●第十九話 動機
佐久間刑事は警官とは違い、落ち着き払った声でうなずいた。
「そうか、亡くなったか」
「貞枝さんですか?」
夜見月が聞く。
「ああ、そうだ。たった今、病院で死亡が確認されたそうだ。これで七人の相続人のうち、三人が殺されている。クソッ!」
そのうち二人は警察が到着したあとに殺されてしまったのだ。警察としても面目は丸つぶれだろう。
「残るは四人だけ――長男の剛氏、前妻の孫の留美那氏、後妻の子の巧氏、そして陽奈か――」
夜見月がアゴに手を当てて考え込む。私を除けば残る相続人は三人だけだ。
「いいや、六人だぞ、夜見月。君と庭師の源蔵さんがいる」
「容疑者が、ですか? それなら、僕はともかく、巧氏は外すべきです。彼は犯人じゃない」
「そうだな」
警察でもそう見ていたのか、佐久間刑事はあっさりとうなずいた。
「なら、彼をここに呼び戻してください」
「なぜだ?」
「巧氏に話を聞くに決まっているでしょう。純君が殺された時の状況をもっと詳しく聞かないと。情報の断片、ピースが足りていない」
「必要ないな。巧にはすでに取り調べをやって話は聞いている。彼は何も知らなかったそうだ。純とはそりが合わなかったようだが、殺意を覚えるほどの間柄でもない」
「でも、遺産相続の邪魔な相手としては動機があるわけで……いや、これは遺産相続争いなんかじゃないかもしれないな。僕としたことが、動機を見誤ったかもしれない」
夜見月がハッとしたように言った。
「なに? それは、相続人以外が犯人だ、ということか」
「警察だってそれくらいは考えているでしょう」
「ふん。おい、もう一度、源蔵を呼べ! 貞枝が刺されたとき、どこにいたか、アリバイを洗い出せ」
「はいっ!」
警官が廊下を走っていく。夜見月もそのあとを追おうとして、佐久間刑事に肩をつかまれた。
「どこへ行く、夜見月」
「話を聞くくらい、いいでしょう」
「ダメだ、ここは警察に任せてもらおう」
「仕方ありませんね。ただ、待っているのも退屈です。何かゲーム機か、暇潰しになるものを用意してくださいよ」
「まったく。おい、用意してやれ。そいつらから目を離すなよ」
もう一人の警官に言い残し、佐久間刑事も源蔵の取り調べに向かった。
残された見張り役の警官が、夜見月と顔を見合わせ、少し戸惑う表情を見せた。
「ええと、夜見月さん、スマホのアプリゲーじゃダメなんですか?」
「ダメです。バッテリーが切れそうでね」
嘘だ。彼はリュックに充電器も持っているのだ。
「仕方ないなあ。じゃあ……探しますから二人ともついてきてください」
「了解」「はい」
夜見月は私に向かって笑顔でウインクしたが、どういう合図だろう?
まさか私に隙を見て一人で行動しろ、なんてことはなさそう。彼は私に離れるなとここに来る前に指示していたし、相続人が四人に減ってしまった今、次に私が狙われても不思議はないのだ。
「すみません」
台所に向かった警官は、そこで鍋を見ていた忠恵に声をかけた。
「ああ、はい、もう夕食ができますよ。警察の方もご一緒にどうぞ」
忠恵が手拭いで手を拭きながら、人の良さそうな笑顔をみせる。
「いえ、我々は自分で用意しますので、お気遣いなく。ところで……ここに余っているゲームなんかはありますかね?」
「ゲーム、ですか? すみませんねぇ、おはじきくらいはありますけど、若い人がやるようなゲームはちょっと。純さんがそういうのは詳しいんですけど」
忠恵も困った様子で答える。
「ああ、なら、純さんの部屋に行きましょう」
夜見月が言う。
「いえ、それは……」
「もう凶器はマイナスドライバーだとわかっているし、鑑識が指紋を採ったあとでしょう。証拠に無関係のゲーム機の一つや二つ、問題になんかなりませんよ。それとも僕を暇にして、ネットで実況でもさせたいのかな。いや、そっちのほうが面白いか」
夜見月がスマホをこれ見よがしに取り出して警官にみせた。
「いえっ、それはいけません、困ります。わかりましたよ」
「そうこなくっちゃ」
「いいですけど、もう夕食ですよ、夜見月さん。ゲームだなんて」
彼なりに何か考えはあるのだろうが、私はあきれて言った。
「ああ、そうだな、夕食のあとでもいいかな。じゃ、手伝いますよ、忠恵さん。皿はどこに持っていきましょうか?」
「まあまあ、ありがとうございます。じゃ、廊下の向こうの居間へ運んでください」
私と夜見月は二人で料理を運ぶのを手伝った。ジャガイモの煮っ転がしとみりん焼きの魚、それにお吸い物が付いていた。美味しそうだ。
「じゃ、僕らは食べないので純さんの部屋に案内してもらおうか」
並べたあとで夜見月が言う。
「えっ、食べないんですか」
警官が驚く。
「そりゃ、殺人があったあとだからね。食欲なんてわかないよ。作ってくれた忠恵さんには悪いから、君のほうでどうにかしてくれ」
「いや、そう言われても」
困った顔をする警官に夜見月がニッコリ笑うとスマホを振ってみせる。ネットで実況中継するぞという脅しだ。
「わ、わかりましたよ。捨てるのはもったいないので、自分が責任を持って食べておきますから」
「どうも」
「私は食べたかったのですけど」
警官のあとについて歩きながら、私は夜見月に小声で言う。
「だが、ここでのルールは君も覚えているだろう」
「ええ。何も口にするな、でしたね」
「あとでリュックにスポーツゼリーとビスケットがあるから、それを食べておけばいい」
「はい」
「じゃ、夜見月さん、あなたはこの部屋には入らないでください。自分がゲーム機を取ってきます」
警官もそこだけは譲らないぞとばかりに、純の部屋の前で振り向いて両手で制止した。
「うーむ、わかりましたよ。じゃ、最新式のVRヘルメットをよろしく」
「ああ、アレですか」
部屋の中には銀色のヘルメットが転がったままだ。
「これ、バレたら絶対怒られるなぁ。始末書だ」
警官が頭を掻いた。
「大丈夫、佐久間刑事が戻ってくる前に返しとくから」
「頼みますよ」
警官が部屋の中に入って私の分のヘルメットも持ってきてくれた。
「急ぐぞ」
「え? 夜見月さん?」
あてがわれている私達の客間へ急ぐ夜見月は、何かが妙だ。




