第53話 幼女、回収をする
『敵の動きがおかしいですね』
鉱山街モルドの正門前に構えるルーイン王国軍。その中心にいる騎士型鉄機兵『エルダーグレイ』の中では、デイドンが訝しげな表情をしながら戦場の様子を見ていた。
正門はすでに開かれている。誘いではあったのだろうがデイドンはそこに惜しげなく戦力を投入し、街の正門前広場が今は主戦場となっていた。
広場周辺から押し寄せる敵はルーイン王国軍を囲むように戦いを展開しているが、ルーインも負けてはいない。東門は未だ開かれてはいないが、ベラドンナ傭兵団の作った壁の穴により東門に向かっていた軍勢の一部の戦力はすでに街の中に侵入していた。それが効果的に敵の混乱を誘導しているのだろう。正門での正面衝突の中でも、背後からの攻撃を恐れてパロマの軍勢の動きが鈍っているようだった。もっともデイドンは敵の動きに不自然さを感じていた。
(特に先ほどの門を開けた辺りは明らかに敵の動きがおかしかったように見えますね)
デイドンの認識している戦況を考慮に入れたとしても敵が浮き足立ち過ぎている点がデイドンには気にかかっていたのだ。
パロマ王国軍の内部で何かが起きている……とデイドンは確信しているが、それが何かまでは分からない。もっともその何かはパロマ側にとっての問題だろうと考える。ルーインが圧しているのは間違いないのだから、デイドンもこのまま押し進めていくことを止めるつもりはなかった。そう思案しているデイドンに護衛騎士から声がかかる。
『デイドン様、ベラ団長のそばにいる広域通信型から連絡がありました』
(ベラさんからですか?)
すでにベラたちから壁に穴を開けたことの報告を受けている。内部のパロマの軍勢を駆逐しながら東門に向かって進んでいることも聞いている。すでにここまでに十分な戦果を挙げているのだ。これ以上何があるものかとデイドンは尋ねた。
『どうしました?』
『その……ドラゴンが現れたと……』
護衛騎士が躊躇いながらも、広域通信型のエルフから伝えられた言葉を口にする。もっともそれはデイドンにしてみれば唯の冗談にしか聞こえないものだった。ドラゴンなどここ数百年、イシュタリア大陸では見られていない伝説上の生き物なのだ。
『冗談につきあっている暇はないのですがね。は虫類型の巨獣でもいましたか? いたとしても報告する意味があるとは』
そのデイドンの言葉は途中で遮られる。空から黒い影が戦場に降り立ったのを目撃したからだ。それもルーインとパロマの鉄機兵たちの戦い合う戦場の中心に……である。
「なんです、あれは……?」
デイドンが鉄機兵の水晶眼で、その降りてきたものを視覚に捉えようとした横で、護衛騎士の鉄機兵の中から先ほど聞いた単語が漏れた。
『ドラゴン』……と。
同時に戦場を炎が吹き荒れた。
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「おんやー、音が変わったね」
クッチャクチャと薫製肉を頬張りながらベラは呟いた。現在ベラは鉄機兵から出て、周囲の警戒を奴隷と傭兵団に任せながら休憩に入っていた。
すでに周りの敵は軒並み壊滅させている。東門の戦いも佳境に入り、正門前もすでに全面衝突となっているとなればここにまで手を回される可能性は低い。さしものベラもここまでの連戦で身体が悲鳴をあげており、休息を入れねば倒れそうだった。それは六歳児の小さな身体では当然のことだろう。
そして休んでいたベラの耳には街のあちらこちらからの戦いの音が入ってきていた。なかでも正門の方角の音が一番大きかったのだが、今はその音に別の音が混じったようだった。混ざった音の正体は悲鳴であろうとベラは推測する。
『アイアンディーナ』の横にいるゴリアスの鉄機兵もその音の変化に気付き、ベラの方を見て尋ねた。
『さっきのドラゴンが正門に着いたってことですかね。ありゃやべえんじゃないですか?』
ゴリアスの言葉にベラは頷いた。
「ま、並の鉄機兵じゃあ歯が立たない上に、あの再生があるからね。それに再生力の供給源である魂力も食い放題だからそりゃあヤバいだろうさ」
『ヤバいだろうさって……いいんですかい、追いかけなくて?』
ベラは薫製肉をそのまま口に投げ込んで水を口に含みながらクチャクチャと食べて飲み込んだ。それからゴリアスの鉄機兵『ヘッジホッグ』に視線を向ける。
「あたしらが殺らなきゃならない理由もないだろう。逃げたヤツのことなんざ知ったこっちゃないよ」
ベラはそう言いながら、続いてはティーラの実のドライフルーツをバッグから取り出して口に含んだ。「甘いねえ」と頬をほころばせる。
「今のあたし等のやることは休むことだね。それにパロマの方に手ぇ出すかもしれないじゃないか。そうしたらルーインにとっては万々歳だろ?」
「パロマに手を出すって……ありゃあ連中の兵器じゃないんで?」
ゴリアスの問いにはベラも少しだけ考える。
「区別ができるような頭には見えなかったけどね」
とはいえ、どうであってもベラには関係のないことだ。ドライフルーツの甘さをかみしめてから再度水を飲み干したベラは、そのまま作業をしているボルドへと向かった。
「そんでボルド、状態はどうだい?」
尋ねられたボルドは、壁に入ったときに壊滅させたパロマの軍隊の鉄機兵用輸送車にベラが切り落としたドラゴンの腕や尻尾を積む作業を行っていた。
『んーそうだなあ。ご主人様が最初に切り捨てた右腕は鉄機兵の形をしてるし使えるみてえだな。尻尾も鉄機兵との接続もできそうだが、こいつはどうだろうな』
最初にやって来たときに付いていた腕と尻尾は使えそうだと聞いてベラの顔に笑みが浮かぶ。そしてボルドは続けては虫類の腕にしか見えないものに視線を移す。
『けど、こっちの再生した腕っていうのはどう見ても巨獣のもんだぜ。ご主人様が嘘をついてるわけじゃねえのは分かるが、正直鉄機兵から生えてたってのは信じられねえな』
率直なボルドの言葉にベラも「だろうね」と言いながらヒャッヒャッヒャと笑う。
「あれを鉄機兵と言えるのかは怪しいね。まだ巨獣って言った方が早そうだ」
ベラは先ほどの戦闘を思い出しながら、そう返す。
「ま、腕の方は街に戻ったらあたしのディーナに付けてみようかね。パワーはありそうだし、ウォーハンマーを振るうには具合が良さそうだ』
ボルドがマジかよと言う顔をしたが、ベラは特に冗談を言った風でもなかった。回転歯剣とウォーハンマーの二刀流をベラは考えていたのである。そしてベラが本気で使うつもりのようであると理解すると、ボルドはため息をついて回収した腕を見た。
『まあ、言われりゃつけるけどよ。どうなってもしらねえぞ』
「魂力は今回で随分とたまったからね。ま、落ち着いて試しながらやりゃあなんとかなるだろうさ」
そう言ってベラは己の胸にペンダントとして身に付けている竜心石を見た。今も吸い込んだ魂力を吸収しているところのようで、『アイアンディーナ』の機体から魂力の輝きが竜心石へと流れている。そして、機体の方は先ほどまでのように魂力が漏れて輝いているようなことはなかった。
『それで我々はどうしますか?』
周囲の確認を終えて戻ってきたバルが尋ねる。バルの鉄機兵『ムサシ』の左腕はヴィルガンテウルフに噛みつかれたことで損傷している。応急処置で銀霧蒸気こそ漏れなくはなったが、動きはやはり鈍くなっていた。またゴリアスのジャカン傭兵団にもそこそこに死傷者が出ていた。ヴィルガンテウルフ相手ではやはり被害は小さくはなかったのである。
ベラは目を細めて周囲を見回してから、気負うことなく己の決定を口にする。
「これ以上の戦闘行動は難しいようだね。ここらでいったん待機し、後続と交代してから下がるとしようかい」
そのベラの言葉にバルは口惜しそうだが、ボルドはホッとしていた。地面にぶっ倒れてヒヒヒと笑っているジャダンに至っては例え本人にやる気があってももう一歩も動けない状態である。
ベラを除けばもっとも功績を挙げたジャダンだが、さすがにここまでがオーバーペース過ぎたのだ。現時点ではもう爆炎球どころか火精機を再召喚すること自体が不可能であった。
そして、ベラの決定に鉄機兵の中にいるゴリアスは浮かない顔をしていた。
『すまねえ。正直、俺らは役に立ててねえな』
「そうでもないさ」
ゴリアスの言葉にベラはそう返すが、確かに雇い入れた以上の戦績はあげられてはいなかった。むしろ、ベラたちの活躍のおこぼれを与っている……というのが実状だろう。
(今後は考えた方がいいかねえ)
数を揃えてもベラについてこれる者がいなければ、結局ベラのスタンドプレーにしかならないのだ。今回の戦争でベラはそのことをよく理解できていた。使える手下を増やすことをベラは強く感じていたのだ。
「ま、そんなわけで帰りの準備でもしようかね。こんだけ戦果を挙げりゃあ十分だろーよ」
そう言って団員に撤退準備の指示をしようとするベラに『お待ちください』との声がかかる。それはデイドンの寄越した広域通信型風精機に乗ったエルフであった。
『ベラ団長。あなたにはデイドン様からの命がございます』
「あん?」
いきなりの不躾な言葉にベラが不機嫌になり、風精機を睨みつける。その視線の強さに震えながらもエルフは口にする。
『ど、ドラゴン討伐の指示が来ております』
エルフの言葉にベラの目が細まる。
「ああ、そうかい。どうやら存外に苦戦しているようだね」
街の入り口から響き渡る無数の悲鳴を耳に入れながら、ベラはそう口にした。戦場は未だベラを解放しようとはしないようだった。
次回更新は7月3日(木)0:00予定。
次回予告:『第54話 幼女、食事中にお邪魔する(仮)』
カッコ仮。これでもう安心です。
ベラちゃんは優しい子。
みんなが疲れてるのを見てもう帰ろうかと言いました。
でも意地悪なおじさんはそれを許してくれません。
頑張れベラちゃん。もうすぐお仕事も終わりだよ。




