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●第八話 遺産の条件

 引き戸を開けて中に入る。広々とした玄関には、真正面に立派な衝立――天然木の巨木を輪切りにした一枚板の屏風が置いてあり、玄関を開けても風がすぐには中に入らないように配慮してあった。


「こっちだ」


 剛が私達を中へと招く。

 廊下までは日本家屋の造りだったが、案内された部屋は洋室になっており、そこにはファイルで見た写真の面々が集まっていた。奥の壁には祖父、不比等の肖像画がかけられている。テーブルを囲む一同の視線がこちらに集中した。


「彼女が啓祐の娘、陽奈だそうだ」


 剛が私を大きな声で簡単に紹介した。


「結婚していたのか」

「一人減ったと思ったのに」


 あからさまに残念そうな顔をする人達。


「それで、隣のいい男はだぁれ?」


 体のラインがぴっちりと強調され、胸の谷間が見えている。そんな寒そうなニット服を着た若い女性が興味深そうに聞いた。ファイルの四人目――豊島留美那、前妻の孫で大学生だ。


「彼は陽奈の婚約者だそうだ。ええと」

「夜見月真と言います。よろしく」

「へぇ。ハァイ♪ フフ」


 蠱惑的な笑顔とウインクで彼に軽く手を振る留美那。

 今のはひょっとして私への牽制やからかいのつもりなのだろうか? もしも本当に私が夜見月と婚約関係にあったのなら、一発で嫌いになると思うけど。


「じゃ、もういいだろう。石崎先生、始めてもらおうか。その電話は切って後にしてくれ」

「わかりました。では、遺産の分配に関する遺言を三時三十三分、今から開示いたします」


 それまで携帯で誰かと話していた男性が、立ち上がって鞄から書類を取り出した。

 黒縁の眼鏡を掛けた五十代くらいの人物。黒のスーツ姿だ。夜見月から渡されたファイルには、この人は載っていなかった。


「まず私、石崎は雨貝不比等氏の顧問弁護士としてご本人から任命されております。これがその委任状となります。そしてこちらが遺言状、法的に有効な遺言書となります。これ以前に書かれたものは、口頭も含めて、すべてが無効となり、これが唯一の遺言となりますので、ご注意ください。では、分かりやすく要点だけを抜き出した写しを配ります」


 私にも一枚のプリントが配られた。隣に座った夜見月と一緒に見る。


 そこにはこう書いてあり、石崎弁護士が読み上げた。




 一、あらかじめ指定された候補者だけが雨貝不比等の財産を相続できる。

  候補者は次の七名とする。


   長男      剛

   長女      貞枝

   前妻の次男の孫 留美那

   次男の孫    翔一

   三男の孫    陽奈

   四男の孫    巧

   後妻の子    純


 二、候補者が全員揃ってこの遺言状を見なければ、すべての手続きは開始されない。


 三、裁判沙汰になるような重大な違法行為をした者、あるいは手続きが開始した時点で死亡しているものは相続から除外する。


 四、この家の敷地内のどこかに、家宝を隠した。それを最初に見つけた者が、雨貝不比等の全財産を一人ですべて受け取るものとする。




「なんだと!」

「ちょっと待ちなさいよ!」

「わぁ、宝探しなんて面白そう」

「そんな話、聞いてないんだけど。等分するんじゃなかったの? 法律とかあるでしょ」


 遺産相続人の候補者達が一斉に声を荒げ、文句を言い始めた。一人だけ、留美那が面白がっているが他は皆、不満そうだ。それもそうだろう。こんなゲームみたいなやり方で一千億円とされる莫大な遺産相続を決められたらたまらない。


 それも受け取れるのは、たった一人だけ。


 弁護士の石崎に食ってかかる人達を見ながら、私はため息を付いた。夜見月も難しい顔のまま成り行きを見守るだけだ。


「それで、やり方はどうあっても、変えられんということか」

「はい、私もそのやり方は後々に問題を生じる可能性が高いと再三にわたってご説明したのですが、従わないのなら任命を解くの一点張りで」

「ふん、親父らしい、ワンマンなやり方だ」

「でも、うちの家宝って何よ」

「決まっているだろう。あの古文書だ。『令集解りょうのしゅうげ』の第三十六巻から第五十巻」

「冗談、あんなボロボロのゴミに値段を付けるのは兄さんと骨董好きだけでしょう。しかも途中からの巻だけで不揃いなんて。ええ、やっぱり、うちで一番価値があるのはタンザナイトの宝石よ。間違いないわ。あれが家宝よ」

「バカな。親父は宝石よりも金塊が好きだった。借金の形で、たまたまひょっこり手に入れたような宝石を家宝にするもんか」

「剛伯父さん、それってさ、金塊が金庫になかったら、もう金塊が家宝ってことじゃないの?」

「むむ。純の言う通りだな。よし、まずは金庫を確認するぞ」

「そうね」

「待ってください」


 今にも皆が金庫の部屋へ連れ立って向かおうとするので、私は止めた。


「なんだ?」

「あの……遅刻している翔一さんを待たなくていいのですか?」


 さきほど開示された遺言状には、全員が揃わないと手続きが開始されないという一文もあった。まだここには、ファイル三人目のロックミュージシャンが揃っていない。


「いえ、大丈夫です。翔一さんからは、先ほど電話で問い合わせがありましたので、すでに同じ説明をしております。問題ありません」


 弁護士が言った。


「なに? 石崎先生、奴に先に教えたというのか」

「ええまぁ、ですが、もう皆さんも揃われていたことですし」

「勝手なことを。奴が時間的に有利になっているじゃないか。それでもし、奴が先に見つけてしまったら、無効にしてもらうぞ。石崎先生、アンタの責任だ!」


 剛が今にも食らいつきそうな剣幕で弁護士に迫る。


「いや、それは……」

「そうだそうだ! そんなもん、認められるかよ」


 この寒い日にTシャツ一枚の筋肉質の男、ファイル六人目の土橋巧も身体を揺すりながらにらみつけた。だが、唐突にパン!という大きな音がして、そちらを見ると、夜見月が手を打ち合わせて、注目を集めていた。


「まあ皆さん、落ち着いてください。一つだけ確認しておきたいことがあるのです。石崎さん、ひょっとしてそれはさっきの電話ですか?」

「ええ、そうです。翔一さんから、少し遅れるから始めて構わないと」

「なら、電話は開示のほんの数分前といったところでしょう。その程度で彼が有利になったとは思えません。まずは皆で金庫を確認しにいきませんか」

「そうだな。だが、夜見月君、君はあくまで部外者、あまり仕切らんでくれよ」

「はい。分かっていますよ」


 夜見月はニコニコとした笑顔で安心させるように大きく何度もうなずいた。怖いくらいに愛想がよくなったが、あれもきっと演技なのだろう。

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