第89話 幼女、ご褒美をあげる
「チックショウ。いつまでここにいさせるつもりだ」
ブラゴがその場所に閉じ込められ、拘束されてからすでに半日が経過していた。数時間前にはブラゴはベラドンナ傭兵団の団長であるベラと出会い、奴隷契約に関する手続きだけを済ませた後はずっとこの部屋で拘束されていたのだ。
それからブラゴはその場に立っているヴォルフに向かって声を荒げた。
「おい、テメエ。いい加減何か言ったらどうなんだ」
「ゥゥウウ、ウォン」
しかしブラゴの言葉に反応したのはヴォルフではなく、その横に座っているローアダンウルフのゼファーだった。殺気の篭もった咆哮にはさしものブラゴも「チッ」と舌打ちして黙った。
(まったく、俺をどうするつもりだってんだ?)
ブラゴは何度となく自問した問いをまた己の内で繰り返した。
未だにブラゴにも信じられないのだが、戦いはベラドンナ傭兵団の勝利となったらしかった。領主ジェド・ラハールは討ち取られたのだ。ジェドの強さを知っているブラゴにとって、それは到底信じられる話ではない。あんな子供にジェドがやられるなどブラゴには想像もできなかった。しかし、現在の状況はそれが事実なのだとまざまざとブラゴに伝えていた。
それからブラゴはヴォルフと巨大な狼を再び観察する。狼はローアダンウルフというこの地方では珍しくもない魔獣だ。また目の前の猫型獣人の男はソレを操る魔獣使いで、自分の監視係のようであった。
(俺を生かす……ということは、つまりは俺も連中のように戦奴隷となるってことなのか?)
捕らえられた兵は通常その人物が帰属する組織や家が身代金を払うことで引き渡されるが、すでにソレを行えるジェド本人が死んでいるのだから現在のブラゴは奴隷に落とされるか否か、そのすべてがベラに委ねられている状況と言って間違いなかった。
また先ほどブラゴは己の奴隷をすべて手放させられた。
その多くは再び奴隷商に売られてしまうようだが、エナ・マスカーに関してはベラ直属の奴隷となるのだと移譲契約書を見てブラゴは理解していた。
(あの兄妹と一緒に奴隷かい。こりゃ、面倒なことになりそうだな)
そうは言うものの、それをブラゴは拒絶したいとは思ってはいなかった。少なくともバルの横で共に戦えるのでは……ということにわずかな期待をブラゴは持っていた。
(あの頃みたいに……か。ああ、悪くないかもしれねえ)
ブラゴはマスカー一族すべてを壊した張本人ではあるが、それを後悔していないかといえばそうではない。やり直せるならば……という思いもないわけではなかった。その思いをわずかばかりではあるが取り戻せるかもしれない。己のそうした未来を頭の中で思い描きながらブラゴはかすかに笑った
それをヴォルフは薄目で見てからそのまま視線を逸らす。ブラゴが獣人の表情を細かく見分けがつく人物だったならば、その逸らした顔に浮かんだものが哀れみであったと分かったはずだ。
目の前のブラゴの笑いはヴォルフにとっては懐かしいものだった。未来への希望を信じた純粋な眼差し。ヴォルフの一族でも若い獣人たちの瞳にはそうしたものが映っていた。だから分かる。恐らく目の前の男は、その肩に乗っていた色々なものが落ちて、純粋な頃に心が戻っているのだろうと。
だが現実は残酷だ。そして運命の扉が開かれる。
「ご主人様」
「ウォンッ」
部屋の中に入ってきたのはベラ・ヘイローだった。
「よぉヴォルフ。遅れて悪かったね」
「いや、こうしたことは慣れている」
ヒャッといつも通りに笑うベラにヴォルフはそう返した。それからベラはゆっくりと部屋の中を歩いていくと、拘束具を着せられ椅子に座らされた男の前へと立った。
「そんでぇ、ブラゴ。どうだい、気分は?」
ニタリと笑いながら聞くベラにブラゴが不機嫌そうな顔で返す。
「良いワケねえだろ。おりゃあ、ついさっき何もかも失ったんだぜ?」
その言葉にベラがヒャッヒャと笑う。ブラゴはそれを見ながら顔をしかめるが、ベラは気にせずに口を開いた。
「なぁに。命まで取られたわけじゃあないんだ。死ななきゃ戦士は終わらない。それぐらい前は傭兵だったんなら分かるだろう。ええ?」
「チッ、うちのババァみたいなことを言いやがる」
ブラゴは病気で死んだ母親を思い出した。対してベラも「レディに対する言葉がなってないね」と言いながらも、特に不機嫌ではなさそうだった。
「まあ、いい。こっちも別にただ顔を見せに来たってぇワケじゃないんだ。あんたの今後についてのご相談があって来たのさ」
「へぇ。どういう話になんだよ?」
ブラゴがそう言って笑う。それは予想していた話だ。だからブラゴにしてみれば、ここでどれだけ自分の価値を吊り上げられるかが重要だった。そんな貪欲な姿勢のブラゴにベラは満足そうに頷く。
「良い目をしてるね。どうにかチャンスを掴もうとギラギラしてる目だ。あたしもあんたみたいなのは嫌いじゃないよ。実際、鉄機兵の乗り手としてもそれなりの腕らしいし、何より指揮もお上手だって聞いてるしね。うちのバルにはない特技だ」
「そりゃあ、どうも」
どうやら事前調査も済ませているようだとブラゴは舌を巻く。ただの子供ではないとは認識はしていたが、ブラゴはさらに認識を改め直す必要があると考えた。
「あたしとしては、このままあんたを手元に置いても良いとは思ってるのさ」
「……へぇ」
いよいよ、話の筋が読めてきたブラゴが目を細める。贅沢な暮らしとはおさらばになりそうだが、あの男と共に戦場を駆けられるのであれば……と考える。しかし、次の言葉にブラゴの頭の中が白くなる。
「だから、ここから先はあんたが説得しておくれよ。ま、難しい話じゃないさ。何年も愛し合った相手だって聞いてるしね」
「は?」
続くベラの言葉に、ブラゴは何を言っているのかが分からなかった。言っている意味がまったく不明だった。しかし、部屋の扉が再度開き、さらにもうひとりの女がこの部屋に入ってくるのを見て、ブラゴの顔が青くなる。
「な……ぁ……?」
目を丸くして、後ろからやってきたエナ・マスカーに視線を向けながらブラゴが呻いた。
「今回、あたしが一番欲しかったのはこれでね。まあ、あたしの身の回りの世話をさせるにゃやっぱり女の方が都合いいことも多いし、それに見合った強さの奴隷なんて早々いないもんだからね。良い拾い物だったと思っているさ」
続くベラの言葉は今のブラゴには届いていなかった。身動きできない状態の上に刺すような殺気を当てられては何も言えない。口を開けば即、殺されてしまうのではないかというような目をエナはしていた。
「でさ。これがあんたを嫌だって言ってるんだよ。あたしとしては困りもんさ。だからあんたから説得して欲しいんだよね」
そう口にするベラの言葉に偽りは感じられなかった。また、まさしくベラは『言葉通り』に考えていた。
ブラゴを欲しいという気持ちは嘘ではない。だがベラにとってはエナの方が、価値があるのも確か。その上で生き残りたいならお前が説得しろと言っているのだ。
「エ……ナ」
しかし問われたベラの言葉にブラゴは答えられない。
椅子に拘束されたブラゴは蛇に睨まれた蛙のごとく、脂汗を流しながら見下ろしているエナに視線を向けていた。エナは何も喋らない。ただ殺意を込めた目をブラゴに向けながら、口元を吊り上げて狂ったような笑みを浮かべていたのだ。そのふたりを見ながらベラが口を開く。
「あたしゃまだ子供だからさ。そうした男女の機微ってヤツァ分からないんだけどさ。ま、せいぜい気張って説得しておくれよ」
それからベラが手振りでヴォルフに指示をすると、ヴォルフとローアダンウルフは頷いて静かに部屋から出ていった。そしてベラも踵を返そうとしたところに溜まらずブラゴが声を上げた。
「いや、待て。待ってくれ」
もはやブラゴはなりふりなど構っていられなかった。今ここでベラに出られるともう自分の命はないだろうとはっきりと理解できていた。
「見て分かるだろう? 待て。こいつはおかしいぞ。目が普通じゃない」
「ん、ああ。興奮してるみたいだね。けどあんたも同じようにしたんじゃないのかい? 毎晩ケダモノのように責め立ててたんだろう?」
「そういう問題じゃあ……ヒッ!?」
エナが一歩を踏み出してブラゴが悲鳴を上げた。それを見てベラが笑う。
「なんだい。ビビったのかい? けどさ。ほれ、アンタもエナに穴を開けたじゃあないか?」
ピクッとエナの顔がひきつった。火に油を注ぐなとブラゴは目で訴えるがベラは気にした風でもない。
「なあに。だったらアンタも穴を同じように開けられれば、許してもらえるかもしれないよ。そういうもんがここにはいっぱいあるしね」
「何言ってやがる。ここは、この場所はッ」
「私があんたに責め立てられた場所だ。この身体に、ここに……アンタが」
己の下腹部を握りながらフラフラとエナが歩いていく。
ゆらりとランタンの光りが揺れ、部屋全体を照らす。
壁に掛けられたのはペンチ、万力、ノコギリ、エバーミングツール、板上の石などズラリとならんだ拷問器具だった。その石造りの床には飛び散った血の跡がまざまざと残っていた。
「は……ぁあ」
それから再びエナを見てブラゴが戦慄いた。視線の先が様々な器具に向けられている。それはブラゴが己の欲望を満たすためにエナに使ったものを正確になぞっているのが使用したブラゴには分かった。
興奮して血走った目をしながら、発情した獣のように息を荒げているエナを見てブラゴは発狂しそうな気持ちを抑えて声を出す。
「ベラ……団長。嘘だ……よな。俺は使える男だ。そこのイカレよりもよっぽどよ」
ブラゴが涙を浮かべてベラに訴えるが、対してベラはやはり笑いながらさも当然のように答えた。
「なぁに、アンタもやったことじゃあないか。安心しなよ。ふたりは仲が良いんだろ?」
「ふざけるなぁっ」
ブラゴが叫ぶが拘束具で動けない。それからベラは気にせずにエナを見た。
「そんじゃエナ。飽きたら出てきな。これから仕事はいっぱいあるんだからね」
「はい、ご主人様。けれど申し訳ありません」
そう言ってエナが壁に掛けてあったものを取った。それは鉄機兵用のペンチだった。
「少し遅くなりますので」
そう言って微笑むエナにベラは手を振ると、叫ぶブラゴの声も聞かずにそのままゆっくりと部屋の外へと出ていった。それからエナは扉の前まで進み内側から鍵をかけると、ゆっくりとブラゴの方に視線を移した。
「嘘だろ。止めてくれエナ。俺が悪かった。なぁ、違うんだ。すべてはバルがッ」
そのブラゴの言葉を遮り、エナが歓喜の声を上げてもらった褒美で遊び始めた。絶叫が部屋から木霊するが誰も助けには来ない。エナがどんなに泣き叫んで助けを求めても誰も来なかったように、その場には誰ひとりとして訪れなかった。
そして部屋から響く悲鳴はその翌日の夜まで続いていた。エナがその部屋を出たのはさらにその翌日のことで、当然のことながらその部屋から生きたブラゴが共に出てくることはなかった。
次回更新は11月13日(木)00:00予定。
※11月10日(月)はお休みします。
次回予告:『第90話 幼女、戦利品を確かめる(仮)』
女の子には優しくしてあげないといけませんね。
後になって後悔してからでは遅いんです。
ブラゴお兄ちゃんはそれを私たちに伝えたかったのかもしれません。




