、余計な一言が出てしまった。
「え?」
「うん?」
連絡先を交換したクラスメイトは、俺の顔をまじまじと見る。一部の奴らも「嘘だろ⋯⋯?」みたいな顔をしている。なんだこの反応は。俺が女子の連絡先を大量に持っているような陽キャに見えるか?
「それ、本当?」
「本当だけど、⋯⋯ああ、別に変な勘違いはしないから安心してくれ」
余計な事を口走った自覚はある。だが、交換したのは必要だったからだ。そんな事で好きになったりはしないぞ俺は。
「⋯⋯夏希の連絡先、本当に知らないの?」
「なんで前田さんの連絡先を俺が知ってるんだよ」
晴にしてもそうだが、何故俺が彼女の情報を握っている事を前提にしているのか分からん。⋯⋯家の固定電話の番号なら知ってるぞ?
「ごめん連絡先一回消すね。無かった事にさせて?」
何でだよ、呪いでも詰まってるのか俺の連絡先には。普通に傷つくんだが?
「いやだってさぁ!違うじゃん!もうとっくにそんなフェイズは終わってると思うじゃん!」
意味も分からず嘆いているクラスメイト達を、俺は見守ることしか出来なかった。




