●第十七話 第二の容疑者、雨貝剛
雨貝剛。
残っている候補者で貞枝を襲うことができたのは私が知る限り、彼だけだ。
自然と視線が向かう。他の者も見つめており、彼もその視線に気付いて、血相を変えた。
「おい! ワシは違うぞ。襲ってなんぞいるものか」
「では剛さん、さきほどまでの時間、どこで何をしていたか、教えてもらえますか」
佐久間刑事が問い質した。
「事情聴取に決まってるだろう。ついさっきまでアンタと二人で話してたじゃないか、刑事さん」
「そうですが、その前、一回目の聴取のあとの行動をお聴きしたいんですがね。一度、部屋に戻られたのでは?」
「そうだが、ずっと部屋にいた。この家の家宝について、親父がどこに隠すか考えていたんだ」
「誰かと一緒にいたり、誰かが部屋に訪ねてきたことは?」
「無い」
「そうですか。源蔵さん、あなたはどうです」
「買い物に行っていた。そのあとで警官に話を聞かれた」
「そのあとは?」
「離れに戻っていた。雪が降ってきたからな」
「誰か近くにいましたか?」
「いいや」
昔ながらの猟師のような格好をした源蔵は表情を崩さずに答えた。
「では少し遡って、純さんが殺されたときに、どこにいたかお聴きしましょう。もう一度、一人ずつ答えてもらえますか」
「その前に、最初から状況を再現してみませんか。何か思い出すかもしれない」
夜見月が言った。
「再現?」
「そうです。まず、弁護士の石崎さん。こっちへ。刑事さんは向こうへ」
夜見月が戸惑い気味の石崎をエスコートして、テーブルの側に立たせた。
「ああ、そうか、遺産手続きの説明、そのときの状況か」
剛が言った。
「ええ」
「意味があるとは思えないけど」
留美那が言う。
「ですが、人間の記憶は場所や環境と密接に結びついています。たとえば旅行で同じ場所を再び訪れれば、前回の記憶がまざまざと蘇る、そういうこともあるでしょう?」
夜見月が言うと、留美那がうなずいた。
「あー、あるある。前に付き合った彼氏と行ったレストランに行くと、楽しかった思い出や喧嘩した思い出とか、全部ひっくるめて思い出しちゃうから、私、新しい彼氏とは同じ場所へは行かないようにしてるの」
「それは『記憶の宮殿』や『座の方法』という古代ギリシャから伝わる記憶術でもあるのです。詩人のシモーニデースは宴会で中座した際に地震に襲われ、運良く一人だけ助かります。そのあとで崩れた天井に押しつぶされて損傷した参加者達の遺体が誰のものかを問われた彼は、名前を正確に答えることができました。彼はそれをヒントに記憶術を発展させて広めたと言われます。ですから、状況は当時とピッタリ同じに、特に場所が重要なんです」
「へぇ」
「わかった。じゃあ、再現してもらおうか」
私が夜見月と一緒に居間に入るところから再現し、石崎弁護士は電話をかけるふりをした。
あの時は、剛が私と夜見月を紹介し、それから石崎弁護士が遺産手続きの条件について説明し始めたのだが。
「ワシがあのとき何を話したかはもう忘れたぞ」
「構いませんよ。何か思いついた人は手を上げてください」
夜見月はそう促したが、誰も何も思い出さなかった。同じ状況と言っても、もうここには純と貞枝と巧がいないのだ。
「良いアイディアだと思いましたが、ダメでしたね」
いったん休憩でお開きになったあと、居間から出た夜見月に私は慰めの言葉をかけた。
「いいや、大成功だ。これだよ」
夜見月がニヤリと笑って私に見せたモノ。
「んん? カード?」
そのカードはクレジットカードと同じ大きさのものだった。ただし、刻印や番号は何も無い。
「鍵だよ。これから監視カメラの状況を見に行くぞ」
「えっ! まさか、スったんですか、今さっき」
私は仰天した。警察関係者もいたというのに、あの衆人環視の中で、石崎弁護士か佐久間刑事が持っていたはずのセキュリティ管理室の鍵を盗み出したなんて。
「声が大きい。ちょっと注意をそらして借りただけさ。目的が終わればすぐ返す」
「知りませんよ、殺人犯と疑われても」
「とっくに疑われているよ」
どこ吹く風といった様子で廊下を先に行く夜見月。
頼もしいというか、何というか。私は彼から離れないように追いかけた。




