第42話 幼女、山を登る
ババール峠奪還戦より一週間。
ルーイン王国軍はいよいよジリアード山脈にあるモルド鉱山街に進軍を開始した。
このジリアード山脈は高低差によって魔力の川のかかっている高さとそうでない高さが存在し、目的地となるモルド鉱山街近隣の集合場所までは自然魔力の薄い地域が続いている。
そのため、自然魔力を消費することで動く鉄機兵同士の距離を離すために団を分け、ルートを変えながら彼らは進んでいた。
そしてベラドンナ傭兵団は、ゴリアス率いるジャカン傭兵団と共に、山中を進軍していたのである。
『これは、確かに歩き辛いな』
バルがそう言って一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
行軍速度はジャカン傭兵団の生身の傭兵たちに合わせているため、ペースを抑えている。そのため、もっと速度を上げることは可能ではあるが魔力計測の計器のメーター針がさきほどから低い位置でゆらゆらと揺れていた。
『厄介な……』
バルがぼやく。
下手に出力を上げると、自然魔力を食い尽くして動かなくなる可能性もあり、出来うる限り慎重に進んでいくしかなかった。
『バル。あまり、焦るんじゃないよ』
前を進んでいるベラがバルに対して忠告をする。
『了解しているさ主殿』
バルの鉄機兵『ムサシ』には増槽が積まれているため、例え魔力切れを起こしても補充し動かすことは可能だ。しかし、増槽に自然魔力を補充させるには、当然魔力の濃い場所に行かねばならない。
今の場所では使い捨てに近い形で使用するしかないのである。
『マイアーたちにも味合わせてやりてえぜ、まったく』
少し後方を進んでいるゴリアスもぼやかずにはいられなかった。自然魔力の消費などあまり気にせずに戦う鉄機兵乗りであるので、今の状況はストレスがたまって仕方がないようである。
『マイアーにはあのジョン様のお守りって言う重要な役割があるから仕方ないさ。それだけでも金を出しただけはあるってもんだ』
今回の戦いではマイアーのローゼン傭兵団はババール砦で待機となっていた。その理由はジョン・モーディアスの護衛のためではあるが、実状としてはお守りというベラの表現がもっとも的確であると思われた。
『どのみち、この自然魔力の量じゃあ鉄機兵三機が限度。マイアーには離れてもらって移動してただろうねえ』
そう言いながらベラは周囲を見回す。
現在ベラたちが進んでいるのはババール砦から目的地までの中間といったところである。
木々が立ち並び、いつ敵が攻めてくるか分からないような場所ではあるが、わざわざゲリラ戦を仕掛けてくるともベラは考えてはいなかった。
(ここで襲うのは連中にとってもリスクは大きいはずだけどねえ)
仕掛けてきたとしても精々が数減らしの嫌がらせ程度だろうとベラは考えていたのだが、ベラは首筋にチリチリとするものを感じていた。見られていると、ベラの勘が囁いていた。
『……何かいますか?』
ベラの警戒が強くなったのを感じたバルが尋ねる。
『さてね。確認は出来ないね』
それをベラが面白くなさそうに答えた。魔術か、目がいいのか、隠れているのか、ベラには今のところ相手がどこにいるのか見えない。
『ヒヒヒ、爆破できる相手だといいんですがね』
『お前は少しは反省していろ』
ジャダンの言葉にバルが頭をかかえる。
ババール砦奪還戦の後に暴走に対しての反省をバルは随分と身体にたたき込んだはずだったが、ジャダンは翌日にはケロッとしていたのである。
そんなふたりのやり取りをベラが鼻で笑いながら進む。
(さて、狙われてるとしてだ。連中はどう動くかね)
現状のベラドンナ傭兵団の戦力を『普通に考えて』相手にする場合でも中規模傭兵団は必要ではある。仮にベラドンナ傭兵団の全滅に成功しようが、後続組とかち合う可能性もあるのだから自殺行為である。
(罠も……そう大したモノは仕掛けられていないようだしね)
前に進んでいる傭兵団からの早馬でいくつかの罠があったことを情報としてベラは聞かされていた。そして、周囲を警戒するベラにゴリアスから通信が入る。
『ベラ団長、ちょいと拙いかもしれねえ』
『あん、なんだって?』
いきなりの拙い宣言にベラは眉をひそめながら、ゴリアスに尋ねた。
『うちの団員がでっけえ獣の臭いがするって言ってやがるんでさぁ。獣人なんでそっちの方面は確かなんだ」
ゴリアスがそう口にした。
(巨獣? こんな自然魔力の薄い地域で生息しているわけはないし……となると確かによろしくはないね)
『全軍停止』
突然告げられたベラの指示にバルの『ムサシ』やボルドとジャダンの精霊機も止まる。その声を聞いてゴリアス自身も止まり、団員に声をかける。
『おい、全軍停止だ野郎ども!』
その言葉にゴリアスの団員たちも立ち止まる。
『ゴリアス、後方が見えないね。どうしてるか知ってるかい?』
『ウルグスカ傭兵団ですかい? 確かに見えないですなぁ』
ベラの言葉を聞いて後ろを観察するゴリアスが、おや? という顔をした。先ほどまで後方にいたはずのウルグスカ傭兵団の姿が忽然と消えているのである。
『ハメられたのかもしれないねえ』
ベラのボソリとした声に、ゴリアスの顔が歪む。
『あの連中が? ですかい……』
再度ゴリアスが後ろを見たが、やはりウルグスカ傭兵団が続いてやってくる気配はない。段差が激しい場所も多いので後方が見えなくなることは多い。しかし、今の開けたところでも……というのはおかしな話だった。
『まあいいけどね。全員、その場で警戒だ。お客様が来るみたいだよ』
ベラはそう言ってウォーハンマーを構え、周りを見回した。
『なるほど。もうあたしにも分かるよ。口臭のきつい犬どもの臭いがするね』
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「ヴォルフ様。連中、止まりました」
ベラドンナ傭兵団の配置が見渡せる丘の上で若い獣人が声をあげる。
「勘がいいのか。いや、あの中に同族がいれば分かるかもしれんな」
若い獣人の後ろに控えていた壮年の獣人ヴォルフがそう答えた。
「して、どうしますか? 予定の場所にはまだ届いてませんが」
壮年の獣人の横に控えていた獣人の問いにヴォルフが目を細める。
「ヴェロルガ、ウルグスカ傭兵団はどうしている?」
「現在は散開して、攻撃準備に入っているようです」
ヴェロルガの答えにヴォルフは「ふむ」と考え込む。
ウルグスカ傭兵団。
彼らは本来であれば前線基地での奇襲時に傭兵たちを逃げるよう誘導するはずだった団だ。コージン将軍が仕掛けた細工の一つであったが現在彼らはその契約書をちらつかされて、ベラたちをはめるように脅迫されていた。
「しかし自然魔力が薄いな」
懐中時計を取り出して、そこに設置されている魔力計を見る。
(長期間は動けんか。一気に攻めて、早々に潰すしかあるまい)
「ヴィルガンテウルフたちはたらふく食わせてあるな」
「はい。申し分なく。生き餌は随分と減りましたが」
ヴェロルガの答えにヴォルフは頷く。ヴィルガンテウルフは狼型の巨獣だ。驚異的な速度で敵を刈り取る恐るべき存在であり、ヴォルフたちの相棒でもあった。
「では、先にウルグスカを出させろ。戦力を見極める。それからローアダンウルフを放ち、続けてヴィルガンテを出せ」
「……ウルグスカには相当な被害が出るやもしれませんな」
ヴォルフはその言葉に「ハッ」と笑った。
「あんなコウモリ連中の命が我々の兄弟よりも大事か?」
「まさか……ですな」
ヴェロルガが肩をすくめるのを見たヴォルフは笑ってその手を挙げた。
「それでは獲物を狩るとしようか。赤牙族の栄光のために」
『赤牙族の栄光のために』
ヴォルフの言葉に重なった声が返ってくる。
赤牙族とは、巨獣使いとして名の知られる獣人の一族の名だ。
そして彼らが請け負った仕事はベラドンナ傭兵団の抹殺。それはババール奪還戦で苦汁を舐めさせられたベラたちを殺すべく、コージン将軍が下した依頼であった。
次回更新は5月21日(水)0:00予定。
次回予告:『第43話 幼女、狼と戯れる』
次回はベラちゃんが楽しそうにワンちゃんと追いかけっこをします。
幼女とワンちゃんが戯れる姿は見ていて癒されますよね。




