第64話 幼女、愚者を見る
「デイドン卿が戦死なされたと?」
モルソンの街にある貴族街の一角では、貴族のひとりであるヴァモーザ・ギーライヒがその報告を聞いて声をあげていた。
「はい。パロマ王国軍によりルーイン王国軍はすでに壊滅とのことです。モルド鉱山街も占拠され、現状で鉱山街を取り戻すことは絶望的なものと思われます」
デイドンの従者からの報告にヴァモーザは青筋を立てながら怒鳴り散らす。
「バカな。モルドを取り戻し、こちらの勝利は間近という報告だったではないか。それがなぜ覆る? なぜだ?」
叫ぶヴァモーザの問いにデイドンの従者であるアーモリーも答えることはできない。アーモリーはベラたちよりも少し前にデイドンの元から離れ、戦後処理の準備のために街に戻っていたのである。むしろ、アーモリーこそ何が起きたのかを知りたかった。もっともヴァモーザが焦るのも無理はない話である。
このデイドンの治めるモロ地方は長期化した戦争のためにすっかりと干上がり、今や旨味と言えるものはジリアード山脈で採掘されるであろう魔鋼ぐらいしかなくなっていた。それだけを目当てにヴァモーザや他の貴族たちはデイドンにすり寄っていたのだ。
最も彼らが戦地に呼ばれていないことから分かる通り、仮にデイドンが勝利したとしてもそのままヴァモーザに利益があったかは非常に怪しいものがあったが、どうあれヴァモーザの目論見は露と消えたのは間違いなかった。
「そ、それで状況はどうなのだ? 連中はここまで攻めてくるのか?」
「いえ、現在はババール砦に駐留中のジョン・モーディアス様が交渉しているようですが、攻め込んでくるという意図はないようです。このまま進めばババール砦引き渡しの後、停戦協定を結ぶものだろうとの報告を受けています」
抗せる戦力はないのだから、残されたジョンも去るしかない。それに、パロマがこのままモルソンの街まで攻めてこようものならばルーイン王国も本腰をあげて対抗せねばならぬが、国境の定かでない鉱山街をとられただけでは今動くことはない。
「モーディアスの餓鬼め。好きに動いておるな」
しかしヴァモーザは、恐らくは屈辱の表情で処理を行っているであろうジョンを悪し様に罵る。本来、上級貴族への侮辱発言は斬首ものともなりかねないが、この場にはそうしたことを諫められる者はいなかった。
「そうなるとですが、我々としても協力者として今までの働きの分は頂いて自分の領に戻るしかないということですかな」
ヴァモーザの取り巻きの一人がそういってアーモリーを見た。表情にこそ出ないが怒りが湧き上がるアーモリーの前で貴族たちが好き勝手に口を開いては金の無心を口にしていた。
もはや、死んだデイドン側についている貴族はいない。従者であるアーモリーにはそこに口に挟むこともできない。そして彼らが話す話題の中に、先ほどデイドンの館に赴いた者たちがいることを口にした者がいた。
「少し待て。確か、さきほど報酬を受け取りに来た傭兵団があったな」
その言葉にはアーモリーが頷き、返事をした。
「ハッ、ベラドンナ傭兵団でございます」
その言葉を聞いてヴァモーザの顔に笑みが浮かんだ。
「連中、我が方が負けたというのに……いや、我が方が負けたからこそ急ぎ戻って報酬を受け取ったのであろうな」
「いえ、それは違うかと」
アーモリーは数日前までデイドンの元にいたのだ。だからベラとデイドンのやりとりは知っているし、その事実関係も把握している。しかし、欲に目が眩んだヴァモーザにはアーモリーの言葉は届かないようだった。
「許せんな。傭兵風情が」
「ベラドンナ傭兵団。確か戦意昂揚のためのお飾り部隊でしたか」
取り巻きの貴族のひとりがそう口にした。アーモリーはその言葉にゾッとした。恐ろしい勘違いを彼らはしていた。
もっとも、デイドンの指示で確かにそうした認識が貴族たちには広がっていたのも事実だ。それはデイドン自身の手柄を強調するためのものであったし、併せてベラたちがモーディアス家とロブナール家の庇護の元にいると見せてよけいな火の粉を出さぬための方便でもあった。それがこの場で予期せぬ形で利いてきたのだ。
「それは……」
アーモリーは何かを言おうとしたが、抑え込んだ。所詮は身分が違う者の言葉だ。
そのアーモリーの反応をまったく気にもせずに、ヴァモーザは口々にベラドンナ傭兵団を悪し様に言い合い、そして脱走兵を裁くという名目を用意して捕らえようという話へと変わっていった。
そこまでくるともはやアーモリーも何も言わず冷静に状況を観察せざるを得なかった。どうせこのままではデイドンの遺産も目の前の豚どもに食いつぶされる。ならばいっそ、アレにぶつけてしまっても良いのではないかと考えたのだった。
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「……とのことのようですね」
それがパラからの急ぎの報告であった。デイドンの従者アーモリーから広域通信型鉄機兵を通じてベラドンナ傭兵団への連絡が来たのである。既に振動も近く、間に合ったとは言い難いが通信が行えたのはパラが風精機を召喚した後だったのでやむを得ない話ではあった。
「ようは、面倒事を押しつけようってのかい」
ベラが面倒そうに言うが、どのみち貴族連中の暴走を止められないのであれば話だけでも先に聞けたのは行幸であったかなとは考えていた。
「はい。それとアーモリー、デイドン様の従者から伝言も預かっています。ベラ様は貴族となられましたのでフェーデを宣言することが可能です。口さえ封じていただけるなら後の対処はすべてこちらで行うので、『どのように対処していただいても』構わないとのことです」
そのパラの言葉にベラが笑う。
決闘法。貴族が行うことを許されている決闘による簡易裁判である。かつては身分を問わず仕掛けることも許されていた時代もあったらしいが、鉄機兵乗りの傭兵など、貴族以外にも力を持つ存在が台頭してきたことにより現在では多くの国が貴族のみが行うことができる特権として扱うように変わっていた。
つまり、パラがデイドンの従者より受けた伝言の内容は皆殺しにしてくれれば、口裏は揃えますよ……というものであった。
「さすが、あの男の従者だねえ」
デイドン・ロブナール。享楽的で信頼の置けぬ相手ではあったが、ベラも一目は置いていた相手である。その従者も当然のように肝の据わった人物のようだった。
そして、先ほどから響いていた足音がついにベラドンナ傭兵団の陣地の前で止まった。
それは計十八機の騎士型鉄機兵。それを見てベラの顔に歪んだ笑みが浮かんだ。なかなかに上等な鉄機兵が並んでいるようだ。
『ベラドンナ傭兵団長ベラ・ヘイロー。ルーイン王国決闘法により、貴様を敵前逃亡の罪で裁かせてもらう』
その言葉にベラがヒャッヒャッヒャと笑い、他のメンツも苦笑いを浮かべる。自ら決闘法を仕掛けてきた。もはや、言い逃れもできない状況である。それはもう自らガーメの巣穴に飛び込んだ砂鼠のごとくである。
その様子を見てヴァモーザは首を傾げた。ベラドンナ傭兵団の反応は彼らの期待したものとは大きく違っていた。しかし、鉄機兵十八機に対して彼らが生身であることは明白。不可解な様子こそ気にはなったが自らの絶対的優位を疑わず、ヴァモーザは言葉を続けた。
『素直に罪を認めれば恩情も与えよう。しかし、抵抗するのであればこの場で剣の裁きを受けてもらう。我々の慈悲を無駄にするなよ傭兵ども』
ヴァモーザが口を開いている間にも背後の鉄機兵たちは左右へと広がっていった。ベラたちが鉄機兵に乗らぬように、また鉄機兵用輸送車に繋がれた巨獣らしきトカゲを警戒しての行動である。
「はぁ、アホゥのくせに良いもん乗ってるようじゃあないか。後はまあ普通かね」
もっともそんな鉄機兵たちの動きもベラにとってはどこ吹く風である。ベラは小さく呟いてから立ち上がると声をあげた。
「バル、あの声のデカいのと何体かは残して他は斬り殺しても良いよ。あのアホのは売り払いたいし、竜心石も試しに腐り竜に喰わせてやりたいんでね。そうだね、三体は残しな。それでも試し斬りには十分な数だろう」
『な……なんだ、貴様は?』
唐突に声をあげた幼女をヴァモーザは目を丸くして見る。
実のところベラ・ヘイローが僅か六歳の幼女であることを知っている者は少ない。実物を見ない限りはホラ話だと返されるに決まっているのだから、知っている者もあまり口にはしていなかったのである。また戦場にいなかった彼らはもちろん目の前の幼女がベラ・ヘイローだとは気付けていなかった。
そもそもヴァモーザたちはベラ・ヘイローという人物を若いラーサ族の女であるとしか知らないのである。ラーサ族の女とは身体の張りも良く、娼婦としても人気がある種族だ。ヴァモーザもベラを捕らえた場合には死ぬまで犯し尽くしてやろうとも考えていたのだが、まさか目の前の幼女がガーメの首をブチ込もうと懸想していた相手だとはヴァモーザも夢にも思っていなかった。
『十分だ主様。感謝する』
そして、ベラの言葉に対して拡声器からの男の声がその場に響き渡る。ヴァモーザの仲間の鉄機兵たちが一斉にその声の発生元へと視線を向けた。
『オニキリとヒゲキリの試し斬りには少々柔いようだが、まあ存分に試させていただこう』
そして、僅かに離れた岩影から黒い騎士型鉄機兵がゆっくりと出てきた。大小のカタナをそれぞれに握り『ムサシ』は一歩を踏み出して、ヴァモーザたちの前へと立ったのだ。
次回更新は8月11日(月)0:00予定。
次回予告:『第65話 幼女、さよならをする(仮)』
誤解って悲しいですね。ベラちゃんもきっと悲しいはずです。
だからちゃんと誤解を解いて上げないといけません。それが優しさです。




