第94話 幼女、ゾンビと戦う
ベラが有無を言わさずパラの寝室の扉を開けた。
領主の部屋にはすべての部屋の扉を開けるマスターキーの鍵束が置かれている。可能性は低いがすでに侵入されている場合を考えてベラは中へと飛び込んだのだが、部屋の中にいたのは娼婦らしき女とベッドで抱き合っているパラのふたりだけであった。
それを一瞥してからベラは部屋の中を見回すが特に問題はないようである。もっともその場で硬直しているパラと女の方にしてみれば問題だらけの状況ではあったのだが。
「お楽しみのところ悪いね。ちょいと野暮用さ」
ベラは二人の様子を特に気にすることもなくそう告げる。対してパラはそれを真に受けるわけにもいかず混乱する頭を抱えたまま、ベッドから出て立ち上がった。途中ポロリと見えたガーメの首のサイズにベラは少しばかりため息をつくが、幸いなことにパラは気付いてはいなかったようである。
それからパラは横にあったガウンを着込み、自分を落ち着かせていつも通りの表情を取り戻してからベラに向かい合って尋ねた。
「そ、それで、なんのご用でしょうか。その……緊急の用なのですよね?」
パラとしてもイタしていたところに唐突な訪問である。している最中に腹を蹴っぽられた犬にも等しい状況だ。これで相手が主のベラでなければ確実に怒鳴り散らしているところだが、余計な口を開けば即座にウォーハンマーが飛んできそうな気配があった。
また一緒にいる女もその状況に呆気にとられてはいたが街の娼婦であるためベラのことは知っていたし、子供だからと文句を言ったりもしなかった。もっとも女については状況を理解していると言うよりは単純に怯えているだけであった。ともあれ、ベラはそんなふたりの様子など気にも留めずに口を開く。
「襲撃だ」
「は?」
その唐突な言葉にパラが目を丸くするが、気にせずベラは言葉を続ける。
「外の見張りがやられてる。ここにも来る可能性が高い」
そして、そこまで聞かされてしまえばパラの表情も硬くならざるを得ない。
「ここの二階は要塞みたいに堅牢だからね。鉄機兵で攻めてきているわけでもないようだし、恐らく連中は外から普通にやってくるだろうよ」
この領主の館は壁の中には鉄板が仕込まれていて、窓も鎧戸が厳重に掛かり、鉄機兵で破壊するのも難しい程度には頑丈に造られている。魔術や鉄機兵があれば上階から侵入することも可能ではあるのだから、特にそうした部分の防御は重視されていた。
(外に鉄機兵が動いている様子はないからね。まあ、そこまでやられたらさすがに外の警護兵どももグルってことだろうが……それがないってことは連中の数は多くはなく、正面から攻めてくると見てもいいだろうね)
隠し通路があってそこから……という可能性も考えたが、であれば外の見張りをあらかじめ始末せずにベラたちだけを狙っても良いはずである。そうベラが考えていると、パラは少しだけ苛立ちの込められた顔で「無謀な」と口にした。もっともベラはそうは思わない。
「こっちは数も少ないからね。そういうのが漏れてるんだろうさ」
ベラはそう言って肩にウォーハンマーを乗せながら笑った。それから部屋の外からの気配を感じて通路の方に視線を向けるとそこにはエナとマーマンのマギノが立っていた。それはベラがあらかじめマギノをこの場に連れてくるようにエナに指示をしていたためであった。
「マギノを連れてきました」
エナの言葉にベラは頷きながら、再度パラを見る。
「それじゃあパラ、こっちにはエナをつけておく。あんたはマギノと一緒にここで大人しくしておくんだね」
「はー、すまないねーパラくん。おお、イタしてる途中の匂いだ。ははは、面白い」
後ろから出てきたマーマンの爺さんの言葉にパラがイヤそうな顔をするも、当然文句を言っていられる状況ではないとは理解しているようで口には出さなかった。それよりもパラには今の言葉の中に疑問がひとつあった。
「それでベラ様は如何するんです?」
「あたし? あたしは潰しに行くのさ。さっさと面倒事を終わらせて寝たいんでね」
「それは……危険では?」
自ら敵を倒しに行こうと言うベラにパラが表情を曇らせる。もっともベラは首を横に振ってパラの言葉を否定した。
「まー、こんな場所で縮こまってる方が危険だからね」
こんな場所で縮こまれと言われている身であるパラとしては「え?」という顔をしたが、この場でもっと不満な顔をしていたのは彼ではなく入り口で待機しているエナであった。そして意を決したエナが何かを口にしようと一歩を踏み出したが、そのタイミングを遮ってベラが鋭い目線をエナに向けて口を開いた。
「余計なことは言うんじゃないよ」
そのひとことでエナの身体がビクリと止まる。
「あたしゃあ、身の程を知るヤツが大好きさ。でだ。そうじゃないヤツはこの場で死んでも仕方がないと思ってるんだよ」
そう言いながらウォーハンマーをギュッと握ったベラにエナは動けないでいた。この場で勝手に動かれるくらいならば殺した方がマシだと言われたのだ。戦力外だと。
しかし、そう言われてもエナは動けない。ベラの本気の目を見て何も言えない。
「ふん。良い子だね」
動かぬエナを見てベラは良しと頷くとそのまま部屋を出ていった。そして一階に通じる階段へと向かったベラが見たのはちょうど二階に上がろうとしていた死人たちで、それはバルが死人たちと戦闘を開始した直後のことだった。
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「そんじゃあとっととおっ死ねックソどもが!」
バルの瞳にはベラが二階に上がろうとした死人たちを不意打ちで階段から叩き落としている光景が映っていた。
「く、無茶をするッ」
そう言いながら慌ててバルも走り出した。続けてベラが死人たちに飛びかかっていったのだ。
しかしベラ本人の生身での戦闘力は実のところ、そこそこやるという程度でしかない。戦闘センスも技量も確かなものではあるのだが、まだ子供の身体ではどうしても大人には届かない部分が多くあるのだ。だからベラが戦う場合には不意を打ったり、相手の動きをかき乱すように戦いを進めているのをバルは知っている。
(だが、タイミングは悪くないか)
相手の反撃を許さぬ、機先を制した動きに感心しながらバルも突撃する。そして主に警告をすべく声を上げた。
「主様。そやつら、毒を使うぞ」
「だろうねっ」
バルの言葉にベラは頷きながらウォーハンマーを振り下ろし死人の頭に叩きつける。
「まずは一丁っと!」
そう口にしたベラにもう一方の死人が殴りかかる。もっともベラもその攻撃は予期していたようで歯を食いしばって拳を受けるが、勢いは殺しきれず、そのまま吹き飛ばされて宙を舞った。
「おぉおおおっ」
落ちていくベラにさらに追い打ちをかけようと一階にいた死人たちが飛びかかろうとしたが、それにはバルが割り込んで二体を瞬時に切り裂いた。そして胴から離れたふたつの死人の首が舞い、その後ろではベラが空中で回転し猫のように両手足を使って床に降りた。
(残りは?)
ベラは視線を走らせる。元々一階にいた死人は今バルが斬り捨てた。ベラが落とした死人も一体はベラが頭を潰している。そして最後の一体がベラに向かって襲いかかってきているのが視界に入った。
「ヒャッ」
ベラはとっさに腰の投げナイフを抜いて死人の顔に投げ付ける。それには死人が片手を盾にして防いだが動きがわずかに出遅れたのをベラは見逃さなかった。
「ヒュウッ」
ベラは階段からガランと落ちてきたウォーハンマーを拾って握ると、そのまま振り上げる形で死人の足へと叩きつけた。
「死人だ。痛みを感じない」
背後からのバルの忠告にベラがヒャッヒャと笑う。そんなことは言われるまでもなく先刻承知である。片足の関節が壊されて崩れ落ちかけている死人の瞳がまだ赤く輝いているのも分かっている。しかし、
「ま、だとしても頭と関節はどうにもならんわな」
ベラはウォーハンマーを躊躇なく叩きつけて死人の頭部を粉砕する。そして死人は床に転げて少し蠢いてからゆっくりとその動きを止めたのだった。
「あー、シンド……」
死人が動かなくなったのを見てベラが一息つくとその横に来ていたバルに尋ねた。
「これで終わりだと思うかい?」
「さて。少なくとも周囲にはいないようだが……」
バルが周囲を見回しながら返事を返す。
「しかし、こいつらはなんだい? さっきアンタはこいつらを死人……って言ってたが、そりゃあ死んでる連中ってことだよね?」
ベラは訝しげな表情で倒れている死人たちを観察する。まだ血が凝固しておらず、ベラにはそれは動いているときには生きていたように感じられていた。
「ああ。実際に死人ではないようだが、しかし特徴は死人そのものだった。恐らくこれはモヘロムスの……」
そうバルが何かを口にしようとした次の瞬間、
「なんだい?」
二階の方から突然爆発音が響き渡った。襲撃は未だ終わってはいなかったのである。
次回更新は12月1日(月)00:00予定。
次回予告:『第95話 幼女、砲撃を受ける(仮)』
夜中にうるさくするのはちょっと……




