第372話 老婆、別れる
『ま、最初は様子見かい』
ローウェン帝国軍の後方に立っている『ゴールデンディアナ』の中でジェネラル・ベラドンナがそううそぶいた。
ローウェン帝国軍とベラドンナ同盟軍の激突はすでに始まっているが、現状では同盟軍有利で展開されていた。
なお、ベラドンナ同盟軍全体が鉄機兵で構成されているのに対し、ローウェン帝国軍の前衛は獣機兵のみで構成されている。スペックだけを見れば鉄機兵を上回る性能を保つ獣機兵だがその有り様が露見するにつれ、鉄機兵との戦力差は運用によって埋められつつあった。が、それでも出力の違いはあるはずなのにベラドンナ同盟軍がここまで押しているのは別の理由もある。そもそもローウェン帝国軍の獣機兵たちの士気は概ね低い。それは八機将であった獣神アルマと獣魔ドルガが死んでからというもの獣機兵の軍内部での地位は著しく低下し、今に至っては使い潰される戦力として扱われつつあるためだった。
有り体に言えば、扱いに困っていた人喰いの怪物たちをこの戦いですり潰しきろうとローウェン帝国は考えて動いていたのである。軍に首輪をつけられた獣たちの未来は反抗して駆除されるか、戦って死ぬかの二択しか用意されておらず、当然それでは士気など上がろうはずもなかった。
「ふぅん。この規模の戦争となるとなかなかに見栄えがするものだね」
そして『ゴールデンディアナ』のそばで戦場を眺めている老人がそんな言葉を口にするのをジェネラル・ベラドンナは耳にした。そこにいるのはイシュタリアの賢人ロイ。此度の戦の元凶であり、己の目的のために大陸全土を巻き込もうと動いている男だ。
『機嫌伺いは終わったようだね。皇帝陛下のご様子はどうだい賢人殿?』
「調整は上々。少々興奮気味だけど産湯から出るには十分だよ。で、ナレインくんの方はどうなんだい? 粗相はしてないかい?」
『漏らしてるかどうかは知らないが、一見してまともに機能はしてるように見えるさね。以前に見えた錯乱もない。いつも通りの皇太子様さ』
そう返すジェネラル・ベラドンナの言葉にはどこか憐憫めいた感情が滲み出ていた。
ナレイン・アージェント・サーバッハ。皇帝ジーンの第一子にして次代の皇帝と期待されていた彼が栄光の道から転げ落ちたのは、ロイの傀儡となった父を見限り暗殺を企てた時からだった。結果として捕らえられたはずだが、現在は何事もなかったようにローウェン帝国軍の総司令官として陣頭指揮をとっていた。無論、その奇妙な状況にはカラクリがある。
「なら、結構。流石にこの場で暴れられては面倒だからねぇ」
『そうなる可能性があるってのかい?』
「いや、基本的に問題はないはずさ。彼に対しては洗脳ではなく認識の方向性を少し変えただけだからね。父の説得には成功し、彼は今次期皇帝として指揮を任せられている……とそう思っているんだよ」
『それはまた、哀れだねえ』
「嘘はついてないよ。元々施術が失敗すればナレインくんを立てるつもりだったし、現皇帝が退位すれば彼が次の皇帝だ。数百年から数千年はかかるかもしれないから、それまで彼が待てるかは分からないってだけでね」
『ハッ』
ジェネラル・ベラドンナが笑う。彼女が以前にロイから聞いた話では、竜の血を浴びて因子を取り込めた人間の寿命は伸びる傾向にあるが、皇帝ジーンはもはやその枠をも逸脱して人ではなくなっている。故にもはや定命種の有り様とは違い、そもそも寿命が存在しているかも定かではない。
『あの坊やには気の毒だが身から出た錆だからねぇ』
「そうだね。ま、彼が機能しているなら問題はないか。であれば君は君で好きに動いてくれていいよ」
そのロイの言葉に、ジェネラル・ベラドンナが意外という顔をする。
『ふぅん。多少は渋ると思ったんだがねぇ。いいのかい?』
「君はテストパイロットとしては優秀だったけれどね。鋼機兵が完成し、それに君に対して皇帝陛下の興味が消えた今では必要不可欠な駒というわけじゃあない』
『皇帝陛下も若い方がお好みってわけかい。それとも紛い物では我慢できないから本物が欲しくなったってことかね?』
その問いにはロイも肩をすくめるだけだった。
ジェネラル・ベラドンナ。彼女は皇帝ジーンの執着から生まれた存在であり、ロイが手がけた作品だ。もっともオリジナルを超える気のない模造品は大きい戦果こそ挙げたがロイの想定以上の何かを成すことはなかった。
だから彼の言葉通りにジェネラル・ベラドンナに対してのロイの価値とはテストパイロット以上のものではなく、鋼機兵が完成した今、手放しても惜しくはなかった。逆にロイの今の興味は自ら設計したものではないにせよ、彼の手掛けたものからの延長として進化し続けたベラ・ヘイローと、彼の最高傑作である皇帝ジーンにあった。
「君だって似たようなものだろう。君の肉体は紛れもなくクィーンのものだよ。生物学的に言えば本物は君だ」
『ハッ、鉄機兵と同じさ。乗り手がゴミじゃあ意味がないんだよ。それにだ』
ジェネラル・ベラドンナがドンと己の胸を叩く。
『渇望しているのは体も同じさ。そうさ。望んでる。あたしが、あたしが望んでるんだ。だからあたしは行くんだよ』
「そうかい、寂しくなるね。君に研究対象としての価値はもうないが、茶飲み友達としては得難い存在だったよ」
『嬉しいことを言ってくれるねぇ。人を切り刻むのに躊躇ひとつしない男がさ』
「必要だからしていることさ。僕は基本的に平和主義者の文明人だよ。この世界には不釣り合いなほどにね」
『よく言うよ。だが、まあそうだね。あんたはそういう人間だ』
この戦争が始まったのも拡大したのも間違い無くこの老人が原因だ。けれども彼が良識をも持ち合わせていることはジェネラル・ベラドンナも理解している。同時に世界そのものをどこか絵空事のように捉えているということも。それこそが長命種の視点なのだろうとも。
「だろ? だってしょうがないんだよ。僕がひとりでやれることなんて限られている。となれば効率を優先するしかない。そのための戦争だ。今後、鋼機兵が大陸に浸透しないと困るんだよ」
『魂力か』
そして老人の目的がソレであった。
「そうさ。創世の土、賢者の石、アイテールなどとも言われる万物の素。砕けた星をも蘇らせる奇跡への代価となるもの。鉄機兵はそれを生み出すための道具。働き蜂のようなものさ」
人の歴史は戦争の歴史だ。そこに兵器として鉄機兵は生まれ、殺し合って増えながら魂力を貯蓄していく。それこそが鉄機兵を生み出した者の目的だった。
「けれども鉄機兵の創造者は怒り狂った青竜王に殺され、鉄機兵は使用こそできても魂力の利用は鉄機兵の製造とアップデート以外の利用ができなくなった。だから僕が造ったんだ。抽出可能な鋼機兵を!」
『鋼機兵を造り、それを効率良くばらまくためにあんたはローウェン帝国を利用した。どうせ他の国にも鋼機兵を配る算段も付いてるんだろうが……まあ寿命がないアンタらしい壮大で遠大な計画だ』
「寿命がないわけじゃあないし、刈り取るのは二代後ぐらいになりそうだけどね」
その言葉の意味はジェネラル・ベラドンナには分からない。結局のところ、目の前の老人が本当にイシュタリア文明の生き残りなのかも、或いは知識だけをどこかで手に入れてきた狂人なのかも不明なのだ。ただ彼の最終的な目的が消えたイシュタリア人の後を追うことなのだとは酒の席で聞いていた。
「ま、僕は僕の望みために、君は君の望みのために……だ。それじゃあねジェネラル・ベラドンナ。君の望む結末に辿り着くことを祈っているよ」
『ヒャッヒャ、じゃあねイシュタリアのハグレ者。あたしもあんたが同族に追いつける日を祈っておくさ』
そう言葉を交わし合い、それから両者は目的は果たしたとばかりにその場を離れていく。そしてそれが彼らの最後の会話となり、ここより戦場は燃え広がっていくのであった。
次回予告:『第373話 少女、戦場を進む』
今生の別れ。どちらもお年寄りですからそういうこともあるのでしょうね。
一方、ベラちゃんは手持ち無沙汰で少しむくれていました。




