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●第二十八話 源蔵の話

「起きろ」


 私は肩を揺すられ、目が覚めた。そして目の前に男の人がいたので、ドキリとする。


「ひゃっ」

「希海が目を覚ますから、静かに。今のうちに源蔵という庭師に話を聞きに行こう」

「そ、そうですね。着替えるので、先に外に出ていてください」

「ああ。部屋の前で待つぞ。イヤリングを忘れないでくれ」

「はい」


 夜見月から渡されたイヤリングはトランシーバーの役割もあった。閉め切った金庫の中では電波が入らなかったようだけど……ないよりはマシだ。借りているパジャマを着替えた私は、夜見月と共に部屋を出る。


「どちらに?」


 部屋の前に張り付いている警官が問う。


「洗面所だ」

「そうですか。お気を付けて」


 彼は追いかけてこないようだ。ま、中にまだ希海がいるからか。私としても、こちらは夜見月が一緒なので、希海を護衛してもらったほうが安心だ。顔を洗うため、本当に洗面所に寄ったあと、私と夜見月は玄関から外に出た。


 朝日が昇りかけたばかりで、逆光になりまぶしい。冷たく澄み切った空気に触れ、私の寝ぼけていた頭脳は一気に覚醒した。


「そういえば、夜見月さん、庭の砂利のことですけど」

「ああ、ここに来た時、誰かが箒目を踏んでいたな。あの足跡が誰のモノか、できれば確認しておきたいが。足のサイズは二十七センチだった」

「測ったんですか!」


 最初にあの足跡を見た私は誰かが無粋なことをしたくらいにしか思っていなかったが、夜見月は殺人事件が起こることまで予測していたのだろうか?


「ああ。まさかこうなるとまでは思っていなかったが、相続人候補がルールやマナーを守らない人物かどうかは詳しく知る必要があったからな」

「なるほど」

「僕の推測が正しければ、あれは翔一の足跡だ。そして向かった先は――」


 私と夜見月が向かう先、周りは昨晩積もった雪がスプリンクラーによって溶かされているが、それとは別に雪かきをして作られた道があった。道の先には母屋とは別の離れが建っている。


「ワシに何か用か」


 毛皮を羽織った猟師のような老人が横から現れた。眉間に刻まれた深いしわと鋭い目つき、への字に曲げた気の強そうな口と、ちょっと怖そうな人だ。


「森中源蔵さんですね。少し事件についてお話を聞かせてください」

「だが、アンタは警察の人間じゃないだろう。それに話は警察に話した」

「ええ、ですが、警察もこの事態を収拾できないでいる。これ以上の殺人が行われる前に、止めた方がお互いのためだとは思いませんか?」

「ふん。アンタが止められると?」

「可能性はあります」


 じっと夜見月を値踏みした源蔵は、小さくため息をつくと、うなずいた。


「いいだろう。何が聞きたい?」

「まず事件の発端、翔一さんが殺された時の状況を聞かせてください。昨日の午後三時二十分頃はどうされていましたか?」

「ワシはその時間は頼まれたモノを買いに出ていた。買い物に出るのもワシの仕事だからな」

「そうですか。頼んだのは誰です?」

「忠恵が食料品、若主人がタバコだ」


 忠恵はこの家の住み込みのお手伝いさんで、若主人というのは長男の剛のことだろう。


「戻ったのは何時くらいですか?」

「さぁ、詳しい時間は覚えておらんが、四時過ぎだったか。警察のパトカーが前の道に止まっていて何か大事が起きたと思ったが、面倒な事になったものだ」


 となると、最初の殺人の死体が発見されたときは源蔵にアリバイがあることになる。本人が正直に話していて、かつ、殺人が石崎弁護士と翔一との電話が行われたあとだったという条件が付くが。あの電話――もしも録音だったりした場合、石崎弁護士は気付かずに翔一のその時点での生存を証言してしまい、殺害時刻がズレてしまうこともあり得る。


「そうですね。そのあとは?」

「警察から事情を聞かれた。ワシは今帰ってきたばかりで何も知らんと答えたがな。この家にいる人間の家族構成も聞かれた。見ない顔だが、アンタも親戚なのかね?」

「ええ、まあ。こちらの陽奈が不比等氏の孫になります。僕は彼女の婚約者なので」

「そうか。だが、こうも立て続けに人が殺されるようだと、相続なんぞ気にせず、この家から帰った方がいいかもしれんぞ」

「ええ、ご忠告ありがとうございます。ところで、最近、誰かの態度がおかしかったり、何か変わったことがありませんでしたか」

「家の人間で変わったところはないな。だが、郵便受けに釘の刺された藁人形が入っていた」

「それはいつ?」

「先週と、先月にもだ。ま、つまらん悪戯だろうと思って、もう焼き捨てたがな」

「そうですか。もちろん、送り主の名前などは――?」

「警察にも聞かれたが、送り主の住所や名前はなかった。A4の茶封筒にそのまま入れられていた」

「普段の郵便物も源蔵さん、あなたが受け取るわけですね?」

「そうだ。ポストは門の側にあるが、雪が積もった日にいちいち家から取りに行くのは面倒だからな。そういう雑用もワシの仕事だ」

「庭の砂利を整えておられるのも、源蔵さんのお仕事なんですよね?」


 私は気になったのでそれを聞いた。


「ああ、ワシの仕事だ。ほとんど毎朝、箒を使って引き直している」

「毎日ですか? そうは言っても、この家なら、それほど庭が荒れたりすることはないでしょう」


 夜見月が聞く。


「いや、それはそうだが、日課になっているからな。それに、昨日も翔一の奴が踏み荒らしていた」

「それを見たのですか?」

「いいや。だが、あんな無作法をするのは、翔一か貞枝に決まっている。貞枝の靴はハイヒールだから、あの足跡は翔一で間違いない」

「なるほど」


 私も昨日、庭の足跡を見ている。だが、三時の時点で目撃したからといって、昨日の朝から午後三時までの間となると、時間の幅が広すぎて有益な情報とはならないだろう。私の想像だが、翔一はすでにこの世の人ではないだろう。もし、生きているなら、誰かに連絡を取っているはずだ。


「翔一さんはどこに向かおうとしていたのでしょう?」

「裏の勝手口だろう。あいつは玄関から入るのをいつも嫌っていた。若主人の犬もいるし、勝手口からなら、チャイムは鳴らないからな」

「チャイムが鳴らない? ちょ、ちょっと待ってください、この家のセキュリティでは、外から誰かが入ってくるとチャイムがなる仕組みだったのでは?」


 夜見月が驚きながら問う。


「そうだが、ワシが動き回るのにもいちいちチャイムが鳴っていたら、家の者もうるさくて敵わないだろう。ご当主にも相談して、セキュリティの一部のスイッチは切ってあるんだ」

「そうでしたか」

「少し喋りすぎた。この話は他言無用だぞ」

「ええ。言いませんよ。ところで、裏庭に蔵がありますよね?」

「それがどうかしたか?」

「家宝探しを亡きご当主から命じられているので、蔵の中もあらためてみようと思いましてね。鍵を持っているのは、源蔵さんですよね?」

「そうだが……若主人にも許可を取ってくれ。でないと貸せないぞ」

「ええ、あとで僕から責任を持って話しておきますよ。さあ、貸してください。こちらも相続人ですからね」

「ゴタゴタは勘弁だぞ」


 渋りながらも夜見月の押しの強さに負けたか、源蔵は金色の鍵を渡してくれた。


「さ、行くぞ」

「ええ……」


 夜見月はこの状況下でさえ、遺産を諦めていないのか。それとも何か犯人の手がかりに気が付いたのか。私はただ、彼のあとを追うことしかできなかった。

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