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●第五話 注意事項

「じゃ、これを今のうちの渡しておく」


 五センチ程度の白いプラスチックの箱を渡された。開けてみると、花のカモミールを模したイヤリングが一組入っていた。


「付けてみてくれ」

「……念のために確認しておきますが、夜見月さん、あなたからのプレゼント――ではないですよね?」

「ふぅ、君は初対面の男性からプレゼントがもらえるほど魅力的だと自負しているのか?」


 ぐうの音も出ない。自分が不細工だとは思っていないが、別にそこまで美人だとも思っていない。


「いいえ、でも理由を教えてください」

「付けてみれば分かる」


 説明して欲しかったのだが、仕方がない。

 イヤリングはピンタイプではなく、軟骨に挟み込むだけのイヤーカフのタイプだった。私は両耳にピアスを開けていないけれど、これなら問題なく装着できる。

 私が両耳にイヤリングを装着したところで、彼が自分のスマホに話しかけた。


「「聞こえるか」」


 イヤリングからも彼の声が聞こえてきた。


「あっ。なるほど、無線のイヤホンになっているんですね」

「そうだ。そのケースが電波の増幅中継機になっているから、イヤホンとセットで使う。ケースを服のポケットかバッグのどちらかに入れて無くさないようにしてくれ」

「わかりました」

「音声は骨伝導になっているから、君以外には聞こえない。音量調整はアプリで調整できる。君のスマホのメールアドレスを渡してくれ」


 つまり、今日初めて会ったばかりの彼に、私のメアドを教えろと言っているわけだ。

 その一瞬の躊躇を覚ったのか、彼は肩をすくめてみせた。


「心配するな。事が終われば削除しておく」

「それはどうも」


 彼のメールを受け取り、リンクを踏んでアプリをダウンロード。よくある音楽プレーヤーアプリのようで、無線のアプリだと言われなければ絶対に分からないだろう。


「聞こえる範囲で、うるさくない程度に調整しておいてくれ」

「はい」


 私が調整する間、彼がイヤホンの性能をマイクテスト代わりにと、喋り続けながら説明してくれた。


 このバッテリー持続時間は通常使用で七十二時間。

 彼が長々とスマホのマイクを使って喋り続けたり、音楽を流したりすればもっと短い時間でバッテリーが切れてしまうけれど、そうはならないだろうとのことだった。父以外の男性の声をここまで間近に聞いたのは初めてだったので、私は少し緊張してしまった。


 彼の声が普通の音量で聞こえる程度に調整しておく。もしも、これに頼らなければならない場合は、重要な事柄を彼が話しているときだろうし、音量を下げすぎて聞き逃してはまずい。

 チャットアプリも彼が使っているビジネス用アプリをインストールさせられた。私が前から使っている有名どころは、情報漏洩の恐れがあるとかで、ちょっと心配しすぎではと思うのだが仕方がない。


「それから、君のスマホのGPS位置情報を僕のメール宛に許可してくれ」

「それ、私のプライバシーはゼロってことですね」

「そうでもしなければ、はぐれたときに君を守り切る自信がない。本当なら数人でチームを組んで護衛すべきところだが、遺産相続の場に関係者以外の友人達・・・が何人も連れ立っていくというのも通らないだろうからな」

「それ……、夜見月さんも、雨貝家には入れないのでは?」


 私が心配すると、彼は意に介さずに断言した。


「一人だけなら、絶対に入れてもらえる方法があるから、そこは心配しなくていい」

「そうですか」


 それで夜見月が家に入れてもらえなかったらと思うと、彼がどのような顔をして言い訳をするのか、ちょっとそれはそれで楽しみになってしまった。


「君が何を面白いと思ったのかわからないが、向こうに着いたら不愉快な事も多々あるはずだ。ストレスを感じたら、大きく深呼吸しろ。ストレスを自分で支配して制御するんだ」

「自分で……支配」


 負の感情をそんなふうに考えたことは今まで一度も無かった。


「そうだ。自分の心は自分で守れ。他人に支配されたくなかったらな。誰でもない、君の心は君の所有物なんだから」

「はい」

「姿勢は必ず良くしておくように。これが一番大事な注意事項だ」

「それって……あの心理テスト、占いの最後に、私が泣いたときも夜見月さんは姿勢のことを言っていましたよね。あれってどんな意味が?」

「姿勢やボディーランゲージが人間の心をも支配するんだ。人間は楽しいから笑ったりするが、それだけじゃない。心と肉体は双方向でつながっている。だから、笑顔を無理矢理にでも作っていると自然と心が楽しくなるようにできている。つまり、姿勢をよくしているだけで、脳内ホルモンのテストステロンが二分で二割増しになり、強気になれる。前屈みで窮屈にしていれば、コルチゾールが増えて逆に弱気になる。覚えておくといい」

「なるほど」


 私は背筋を伸ばして胸を張った。これから面倒そうな場所に断りにいくのだ。強気でなければ困る。


「じゃ、最終確認をするぞ。目的は雨貝不比等氏の会社に、何らかの被害者救済の手立てを行わせること。そのために君は経営権を含めた遺産を一時的に相続する。相続するかどうかについては他の候補に聞かれても、最後の瞬間までなるべく曖昧にぼかしておいてくれ。その方が君も矢面に立たされずに楽だろう」

「そうですね」


 最初から相続すると宣言してしまえば、反発は容易に予想できた。


 それにしたって――最初は辞退するつもりで新幹線に乗り込んだのだが――調査資料を読む限り、不比等氏の会社をこのまま放置するのもよろしくないだろう。とはいえ、不比等氏と同居してもいない、大学生の私がそう簡単に相続できるとも思えない。


 何しろ私と祖父は一度も会っていないのだ。


「僕は到着まで少し仮眠を取る。アラームはセットしてあるから、何も気にしなくて良いぞ」

「ええ、ご自由に」


 彼はわざわざ耳栓とアイマスクまで取り出すとそのまま腕を組み、黙り込んだ。


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