第44話 幼女、ワンちゃんで遊ぶ
ヴィルガンテウルフの頭部だったものが空中にバラ撒かれる。血中に宿っていた魔力が空気に触れて僅かに発光し消えていく。ともすれば幻想的でグロテスクな光景の中で、ベラはさらに続いてやってくる狼たちを見ながらグリップとペダルを小刻みに操作して鉄機兵の動きを整えていく。
(ふん。こりゃ、スカスカだね)
魔力計器のメーター針を見るまでもなく、今の一撃で『アイアンディーナ』の魔力残量が一気に減ったのはベラにも分かっている。だが、その状況でもなおベラは笑みを崩さなかった。
そして正面の敵だ。巨獣のヴィルガンテウルフは残り9匹。周囲に群がるローアダンウルフについては気にする必要はあまりない。
所詮はただの犬コロ。胸部ハッチにさえ注意しておけば鉄機兵をどうにか出来る相手でもないのだ。
(ヴィルガンテウルフ、速度重視の狼型巨獣かい)
ベラに迫ってきているヴィルガンテウルフは全長4メートルはある巨大な狼である。その牙は鉄機兵すらも貫く強靱さを誇っており、複数体で迫られれば例え自然魔力濃度が薄くなくとも鉄機兵一体では到底勝てる相手ではない。
もっともベラの表情には焦りも不安もなかった。ただ目の前の敵に集中し、如何に屠ろうかという意志だけがそこにあった。
『いいね。おいでワンちゃん』
ヒャハッと笑い声が戦場に響いた。続いて響いたのは狼の悲鳴だった。ベラは飛びかかった三匹のヴィルガンテウルフをわずかな動作でかわしながら、ウォーハンマーのピックでヴィルガンテウルフの一匹の腹をすれ違い様に引っかけるようにして引き裂いたのである。
「ギャンッ!?」
切り裂かれた巨大な狼が声をあげて転げていく。
堅い体毛に護られたヴィルガンテウルフだが、その白い腹は防御力の低い弱点となっている。
そのヴィルガンテウルフは腹圧で出てきてしまった臓物を垂らし血をダクダクと流しながらも立ち上がり、うなり声をあげて『アイアンディーナ』を睨みつけた。
そして、他のヴィルガンテウルフたちも個々に飛びかかるのを止めて集まり、そのままベラに対して囲み始めたのだ。取り囲む狼たちの瞳には知性があった。その瞳の色を見てベラは目を細める。
(なるほどねえ……)
ベラはひと息ついて眉をひそめて笑みを閉ざした。
『手応えのなさはそういうことか。まったく』
つまらなさそうにベラは呟き、鉄機兵『アイアンディーナ』の足を一歩踏み出させた。
『獣人も人手が足りないと見えるね』
**********
「ガァアッ!?」
ベラの『アイアンディーナ』が戦いに興じている場所より離れた丘の上で男の叫び声があがった。
「憑依が解けました。ウルジが意識不明です」
「全身を切り裂かれて殺されたんだ。仕方あるまい」
ヴォルフが苦い顔で部下の報告に返す。
「なんなんだあの鉄機兵は!?」
そして、ヴォルフの周囲の獣人たちに動揺が広がっていた。
視線の先には元より赤いカラーだった表面をさらにどす黒い赤で染め上げた『アイアンディーナ』が立っていた。
そのベラの鉄機兵『アイアンディーナ』は巨獣をばらして周囲に血や臓物をバラ撒き続けているようだった。さらには『アイアンディーナ』は次第にその動きを速めてもいるようだった。
「増槽も積んでいないというのに、なぜあそこまで動き続けることが出来るんだ?」
獣人たちの前で、ベラがヴィルガンテウルフを次々と倒していく。腹を切り裂かれた個体は地にたたき伏せられてから潰され、4匹、5匹とウォーハンマーで叩き潰され、腰の小剣で切り裂かれた。
そして血塗れの『アイアンディーナ』の動きはさらに増しているように獣人たちには感じられていた。続けてベラの横をローアダンウルフたちが通り過ぎようとするが、ベラはウォーハンマーを投げつけて纏めて巻き込んで潰していった。
「得物を離したぞ。馬鹿がッ」
そう叫んだ獣人の操っているヴィルガンテウルフが飛び出したが、小剣で口から腹まで貫かれて巨獣は絶命した。併せてその場で獣人は失禁をしながら崩れ落ちた。獣人たちの巨獣の操作は精神をダイレクトに接続している分、フィードバックに問題があるようだった。
「戦い慣れているな」
「なんですと?」
ヴォルフの言葉に獣人たちが視線を向ける。
「ヤツは巨獣と戦い慣れている。これ以上は厳しいな」
「なにを馬鹿なことを。ヴォルフ様、今ヤツは盾だけの丸腰。武器のない鉄機兵など恐るるにッ!!」
ヴォルフの言葉を遮り副官のヴェロルガが興奮して叫んだ。同調力を上げたことでヴィルガンテウルフの怒りの感情が強くヴェロルガに宿っているようだった。
「たりませんよォォオオッ!!」
うなり声をあげながらヴェロルガの操るヴィルガンテウルフが駆ける。それはベラを襲っている群れの中ではもっとも大きいサイズのヴィルガンテウルフであったが、『アイアンディーナ』は腰に下げた回転歯剣を取り出して起動させ、ヴェロルガのヴィルガンテウルフへと吸い込むように突き刺した。
「あっぁああああああああああ!?」
ヴェロルガが叫び声をあげてその場に崩れ落ちる。その顔から首、服に隠れた胸の辺りにまでミミズ腫れが出来、涙と鼻汁と涎まで垂らしながら転げて痙攣していた。
「ちっ、ギミックウェポンまで使うか」
「どういうことですかヴォルフ様?」
部下の一人が恐怖に駆られた声をあげる。状況が分からない。手塩にかけた巨獣も、優秀であるはずの巨獣使いも次々と倒れていく。その上に自然魔力の薄い場所で増槽もなしにベラはギミックウェポンまで使っていたのだ。
「血だ」
「なんですって?」
ヴォルフの言葉に部下たちが首を傾げた。
「巨獣がこの自然魔力の薄い場所でも短時間ではあるが動いていられるのは血に魔力をため込んでいるからだ。だからその場の自然魔力を濃くするにはため込んだものを解放すればいい。あれはそういう理屈で動いている」
「じゃあ、あれがヴィルガンテウルフを滅多斬りにしてるのは?」
「体液を撒くことで周囲の自然魔力を濃くしている。それも同じ場所で殺し続けて自分も最初からほとんど動いていないようだ。退くぞ。お前たちでは勝てんッ」
ヴォルフの言葉に口惜しそうに獣人たちがベラの『アイアンディーナ』を睨み付ける。残り3匹となったヴィルガンテウルフも憎しみを込めて血塗れの鉄機兵に視線を向けた。
けたたましい音のギミックウェポンを持って鉄機兵『アイアンディーナ』が構えている。この相手に10匹で挑んで駄目だったのだ。残り3匹、しかも明らかに動きの良くなった相手に勝てるとは獣人たちにも思えなかった。
「下がれッ」
そしてヴォルフの言葉に、諦めのついた巨獣使いは『アイアンディーナ』を睨みつけながらヴィルガンテウルフを下がらせていく。それに併せてローアダンウルフたちも下がっていった。
(大戦帰り……なるほど、コージン将軍が騒ぐわけだな)
その様子を見ながらヴォルフは『アイアンディーナ』に視線を向ける。
(確かに強い。だが、それでも鉄機兵だ。俺のロックギーガならば……)
ヴォルフはそう考えながら『アイアンディーナ』に背を向けて歩き出した。
**********
「ふんっ、本命はまだ出てこなかったかい」
ベラが戦闘前から感じていた強い気配が消えていた。次第に消えていくチリチリとした感覚に肩をすくめながらベラは呟いていた。どうやら今回の戦闘にベラの感じていた相手は出てこなかったようである。
『ご主人様。終わったみてえだな』
ヴィルガンテウルフの姿が消えるとボルドから通信が入った。
『ああ、どうも本気でかかってきてなかったみたいだね。小さい狼の方も引き揚げたようだけど状況はどうなんだい?』
ベラの問いにはボルドは『何人か噛まれたが無事だ』と返した。
『ウルグスカの方は副長は生かして確保してある。残りは全滅だな。ジャダンが追いかけ回してブッ殺しやがった。イカレてやがる』
『そうかい。まあ、証言は一人いりゃいい。ヤツがその程度の餌で満足できたなら良しとするべきかね』
なげやりなベラの言葉にボルドは苦笑する。あの気狂いのトカゲ男の扱いはベラであっても容易ではないようだった。
『それでこの場はこのままでいいのか?』
『巨獣の牙は回収して後は放置でいい。鉄機兵の残骸も狼の犬の死骸もある。後列がくれば勝手に勘違いしてくれるさ』
ボルドにそう言いながらベラは己の鉄機兵を動かし始めた。
ヴィルガンテウルフの牙は魔力さえ篭もれば鉄機兵すらも貫くという天然のギミックウェポンに近い素材だ。
思わぬ土産にベラも満足しつつ、そのまま回収へと入るのであった。
次回更新は5月27日(水)0:00予定。
次回予告:『第45話 幼女、街を侵攻する』
ワンちゃんからお土産ももらえてベラちゃんも大満足です。
お友達と現地集合したら、楽しく街を散策しましょう。
素敵な出会いが待っているかもしれませんよ?




