第63話 幼女、知らせを受ける
「ジェド・ラハールですか」
ベラたちが去った後、部下たちも外に出してコーザはひとり残って考え込んでいた。
先ほどの会話の中でベラたちがラハール領へ行くと聞いたのだ。ラハール領はコーザにとっては、そしてベンマーク商会にとっては苦い記憶の地である。コーザにとっても仲の良かった兄の生首が届けられた日、一族にとってラハール領は敵対するものとなっていた。
もっともベンマーク商会はあくまで商人の組織であり、ベンマーク一族は商人の一族である。だから武力こそ使うことはないがラハール領への報復措置として、あの地の不利益になることであれば、多少問題があろうとも実行することを一族の方針としていた。
故にベラの行動はベンマーク商会の方針にも沿うものであったのだが……
(しかし、ベラ様は実際のところどうするつもりなのでしょうね)
コーザは考える。現在のベラの目的はどうやら戦力の増強であるようだった。モルド鉱山街を巡る戦争で思うところがあったらしく、傭兵団を雇うという方針は止め、己の手持ちの戦力を増やす方向に考え直していた。
そして、ギミックやギミックウェポンなどの装備、或いは強者を雇うことを求めているようである。
(少数精鋭、己の手足のように動かす部隊か。足手纏いはいらないということですね)
コーザを経由してベラが雇ったローゼン傭兵団とジャカン傭兵団。彼らの実力はあの規模の傭兵団としては決して低くはないのだが、しかしベラにとって戦力として足りなかったようなのは、本人の話と周囲から寄せられる情報でコーザも把握していた。
(ラハール領で暴れる……ルーインは動かぬはずですが、西方王国ムハルドがどう出るか……)
そんなことをコーザが考えていると、外からドタドタと足音がして、そして「失礼します」と言いながら、商会の部下が中へと入ってきた。
「なんです。ノックもせずに」
「は……す、すみません。しかし、緊急の連絡でしたので」
部下の言葉にコーザが目を細める。そして、その内容を話すようにとコーザが促すと、部下は頷いて口を開いた。
「モルド鉱山街が落ちました」
「なんですって?」
その内容には思わずコーザも立ち上がって、目を見開いた。
「パロマ兵が昨日の晩にババール砦へとやってきて、そう告げて去っていったそうです。デイドン卿は未だ帰還せず。斥候が状況を確認中とのことですが、恐らくは間違いないかと」
その言葉にコーザが眉をひそめて、その場のソファーへと体を沈めて唸った。報告が事実であるとすれば、ジリアード山脈の魔鋼はパロマに押さえられたということになる。
「デイドン卿も亡くなったでしょうし、確認は必要だとしても……」
このモロ地方は終わりだろうとコーザは考える。ここに至るまでにデイドンは相当に無理をしてきた。問題なのはデイドン側の貴族たちの出方である。
「ベラさまの報奨金……今は気付かれてはいないでしょうが、それを私たちが換金して持っていることが問題ですね」
そう考えたコーザはすぐさま街を出立することを決意したのである。泥船に残って一緒に沈むつもりはない。コーザはモルソンの街とモロ地方を捨てることを決定し、騒ぎで混乱する周囲を後目に速やかに動き出すことを決めたのだった。
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「デイドンが殺られただ?」
コーザが部下より報告を受けているのとほぼ同時刻、ベラが郊外に停めてあった鉄機兵用輸送車に戻ってきていた。そこで血相を変えたボルドからモルド鉱山街が落ちたことがベラに知らされたのだ。それにはベラも目を丸くした。ベラにしてみてもさすがにその状況は読めていなかったのである。
「そんなことをコーザは一言も……ああ、あれか」
ベラたちが屋敷を出る際に慌てて駆け込んできた連中がいたのをベラは思い出した。
「しかし、あれで負けるとは……しかも退いた兵はいないんだね?」
「ああ、ババール砦にパロマの兵がやってきたらしい。つーことは捕まってるか……或いは」
ボルドの顔がひきつっている。ベラが続けて「全滅ってことだね」と呟いた。そうであればゴリアスのジャカン傭兵団も生き残ってはいないだろうとベラは考える。
(ふん。約束は果たせなかったか……まあ、それも傭兵さね)
ベラは、バツの字とその中心に線を描くように僅かに二本指を動かして目をつぶった。それは主神カルナシュガルに捧げる黙祷の所作であった。そしてベラが目を開けるとボルドへと視線を向ける。
「それで、あんたらもよくその情報を耳にしたものだね」
「俺らぁ、この通り、街の外にいたからな。だから街んなかに入る前の情報も聞けたってわけだ。たまたまだけどよ」
ボルドがそう返す。正確には慌ててやってきた前線基地で知り合った商人からボルドはその情報を仕入れていた。
「それで今頃は街中に知れ渡ってるはずだぜ。どうするよ?」
ボルドのその『どうするよ』の指しているものは自分たちの身の振り方である。場合によっては、逃げ出してきたともとられかねない状況であるとは他の奴隷仲間であるヴォルフやデュナン、ジャダンからも出た意見で、そのことはベラにもよく分かっていた。
問題なのはヴォルフやデュナンが元はパロマ側の人間であるということである。
(スパイなんて嫌疑でも掛けられたら、そのままズルズルとやられそうだね)
ベラは眉をひそめながらそう考える。デイドンたちが敗れたとあれば、この街に残っている貴族がどう動くかの予想が付かない。
元々はデイドンの戦勝報告が届く前に街を立ち去る予定だったベラたちは報奨金も手早く受け取り、コーザに宝石やインゴットへの換金を済ませていた。それらはベラの貴族の証明も併せて、すべて正しい手続きによるものだが、現状のモルソンの街でその正当性を誇示できるかは怪しいところだった。そこまで考えてベラはボルドを見る。
「荷は積んであるね?」
ボルドが頷いた。ベンマーク商会からの物資はすでに届いている。次の街に辿り着くまでの食料も、ドラゴンゾンビ用のモノも併せて確保は済んでいた。
「じゃあ、さっさと出るかい、デイドンの配下から金の返還でも要求されると面倒だからね」
「それはありえます。彼らはデイドン様に群がっているだけの者たちでしたから」
デイドンの死にそれなりにショックを受けているようであるパラがベラの言葉を肯定する。この街に残っているのはデイドンが戦場に連れて行かなかったような、ただの腰巾着の連中である。戦場でのベラの活躍も知らず、無謀に走ってくる可能性は十分にあった。
「これは……?」
そして、ベラたちの会話をしているところから少し離れた場所では、バルが『その武器』を見て声を上擦らせていた。
「何故、『オニキリ』に『ヒゲキリ』がここにある?」
鉄機兵『ムサシ』の腰に差してあるカタナ、そしてワキザシにバルが驚きの目を向けている横でジャダンが舌をチロチロしながら笑っていた。
「ヒヒヒ。ご主人様からのプレゼント……いや、奴隷契約に後で上乗せするって言ってたから、そうじゃないかもしれねえですがね。ベンマーク商会から良いのを回してくれるように頼んで買ったものらしいですぜ」
「良いモノを……? そうか、これは……偶然と言うことか」
ひとり呟くバルにジャダンが首を傾げるが、バルは「気にするな」と言ってそのカタナとワキザシを見た。『オニキリ』に『ヒゲキリ』。元はひとつの長刀であったソレは、かつてのバルの愛機である先代『ムサシ』の持っていたマスカー一族の宝刀でもあった。
そしてジャダンの反応を見る限り、バルとそのカタナの関係性を知っているようには見えぬし、さきほどのベンマークの屋敷でもそのような話はなかった。
「……運命の悪戯か」
バルが呟く。
元々ルーイン王国でカタナを扱う鉄機兵乗りは少ない。その上で名刀の類ともなると国内ではその数は当然限られてくる。取り寄せたコーザにしてもバルとの因果を理解していたわけではなかっただろうが、破壊された先代『ムサシ』が鉄機兵の残骸が売られる過程でカタナとして質の良い『オニキリ』に『ヒゲキリ』が今の今まで倉庫に取り残されていて、それがようやくの買い手が付いたとベンマーク商会からバルへと届けられたとしても確率的にはそう低いものでもなかった。
「バル、何をそんなにジロジロと眺めてるんだい?」
「いや……主様、これは?」
バルがベラに『オニキリ』に『ヒゲキリ』を指して尋ねる。それを見てベラがニタリと笑う。
「ああ、思ったよりも良いモノが届いたみたいじゃないか。今までみたいな腑抜けのままじゃあ困るからね。これで存分に暴れてもらうよ」
ベラの言葉からもやはり、そのカタナが元々バルのモノであったことは知らないようであった。もっとも知っていようが知らなかろうが、バルにしてみればそれはどうでも良いことだった。
「ああ、これと共にならば……もう、無様な真似はさらせん」
先ほどとは違って落ち着いた雰囲気のバルを見て、ベラもそのカタナに満足したのだろうと理解し頷いた。
「そんじゃあ、さっそく試し斬りと行こうかい」
「試し斬り?」
バルの問いにベラが笑って、街の方を見た。
「聞こえてこないかい? あの足音がさ」
それは、大地を僅かに振動させる、鉄機兵の足の音。バルも集中して、それに気が付いた。そして、その音が少しずつ大きくなってきていることも。それはつまり、鉄機兵がこちらに向かってきているということでもあった。
次回更新は8月7日(木)0:00予定。
次回予告:『第64話 幼女、蹴散らす(仮)』
ベラちゃんも親しかったお兄さんを失って悲しみに暮れているようです
しかし、ベラちゃんの心はまだ休まることを許されません。
幼女に迫る謎の鉄機兵たちがいるのです。怖いですね。




