第46話 幼女、街を蹂躙する
「コージン将軍。全軍、指定通りの配置で待機完了しております」
静かなガレージの中、伝令兵の声が響き渡る。
「そうか」
コージンは、やってきた伝令兵に対して視線を向け、頷いた。
コージンはルーイン王国軍の進軍の状況をすでに把握していた。斥候の報告で進軍速度までも分かっている。故に、今ここにやってきた伝令兵の言葉にもただ頷くだけであった。
「予定通りだ。各員によくやるようにと伝えておいてくれ」
「ハッ!」
コージンの言葉に敬礼した騎士が踵を返し、このガレージを出ていく。
『始まるんですね、将軍』
そのガレージにはコージン将軍と、彼の鉄機兵『スレイゴーン』、そしてもう一機の異形の鉄機兵があった。
「ああ、戦力はまだパロマの方が多いが、砦の奪還をなしたルーインの士気も大きい。あまり、楽観は出来ない状況だな」
目の前の機体からの声にコージンは頷いて答えた。
「マルコフ様は帰ってしまわれたしな。どうも我々の勝利をあまり信じてはいないらしい」
『領主様は前回の敗退で恐れを為したのでしょうね。臆病者の顔をしていましたから』
怒気のこもった声が響き渡る。
もっとも、領主マルコフにしてみれば戦争は経済活動の一つであり、それも命あっての物種だ。安全に勝てるからこそ、自らも前に出ていたに過ぎない。デイドンと違って山を失ってもまだ資金のあるマルコフにしてみれば、この街は命を懸ける場所ではないということなのだろう。
「まあ、いい。いても邪魔なだけだろう」
コージンはそういって笑った。どうあれ勝てばよいのだ。コージンにしてみてもこの場は中央に返り咲くための足がかりでしかない。そして、ババール砦で退いたのはあくまでコージンにとって主戦場に想定しているのはこの街であるためだった。
「赤牙族も引き入れての戦闘だ。万が一もない」
巨獣使いの一族。それこそがコージンの強力な手札だった。彼らのゲリラ戦によりすでにルーイン王国軍への打撃も少なからず与えていた。
ババール砦の魔力濃度では巨獣を維持できないためにこの街で待機させていたが、魔力の川とも近いここであれば巨獣たちの能力を遺憾なく発揮できる。
(巨獣使いと言えば……アレか)
そしてコージンは、巨獣使いのルーイン王国奇襲の唯一の失敗報告を思い出す。ベラドンナ傭兵団への襲撃の失敗。巨獣ヴィルガンテウルフ7匹を失ったのは痛手だった。その上に手札の一つであったウルグスカ傭兵団も壊滅したとのことである。
(あれを殺すのは、もはや優先事項にした方がいいか)
戦力としてもそうだが、この戦いの英雄を抑えれば士気にも影響するだろうとコージンは考える。そのための手札が目の前にある。
「マリーア、どうだ?」
『来てますよ。ブルーメを殺したベラって女が』
答えはすぐに返ってきた。コージンは表情を変えずに頷く。
「モード隊への指揮を許す。赤牙族へもあの赤いヤツを優先して仕留めるように通達してあるから、つぶし合いは避けろよ」
コージンの言葉に異形の鉄機兵の中に乗っているマリーアから『了解です』との声が響く。その言葉の前にわずかな逡巡があったことにコージンは眉をひそめたが、そこを指摘することはなかった。
『分かっています、こんな身体であろうと私は雷竜騎士団の騎士です』
そう答えるマリーアの声は、怨嗟の念が込められていた。
そして、異形の鉄機兵が動き出す。翼の骨のような突起を背から生やし、長い尾を持ち、その頭部はまるでは虫類に乗っている異形に近い造形をしていた。
その姿はまるで、イシュタリア大陸からはもはや存在しない、壁画や書物の中だけの存在であるはずのドラゴンに近いものがあった。
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首裏にぴりっとしたものをベラは感じた。
「なんだい?」
そう口にしてベラは周囲を見回したが、見られている気配はなかった。
(まあ、今のところはなんでもないか)
ベラは勘でそう判断し、再び正面へと意識を集中させる。
モルド鉱山街への侵攻はすでに始まっているが、今はまだベラたちは戦わず、楯を構えて進んでいる状況だった。
その盾にカンカンと何かがぶつかる音がする。それは鉄機兵が投げてる投石だった。鉄機兵にはほとんどきかないが、生身の戦士は直撃すれば死ぬ程度の大きさの石と、併せて矢が絶え間なく降り注いでいて、ベラたちの侵攻を阻害していた。
(関節部が痛むから投石はあまりよろしくもないんだけどね)
ベラはそう考えるが、だからといって投石が止むことはない。また、ベラドンナ傭兵団は鉄機兵と精霊機で構成されていて無傷ではあるが、後ろに続くジャカン傭兵団は被害がでているようだった。
(さて、どうするかね)
正門の前に展開されているパロマの軍勢を切り崩す予定ではあるが、ベラは門ではなく横の壁に視線を向けた。
『正門はいい。左のあっちの壁を狙う』
『ご主人様、壁だぞ?』
意図を察したボルドの言葉にベラが『ハッ』と笑う。
『城壁じゃないんだよ。たかだか街の壁だ。ジャダン、あんたの爆弾で破壊しな』
『アイアンディーナ』の視線がジャダンの火精機に向けられる。
『岩だと物足りないんですが』
『ぶち殺されたいのかい?』
凍りつくようなベラの言葉に『ヒヒ、冗談ですよ』とジャダンが言葉を返した。
『けど、守りは堅いようだが、どうするんだよ?』
ボルドの問いにはベラが
『あたしゃ、優しい女だからね、奴隷だけに働かせたりはしないさ。バル、ついてこれるかい?』
ベラの問いにバルがブスッと答えた。
『足は私の『ムサシ』の方が速い』
『ヒャッヒャ、ゴリアス。こっちは任せたよ』
『へいへい。お好きにしてくだせえよ』
ゴリアスから諦めた声で返事が返ってきた。そしてベラの『アイアンディーナ』とバルの『ムサシ』が戦列より飛び出して走り出す。
端から見れば、ただの自殺特攻でしかない先走った二機の動きに両軍から漏れたのは落胆と嘲笑の声だった。
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『団長。赤と黒の鉄機兵がたった二機で特攻してきます』
当然のことながら、門より左の壁の一角を護るゴーエン傭兵団の団長は嘲笑を浮かべる側であった。パロマの傭兵団では大きい部類のゴーエン傭兵団の団長ゴーマは報告を受け、自らの目で自分たちに向かって進んでくる愚か者たちに視線を送る。
(赤いのはまだ若い鉄機兵か。新参だな。おおかた英雄ごっこにでも感化されたか)
後ろについている黒い騎士型鉄機兵は手強そうだが、だからといってゴーマの傭兵団には13機の鉄機兵と4機の精霊機を有している。さらには200を超える兵たちも揃っているのだ。その差を考えれば勝ち負けを論じる意味すらない。
『お前ら。あのバカどもに現実を見せて血反吐を吐かせてからあの世に送ってやれ』
そのゴーマの掛け声と共にゴーエン傭兵団の鉄機兵たちが進み始めた。
(後ろの連中は止めにもいかねえか。跳ねっ返りは早々に退場願おうってことか)
ゴーマは後ろにいる傭兵団の隊列が乱れることもなく進んでくることに警戒する。あれらが攻めてくる前に、早々に二機を潰さなければと考え、赤い鉄機兵たちを再度見た。
『はっ?』
そして、ゴーマは思わず間抜けな声をあげてしまった。
悲鳴が響き渡っていた。
血が飛び散っていた。
悲鳴はゴーマの信頼する副団長のものだった。
飛び散る血はゴーマの愛する仲間たちのものだった。
『ヒャッハハハハハハハハッ』
笑い声が木霊した。それは赤い鉄機兵の主のものだろう。
ゴーマの目に映ったのは、その赤い鉄機兵と黒い鉄機兵によって仲間たちが殺され続ける姿だった。
仲間の鉄機兵が串刺しになり、精霊機が切り裂かれる。対鉄機兵兵装は、それが放たれる前に兵たちが殺されていった。獣のようなうなり声をあげる剣が撫でるように横切ると上半身が吹き飛ばされて下半身だけが残り、周囲は赤い絨毯のように大地が染められる。
(なんだ……あれは?)
ゴーマは青い顔で目の前の状況を見た。そして、気付いたのだ。
(赤い……若い鉄機兵だと?)
ゴーマには聞き覚えがあった。騎士団の連中が辛酸を舐めた恐るべき化け物がいると。それは、まるで血塗れになった赤の鉄機兵のようだと。
(それがこいつだと?)
『ヒャッハァアアアアアッ!!』
次の瞬間には、ゴーマの耳に叫びのような、笑い声のような声が轟いた。
同時にゴーマは己の胸にぽっかりと穴が開いたのを感じた。いや、胸どころではない。それより下、腹も下腹部までも感覚がとぎれ、潰された内蔵は首を伝ってゴーマの頭にまで迫り上がり、そのまま頭部が圧迫されて爆ぜて事切れた。
同時にゴーマの機体の手が落ちる。握られていた剣も地面に落ちて突き刺さった。その胸部には投げつけられウォーハンマーのピックが突き刺さっていた。乗り手と共に竜心石も破壊されたのだ。もう動けるはずもなかった。
悲鳴はさらに続いていく。主なき傭兵団に退却を許す者はいない。
故に赤と黒の暴力の化身たちはそれらを食い散らかし続けていく。それはただの虐殺にしか見えず、蟻の群れを戯れに石で潰す子供の姿にも似ていた。
そして、瞬く間に大地が赤く染まり、無数の爆発音が響き渡ったのは、それからわずかに後のことであった。
次回更新は6月4日(水)0:00予定。
次回予告:『第47話 幼女、今度こそ街を蹂躙する』
ベラちゃんのうっかりやさん。まったく蹂躙してませんよ。
いけませんね。次回こそしっかりと蹂躙しましょう。




