第74話 幼女、軽く運動をする
ベラドンナ傭兵団の野営地に辿り着いたベラが『アイアンディーナ』に近付くと竜心石が淡く輝き、胸部ハッチがガコンと開いていった。
それを見たベラは「よっこらしょっ」とかけられた梯子を登って操者の座の中へと乗り込むと、そのまま座った椅子からベルトを出して身体を固定する。
『そんじゃ、ちょっくら仕事をするよディーナ』
ベラはそう言いながら仰向けの姿勢からフットペダルに軽く足を延ばした。それからグリップを握って竜心石に起動を命じると、操者の座の横にあるメーターの針が動き出し、鉄機兵の背部のパイプから銀霧蒸気が噴き出し始める。上空にある魔力の川と接続し、自然魔力を吸収し始めたのだ。そして、そのまま各部の神造筋肉へと自然魔力が充填され、鉄機兵の全身が徐々に動き出した。
その魔力の充填数を各部のマナメーターによって把握したベラはフットペダルを踏みながら『アイアンディーナ』を起き上がらせる。
(そんじゃあ行くかね)
そう考えながらベラはゆっくりと鉄機兵用輸送車から降りた。
その間に当然ベラも周囲を警戒してはいたのだが、相手の鉄機兵たちはもはや混乱の極みにあり、ベラへと仕掛けてくる者はいないようだった。
何しろ戦闘の意志なしと見ていた腐り竜が突如として動き出し、襲いかかってきたのだ。相手がデュナンたちだけでもすでに劣勢に陥りかけているところに更なる増援である。
そんな状況だからベラの『アイアンディーナ』が動き出したことに気付いた敵はいるはずもなく、或いは気付いていても動くことができる状況ではなかったのだ。
『チックショウ。無理だぜ、こいつぁ。俺は抜けた』
『おい、待て』
腐り竜から離れた位置にいた鉄機兵が叫び、背を向けて逃げ出した。もはや勝敗は決したと見たのだろう。そしてそれは正しく、
『なーに、温いこと言ってるんだろうね』
しかし、その逃走をベラが見逃すこともなかった。自分から喧嘩を売ってきておいて見逃せなど虫が良すぎる話だと呆れかえっているくらいだった。
そしてベラはグリップを握り、設置されているトリガーに指をかける。
『あたしゃあ、食い残しはしない主義なのさ』
そう言ってベラが錨投擲機を撃つと逃げた鉄機兵の腰に赤く灼熱化した錨が突き刺さり、そのまま錨の爪が開いて相手の鉄機兵の身体に食い込んだ。
『ヒッ』
その漏れた悲鳴にベラが苦笑いをする。
『まったく良い年したのが情けない声を上げるんじゃないよ』
そう言いながらベラがトリガーを離すと背面の腰に接続された回転歯剣が逆回転し、相手の機体をベラの元へと引っ張り始めた。腰部もロックされ固定化もすでに済み、相手も抜けて逃げ出すことも力で押し返すことももはやできない。
『オイッ、嘘だろぉ』
鉄機兵から叫び声が響くが、ベラは当然気にせず左腕を振りかぶり、正面からやってくる鉄機兵に向かって仕込み杭打機を撃ち放った。
『ギャァアアアアアアアッ』
そして灼熱化した鉄芯が鉄機兵を貫き、操者の座にいる乗り手と竜心石を燃やし尽くす。
『おや、わずかに逸れたみたいだね』
悲鳴が響いたのだから直撃ではなかったのだろう。わずかに眉をひそめたベラだが、その背後にデュナンたちの包囲から抜けてきた敵鉄機兵が迫ってきていた。
『てんめえぇッ!!』
敵鉄機兵が斧を振りかぶって『アイアンディーナ』に迫る。が、ベラは横目で見るだけで動こうともしない。しかし『アイアンディーナ』の背から繋がっている物体が瞬時に動いて斧を持つ右腕を絡めとった。それには敵鉄機兵乗りも目を丸くする。
『な、なんだッ?』
『悪いね。ディーナの背は死角じゃぁないんだよ』
そう言いながらベラは機体を回転させ、敵鉄機兵に絡ませた竜尾も動かしてそのまま敵機を引き倒すと、倒れた機体の上に乗った。
『なんだ。こいつは?』
『面白いだろう? ドラゴンのなり損ないからのもらいもんさ』
ベラはそう言葉を返しながら右腕の竜腕についている爪を振り下ろし、敵鉄機兵の胸部ハッチから中の操者の座までを貫いた。同時に乗り手ごと竜心石も破壊されたようで、わずかに機体が痙攣した後に魂力が『アイアンディーナ』に流れ込んできたのである。
(しっかし、脆い奴らだ。それなりの程度の数で攻めてきた分、ここまでに襲ってきた連中よりはマシってものかもしれないけどね)
そう考えながらベラは血塗れになった竜腕の爪を抜いて周囲を見回したが、すでにこの場の勝敗は決しているようだった。
ヴォルフの操る腐り竜はもう三機目の鉄機兵を喰らいにかかっており、残り三機の鉄機兵も二機はデュナンによって仕留められていて、最後の一機は手足をもがれてジャダンの玩具にされているようだった。
また周辺に生身の仲間はいないようで、どうやら鉄機兵だけでやってきたようであった。
(ハッ、随伴戦士なしに挑むとは……まあ数で押せると考えたんだろうけどさ)
対鉄機兵兵装の随伴戦士たちがいれば、例え戦闘に不慣れな鉄機兵でも結果は違っていたかもしれないだろうとベラは考える。もちろんベラたちが来る前であればの話ではあるが。
対鉄機兵兵装の基本は鉄機兵の動きを阻害すること。併せて味方鉄機兵との連携をとれば、戦況を一気に変えることも可能な重要な戦力だ。
ベラドンナ傭兵団において対鉄機兵兵装の随伴戦士はいないが代わりに精霊機乗りであるジャダンと大盾持ちのボルドが随伴戦士対策として存在している。加えて今回は護衛で街の中だが、今はパラの風精機もいるのだ。
精霊機が使用できる魔術は直接的には鉄機兵に大したダメージを与えることができないが、生身の兵への威力は高い。元より高い戦闘能力を持つベラやバルに相手の動きを阻害する必要性は少ないため、その随伴戦士を潰せる戦力があれば事足りている状態であった。
(しかし、そう考えると連中も甘かったが……今回はこちらも少し危なかったかもしれないね)
相手の戦力が整っていれば危険だったということは、ベラドンナ傭兵団に損害が出た可能性もあるということだった。
(ま、あの腐れ獣人が遅れなきゃあ問題はなかったんだろうけど)
少しだけこめかみに青筋を立てながら、ベラは戦場から離れた場所で巨獣憑依をしているだろうヴォルフのいる方角を睨んだ。その際にヴォルフの全身の毛が一瞬だけ逆立ったのだが、それは本人にしか気付けぬことであった。
(ともあれだ。後一機は鉄機兵は揃えたいところだね)
そう考えていたベラに、通信機からコールがかかる。
『おやパラだね。なんだい?』
その信号はパラからのもの。鉄機兵や精霊機は互いに通信を行うことが可能ではあるが、コールの音にはそれぞれ特色がある。それを記憶していれば、誰からの通信かを察知することは比較的容易であるのだ。
『はい。町中の掃討は完了しました。問題もひとつありますが』
『なんだい? 厄介ごとかい?』
眉をひそめながらのベラの問いに、パラも若干の緊張をはらんで言葉を返す。
『ええ、その判断が難しいのですが……実は今回の首謀者と思われるモーガン・テイザーという男を追っていたのですが、その男を死体で発見しました』
その言葉にはベラは目を細めて『へぇ』と口にした。
『殺った相手は分かってるのかい?』
『いえ。下腹部に見るに耐えないほどの切り傷がありますし、どうも怨恨の線じゃないかとバルは言っているのですが……肝心の相手は見つかりませんでして』
『色々と恨みを買ってそうな連中ではあるけどね。とりあえずこっちも片は付いたし、あたしはそっちに向かう。場所を教えな』
そして、パラから町のどこに待機しているかを聞いたベラは『アイアンディーナ』を再び鉄機兵用輸送車に戻すと、ボルドたちに後始末を任せて町へとひとり戻ることにしたのであった。
不可解な謎ができたが今夜の戦闘はここで終了。後の処理を考えながら、ベラは夜の道を走っていった。
次回更新は9月15日(月)0:00予定。
次回予告:『第75話 幼女、お願いをする(仮)』
お休みの前に軽い運動で今夜はグッスリ眠れそう。
そしてサプライズパーティを開いてくれたおじさんはもうお話は無理そうですが、ベラちゃんは次回いったい誰にお願いをするのでしょうね?




