第367話 少女、想われる
「ディアナの門は手に入れた……が、代償は随分と大きかったねぇ」
ベラたちベラドンナ自治領軍の後を追う形で動いているローウェン帝国軍。その中心にある皇族専用の大型魔導輸送車の中で老婆がそう呟いた。
ジェネラル・ベラドンナ。ローウェン帝国軍の大将軍であり、かつてはクィーンと呼ばれた女傑だとされているその老婆は今、不気味な笑みを浮かべるイシュタリアの賢人ロイと向かい合っている。そのロイの背後には銀光と名高い八機将ウォート・ゼクロムと顔をヴェールで隠した助手のナスタシアが並んでいた。
「それにキリル・デンも死んじまったね。アンタの玩具だったんだろう?」
その問いにロイの笑みが深まる。
「そうだねえ。でもあの玩具はもう僕の手を離れていたし、ぶっちゃけ鋼機兵ができた今では竜機兵なんてどうでもいいんだよねぇ」
そう返すロイの表情からその言葉に偽りはないようだとジェネラルは理解した。もはやロイにとって獣機兵と竜機兵は鋼機兵を生み出す過程で生まれた実験機という扱いでしかない。
「キリルくんも自分の分を分かっていればこんなことにはならなかったんだろうけどね。まあ、分相応の終わりだったんじゃないかな」
キリル・デンは八機将のひとりだ。けれども同時にロイの実験体の一体であったのも事実だ。そもそもキリル・デンは突出して武勇に優れて八機将に選ばれた者ではない。竜機兵の実験部隊のなかでも優秀であった部隊の隊長でしかなかった。強いていうならば竜機兵部隊『竜の爪』が八機将に該当するのだろう。デイドンの時と同様にロイ博士のゴリ押しによって八機将に当てられた人物がキリル・デンであった。
優秀ではあったが、歴戦の猛者というには経験が足りず、力が足りず、八機将として見れば格は落ちるが、空を飛べるという唯一無二の力は周囲の認識と彼のプライドを保つことはできていた。
だからこそ空の領域に侵入してきたベラに対抗心を燃やして、そして何もなし得ぬままに命を落とした。
「空を支配すれば戦争は様変わりする。歴史はそう示しているからそういった意味では彼は時代の先を行っていたわけだけど」
「歴史ねえ」
イシュタリア大陸の歴史において空を戦争の舞台にしたのは古代イシュタリア文明期にまで遡る。その名残は大陸中にところどころ転がっている竜船や神機兵と呼ばれるものの残骸を見る程度であり、言ってみれば伝説の中でのお話だ。
「ま、竜機兵の量産体制は整わなかったし、もうそっちの開発は止めたしね。今後の鋼機兵の進出を考えれば、当面はお空を舞台にさせるつもりはないから対空手段だけ広めてその可能性は潰していくつもりだよ」
そう言ってロイがハハハハハと笑う。
鉄機兵の竜機兵化は竜の因子と乗り手の相性の不確定さが原因で大概は自壊し、もしくは機械竜化して暴走していた。
鳥型の獣機兵の製造計画もあったが、その多くは自重で飛ぶことができず失敗に終わった。ローウェン帝国も現時点で安定した航空戦力の確保はできてはいないのである。
「それにしてもキリルくんはベラちゃんに対抗意識を燃やしていたようだけど滑稽な話だよね。彼女と彼じゃあ役者が違う。はなから勝ち目なんてないのに」
「ハッ、キリル・デンも可哀想にね」
ジェネラルの言葉にロイがより一層笑みを深めて肩をすくめる。
それからジェネラルを見据えて口を開いた。
「それよりも君こそ良いのかい? 実際、君の心情はあちらにあると思っていたのだけれど?」
「おやおや、この状況下で寝返って欲しいのかい?」
ジェネラルの問いにロイは「どちらでも構わないさ」と返す。
「君がまぜっ返すなら、それはそれでいい。僕の鋼機兵が大陸中に広がっていくのであればどうでもね」
「くっくっく、相変わらずだ。結局のところ一番の元凶はアンタなんだよねぇ」
「僕は時計の針を進めただけだ。どうあれ時間の問題だったさ」
侵略を是とするローウェン帝国は、例えジーンの代では無理でも、次の代で同じような戦乱を巻き起こしただろう。或いは他の国が覇を唱え、抵抗し、討ち破られた未来もあったかもしれないが、どうあれ人は争うものだ。現在の戦乱は人の歴史の中ではありふれたものであり、ロイはそれを大した問題ではないと考えていた。
「で、答えを返すとすればあたしはこのままさ。『人間のことなど』あたしにはどうでもいい。それはアンタもよく知っているはずだろう、イシュタリアの賢人様?」
ジェネラルの言葉にロイが目を細める。ジェネラルの出自を考えればその返しはおかしいものではない。ソレはそもそも彼女の『もの』であって、彼女『そのもの』ではないのだ。人間とは違うルールで存在している。
「で、あたしよりも我らが愛しの皇帝陛下はどうしたんだい? まだお目見えになってないようだけど?」
「それなら今はお披露目のための準備をしているよ。だから代わりも用意しただろう?」
そう口にしたロイの視線の先にあるのは部屋の片隅に立っているふたりの男だった。
「皇帝陛下の代理、見事務めてみせよう」
歳若い方の男がそう口にするとジェネラルが皮肉げに笑う。
「ひゃっひゃ、ナレイン殿下もお代わりになられたようだね。まったく趣味の悪いことだ」
「父殺し、皇帝殺しを企んだ罪人とその協力者だよ彼らは。こうして有効活用することに何の問題もないさ」
そこにいるのは皇帝ジーンの息子ナレイン・アージェント・サーバッハと国剣ネア・オーグ・サディアスのふたりだ。どちらも皇帝暗殺を企てた罪で捕まっていたはずだった。
けれどもふたりは罪人ではなく、皇帝代理として、帝国の剣としてこの場にいた。また、そのどちらの瞳も黄金の輝きを放っている。
「ベラちゃんを参考に用意したんだけどね。便利だよねぇ竜の眷属化。彼らはもはや従順な操り人形だ。それを竜血を用いて人間相手にも使う発想。やっぱりベラちゃんはいいなぁ。僕とは話が合いそうだ」
ロイがそう言うが、ジェネラル・ベラドンナが目を丸くしてから鼻で笑う。
「どうかしたのかい?」
「いいや。認識の差異に少しばかり呆れただけだよ」
「? ふうん」
怪訝な顔をするロイを無視してジェネラルは思う。
アレがそんなことを望むわけがないのだと。アレは野の花を野の花のまま愛でる者だ。従順な犬ではなく、多少のヤンチャをする猫を好む。竜の力で縛りつけ、意のままに操ることなど彼女の趣味ではないはずだ。
(そんな人物であればこそ、可能性はある)
魂が訴えている。狂おしいほどに今も求めている。ジェネラル・ベラドンナと呼ばれている存在は切に願っている。ベラ・ヘイローという人間が彼女の欲する相手であることを。
(アレが真にあの人の生まれ変わりであるならば)
ただひたすらに望み続けて生きてきた今日を想う。
(……ようやくあたしは……)
老女は笑みを浮かべた。それは獰猛な肉食獣のものではなく、大切な宝物を見つけたような……そんな微笑みだった。
ソレはずっと求めていた。
ただひとりとの再会を。
彼女の抜け殻に無理やりねじ込まれ、その内に魂がないことを知った。すでに天空の草原に昇っていた。
けれどもソレは知っていた。輪廻転生。そうした仕組みがあることを人ならざるソレは本能で知っていた。
であれば、何処かで再び彼女は大地に芽を出すだろうと。いつか再び彼女が世に出てくるだろうと。
それが幾十年、幾百年かかるのか、この体がどれほどもつのか分からなかったが、それでもソレは望んでいた。
ローウェン帝国もモーリアン王国もソレにとってはどうでもよい些事でしかない。人同士の戦いなど彼女なしでは意味がない。
ソレはただひたすらに望んでいたのだ。彼女とともに駆け抜ける戦場を。
だからこそ再び出会うために大きな旗印を用意して待っていた。
どこにいても分かるように彼女の存在を『ローウェン帝国の大将軍』という旗印にまでして、ソレはここまでやってきた。
万に一つの奇跡を求め、億に一つの出会いを求め、かつての主人と再び向き合うためにソレはここまでやってきていた。
ただひとりとの再会のために『ゴールデンディアナ』は今を生きていた。
次回予告:『第367話 少女、待ち合わせをする』
たったひとりと出会うために生き続ける。
はたしてベラちゃんと彼女の再会は何をもたらすのか。
その答えが分かるのはきっともう間も無く……




