第56話 幼女、ペットを飼う
「うわぁ、もらっちゃったのかよ」
ボルドがそう口にした。
戦いは終わり、今ボルドたちがいるのは街の外に与えられた陣地の中である。そして、ボルドの目の前に置かれているのは先ほどデイドン配下の騎士型鉄機兵によって運ばれたドラゴンの死骸であった。
「ヒャッヒャッヒャ、良い戦利品だろ? 剥製にでもするかねえ」
呆気にとられているボルドに対して、ベラは笑いながら己が殺したドラゴンを見ていた。すでに生命活動を停止してはいるが今にも動き出しそうなほどに瑞々しい。
「もらうのはいいけどよ。しかし、こいつは俺のバッカスだけじゃあ運ぶのは無理だぜ?」
「金はあるんだ。それぐらいは雇うさ」
ベラの言う通りにベラドンナ傭兵団には金がある。ババール砦の奪還戦に加えて今回の戦いでも多額の報奨金が支払われているのだ。
また、増槽やプレスハンマーなどといったギミックウェポンも渡されているし、このドラゴンに関しても同様である。ドラゴンの手足や尻尾などが複数あるのはベラが切り落としたものだったが、これも一緒にもらい受けていた。それは他でさばかれて価値を下げられないためであった。
「ベラ団長、デイドン様から連絡が届いています」
そしてベラとボルドがドラゴンの死骸を眺めているところにエルフのパラ・ノーマがやってきた。
彼はデイドンからベラに預けられた広域通信型風精機の乗り手だったが、現在では『ベラへの報酬品』としてこの場にいた。
ここまでの功績の報酬としてデイドンから男爵の爵位とともに従者として差し出されたものだった。
デイドンとて広域通信型を渡すのは苦渋の選択であっただろうが、それほどまでにベラへ支払わねばならない額が大きかったともいえた。
「さっき会ったばかりだけどね。何かあったのかい?」
ベラの問いにパラはキビキビと答える。街内の戦闘を経てパラもベラの力を思い知っている。自分の新たなる上司を、ただの子供と思うような侮りはパラにはなかった。
「は、ヴォルフと名乗る巨獣使いがひとりでやってきたそうです。理由は分かりませんが、ドラゴンを見せろとのことでして」
「は?」
パラの言葉の意味の分からなさにベラは思わず間抜けな声をあげてしまった。そして、ベラの呆気にとられた顔をボルドが珍しそうに見ていた。
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「赤牙族巨獣使い隊、元隊長ヴォルフ・ダイナモだ」
パラの報告後、すぐにベラたちの天幕へと兵たちと拘束された獣人がやってきた。それは耳がピンと立った、灰色と黒の虎縞をした猫族の男であった。
「ベラドンナ傭兵団の団長のベラだよ」
「冗談はよしてもらおうかッ」
椅子に腰をかけている幼女の言葉にヴォルフが怒気を孕ませた声をあげる。しかし、背後に控えている兵たちが槍を下げてヴォルフの動きを封じた。
「失礼な事を言うなッ」
「殺されたいのかッ!?」
口々に兵たちがヴォルフにそう叫んだ。ここに来た兵たちはベラのことを知っている。その力を知っているが故に恐怖もしていた。
そして、そのヴォルフに対しベラは自らの首を切るように二本指を動かした。それにヴォルフが反応する。
「山の中で襲ったのもあんただろう? その獣の臭いみたいな気配には覚えがあるよ」
「ッ……なるほど」
ベラの言葉にそばにいるボルドとバルの身体が僅かに強ばる。街の中で巨獣使いの操るヴィルガンテウルフたちの被害を結局防ぎきれなかった彼らにとってはヴォルフはしこりのある相手でもあった。
そしてヴォルフは注意深くベラを見て、その頭を下げた。
「過ぎた態度をとってしまったようだ。申し訳ないベラ・ヘイロー殿」
その態度にベラもヴォルフが状況を理解したのだと考え、口を開いた。
「畏まらなくていいよ。それで用件はなんだい? 敵陣に単身乗り込んできたんだ。物見遊山でただドラゴンを見たいってぇわけではないんだろう?」
ベラにとって、巨獣使いと呼ばれる者たちの中でドラゴンというものがどういう存在なのかは知らない。しかし、ここに単身で来るほどのことなのだから、恐らくは彼らにとって相当な価値のあるモノなのだろうとは推測していた。
「ああ、ドラゴンの死骸を譲っていただきたくやってきた」
「ふざけたことをっ」
ヴォルフがはっきりと告げた言葉にバルが憤って一歩前に出る。が、ベラは手を挙げてそれを制する。
「理由は?」
「我が僕であるブラッドスライムの寄生宿として使わせていただきたい」
ベラが目を細める。それは恐らくは街中で闘った『狂戦士』と同類にしたいという事だろうとは検討がついた。そのこと自体にも興味は芽生えたが、ベラは質問を重ねる。
「そうすることであたしになんの得があるんだい?」
重要なのはそこである。デイドンに正式に認められて、ドラゴンの一切はベラが所有している。ただで差し上げましょうという事は当然あり得ない。しかし、続くヴォルフの言葉はベラにも予想外のものだった。
「ドラゴンと巨獣使いを差し上げよう」
ベラの眉がピクリと動いて、後ろの兵たちを見た。
「デイドン様からは、ベラ団長が了承すれば良いとは許可はいただいている」
返ってきた兵の言葉を聞いて、ほぉ……とベラが声をあげる。
「よく、許可が出たね。一応、敵なんだろう?」
その言葉にヴォルフが首を横に振った。
「我ら赤牙族は雇われの一族。コージン将軍亡き今、我らを縛るモノもない」
「あーなるほど」
ヴォルフの言葉に、兵たちも多少焦った顔を見せたが、特には何も言わなかった。そして、ヴォルフの言葉によって、ベラの頭の中にあった疑問も氷解した。
(ああ、敵の親玉が死んだのか。それで……か)
鉱山街モルドでのパロマの動きの奇妙さの理由をようやくベラは理解できた。同時にヴォルフがここまでこられた理由も納得したのである。目の前の獣人はデイドンにとって有益な情報を持ってきたのだろう。そして、ベラにとっても有益なのだろうとデイドンはここに通させたのだ。
「手土産を渡してさっさと去ってほしいってとこかねえ」
ベラが笑うが騎士たちは何も言わない。
それが事実ではあるからだ。今回のベラドンナ傭兵団の……というよりはベラ・ヘイロー個人の功績は高い。それはつまりこの場にいる多くの騎士や傭兵たちの取り分を奪っているという事でもあった。
故に著しくバランスを欠く存在は、すでに勝敗の見えた場にはいて欲しくないのが本音であり、実際にデイドンからもそう告げられていた。そのためのドラゴンであり、エルフであったわけだ。
「それで、いかがか?」
ヴォルフが問う。それを見てベラが訝しげにヴォルフを見た。先ほどから妙に張りつめているのが気にかかったのだ。
「焦ってるね。何かあるのかい?」
そのベラの言葉にヴォルフが、口を開く。
「時間がない……のだ。僅かな間にもあの竜の身体に宿る命が尽きていっているはずだ。一刻も早く……」
叫びだしたい気持ちを堪えているのだろう。ヴォルフはくぐもった声で返してきた。ベラはそれを見て人差し指でこめかみを押さえながらの「なるほどねえ」と呟いた。
「それで契約はどうなってるんだい?」
「奴隷契約書はすでに。術式も打ってありますのでベラ団長が署名すれば完了となります。現段階では無条件での契約となります」
「手早いね」
デイドン配下には戦時下における捕虜用に奴隷用拘束術を扱える者もいる。その中でも無条件となれば契約としては最高峰のもの。なにしろ、破棄しなければ永遠に奴隷で終わるのだから。そこまで聞いてベラも両手を上げて、降参とポーズをとった。
「あー分かった、分かった。こっちは以前にも似たような契約を結んでいるしね」
ベラの言葉にヴォルフは頷く。バルが自分の契約を思い出して少しだけ反応していた。
「それで寄生させるっていうブラッドスライムはどうしたんだ?」
「すでに捕縛して、離れた場所で監視させています」
兵の言葉にベラが頷くと「すぐさま、持ってきな」と指示を出す。そして兵たちとヴォルフが外に出て、天幕の中にはベラとバル、ボルドが残された。
「いいのかよ?」
ボルドがベラに問いかける。せっかく手に入れたドラゴンの死骸である。それの使い道を容易に決めてしまった事に懸念があるのだろう。もっともベラは笑ってボルドの問いに返した。
「別に剥製か竜史学者にでも売るしかないシロモンだろ? 構いやしないさ。それに……」
ベラは先ほどまでその場にいたヴォルフの姿を思い出す。ふてぶてしいキャットフェイスに鍛え抜かれた肉体。獣臭漂う寡黙そうな男だ。並ではないのは見て取れた。
(……こりゃあ、あっちの方もデカそうじゃあないか)
そう考えてベラはヒャッヒャッヒャと笑う。ベラにしてみればドラゴンそのものよりもヴォルフ個人の方に興味が高かった。良い身体だと幼女は舌なめずりをした。
と、同時にベラはひとつ気になる事があったので、ボルドに問いかける。
「しかし、あのドラゴンって何を喰うんだろうね? 人間?」
「さあ?」
首を傾げるベラに、ボルドも首を傾げた。ともにいたバルもそれは知らぬようで、そこに口を挟もうとはしなかった。
なお一般的に巨獣と呼ばれる存在の食事量は見た目の体格に反してそう多くはないとされている。それは彼らの巨体は自然魔力を吸収する事を前提として進化したものであり、そのほとんどを自然魔力で維持しているためであった。
次回更新は7月14日(月)0:00予定。
次回予告:『第57話 幼女、ペットを躾る(仮)』
猫耳おじさんが仲間になりました。
次回、猫耳おじさんの大きなアレが槍使いのお姉さんの中に入ります。
ビクンビクンするお姉さんを前にベラちゃんは何を思うのでしょうか。




