第366話 少女、奪われたものを想う
「さぁて、ディアナの門は落とされちまったね。ま、予定通りではあるんだが」
ゼーラ高原へと戻る途中の魔導輸送車の中でベラがそんなことを口にした。
彼女の前には従者のパラと、ベラと同じく鉄機兵から降りて休んでいるガイガンがいて、そのどちらもがベラの言葉に頷きを返す。
今回のローウェン帝国軍によるディアナの門襲撃、及び占領はベラたちにとっても予定されていたものだった。
ベラがベラドンナ自治領を掌握してからすでに半年。発足されたベラドンナ同盟に近隣諸国は次々と賛同の意を示し、一方でローウェン帝国はその流れに対して退くことはなかった。
そんな現在のイシュタリア大陸南方のヴェーゼン地域の状況だが、中心にあるローウェン帝国に対し、北南に位置するふたつの隣国のザラ王国とエルシャ王国は国力の低下により決戦への参加こそ断らざるを得なかったものの、帝国との国境での軍事行動を強めてプレッシャーをかける動きを見せていた。
さらには帝国に対して東方にあるベラドンナ自治領内のゼーラ高原ではディアナの門を経由して帝国領内へと攻め込むことを目的としたベラドンナ同盟軍が集結しつつあり、対してローウェン帝国は北南との軍事的緊張を維持しつつも、軍の主力を集結させてゼーラ高原へと進軍中だ。
そうして起きた最初の激突がディアナの門である。
「結局のところ、ディアナの門も今となっちゃぁ難攻不落でもなんでもないってことさね」
「やれるヤツぁ、限られちゃぁいますがね。半年で二度落とされているんだから、そうなんでしょうな」
如何に強固なディアナの門でも主力の総攻撃には対処しきれない……どころか、空を飛ぶ戦力の存在により今や戦の有り様は変わっており、ディアナの門の防衛力は大きく損なわれてしまった。
だからこそベラはディアナの門を放棄することと引き換えに、罠を仕掛け、敵戦力を……特にディアナの門に使用されるであろう飛行能力を持つ戦力を叩くような作戦を練ったのである。
それは10メートルはあろう機械竜『リンロー』を渓谷の上部に気付かれずに配置するというもので、それは半年前にバル・マスカーがディアナの門でドラゴンに対して行なった作戦に似ていた。もっともよもや超重量級の火力特化の機体が隠れて上から狙っていたとはローウェン帝国軍でも気付けなかったようで、ベラたちの作戦は見事に成功していた。
「とはいえ、一矢は報えましたでしょう?」
「ジャダンの手柄でね」
ベラがそう言って肩をすくめる。
ジャダンが行った岩雪崩れも追撃してきたローウェン帝国軍を遅滞させるには充分な効力を発揮していた。
「再度同じ手を使われる可能性を考えれば、迂闊に進むこともできない。あの蜥蜴は良い仕事をしましたな」
「ま、嫌がらせを仕掛けることにかけては天才的だからね、ジャダンは」
実際、今回の戦いでのジャダンの戦果はリンローよりも多い。さらには道中の崖に同様の仕掛けをしているかのような細工もしているようだった。なお、仕掛けたジャダン本人はすでに隊へと合流し、捕虜にした兵隊を尋問という名目でいたぶって遊んでいるようだった。
「それでガイガン、戦果はともかくとしてだ。門の部隊の損害はやっぱりそれなりにあったようだね」
「元より覚悟を決めていた者たちです。一矢も報えました。彼らも本望だったでしょう」
ガイガンの言葉にベラが顔をしかめる。
今回の作戦を行うに当たって、あらかじめディアナの門の兵たちには作戦を共有していた。ディアナの門を守護していた部隊は自治領と協力関係にあった時からの反ローウェン派の面々であり、門を防衛しきれぬという判断は彼らの矜恃を大きく刺激し、逆に最後まで門を守らせてくれと嘆願する者たちすらいた。
「んなこたぁ、分かってるんだよ。けど兵の命と門は奪われた。それを勘定に入れなきゃならんことが気に入らないのさ」
ガイガンの言葉の通り、一矢は報えられた。けれども此度の戦いの結果だけを切り取れば、ディアナの門をローウェン帝国軍に奪われた……の一言に尽きる。
ベラは自分の所有物が奪われることを何よりも嫌う。自ら立てた作戦とはいえ、それが業腹ものであることには変わりない。
「ま、あの竜機兵部隊を削りきったのは大きいだろうさ。あっちも空を飛べる手札は少ないだろうからね」
「キリル・デンの戦死も確認できました。リンローも目覚めて早々の活躍だったじゃないですか」
パラの言葉にベラが頷きながら魔導輸送車の窓の外を見る。
そこには『ザッハナイン』と並んで移動をしている『リンロー』の姿があった。
「それもザッハナインの活躍があってこそではあるんだが」
今回『リンロー』が敵に気付かれずに谷の上で隠れられていたのは混合魔獣『ザッハナイン』の能力である光学迷彩と壁歩きあってのものだ。『ザッハナイン』が『リンロー』を抱えて登り、光学迷彩で身を隠させていたからこそ成功した作戦だった。
無論、ローウェン帝国とて渓谷の上からの攻撃には警戒していたし、数少ない鳥型の半獣人に周囲を調べさせてはいたのだが発見することはできなかった。
「ま、リンローもザッハナインもよくやったよ。リンローも生まれたてのベイビーとしては異例の活躍だろうさ」
「はは、赤子というほどの可愛らしさはありませんが……」
機械竜『リンロー』が機誕卵から目覚めたのが一ヶ月前で、その身は二十三の砲身と六眼を持つ異形の機械竜となっていた。
そこにバルと戦っていたときのような有機的なグロテスクさはなく、現在は厚い金属の装甲に覆われている。またその機体に操者の座はもはや存在せず、リンローと呼ばれていた男の、人としての姿ももはやどこにもなかった。
「せめてしゃべることができれば良かったのですが」
「仕方ないさ。アレはそういう機能を自ら『放棄した』。もっとも知恵がなくなったわけじゃないから喜んじゃいるんだよ。ただ、考えが人より竜寄りになったというだけでね」
ベラが表情を僅かに陰らせながらそう返した。
リンロー・レオブラント。かつての獅子型半獣人の姿はもうどこにもない。かといって彼の意志が消失したわけではないのだ。バルとの死闘の末、ベラの眷属となってから発生していた人と竜との意識のズレが崩れた結果として今のリンローはドラゴンそのもの、ベラ・ヘイローを頂点とする竜の群れの一部となったのだ。
人である事を捨てた従順な犬……それが己の血を与えた結果として生まれたものだ。
その未来が果たしてリンローにとって幸運な未来であったか否か。ともあれベラの心情は複雑だ。
「どうあれ、二度と増やしたくはないもんだね」
「何か?」
「いや、なんでもないよ」
ベラとて今のリンローを厭うているわけではない。けれども、元よりそうした生き物であるドラゴンはともかく、その意思をもねじ曲げる血の力をベラは良しとは思えなかった。
それからわずかな時間を進んだ後、ガコンと音がしたと思えば急速に魔導輸送車の歩みが遅れ、その現象は外で並走していた鉄機兵たちにも同様に起きていた。
「これは……ああ、そうかい。もうそんなところかい」
ベラが魔導輸送車の正面の窓へと視線を向けると、渓谷の左右の窪みに置かれた『とあるもの』が見えた。
「こっちが動けなくなっちまうってオチはないよね?」
「距離は取っておりますので問題はありませんが、歩みが遅くなるのは仕方なしかと」
置かれていたのは岩に偽装された魔喰茸の巨獣機兵たちであった。それは防衛都市ナタルで使用されたローウェン帝国の兵器で、人力で鎖を繋いで影響範囲外から鉄機兵で引きずってここまで持ってきていたものだ。
「我々が抜けた後、アレを中央寄りに配置して鉄機兵の動きを止め、彼らが攻撃を仕掛ける予定となっています」
ガイガンの指が指された場所に隠れている兵たちの姿があった。
「引き際はしっかりとね。ただの嫌がらせに命なんざ賭けるもんじゃない」
その場を通り過ぎながらベラがそう指示を飛ばす。魔喰茸の巨獣機兵は自身で動くことはできぬが非常に頑丈だ。しかし生身で破壊することもその場から取り除くもできなくはないし、ローウェン帝国軍を永続的に止められるものではない。
ディアナの門も、これも、すべてはその先のための布石だ。
(こっちの動きを見越して進軍を早めたつもりだろうが、これで差し引きチャラ。いんやマイナスぐらいにはなったんじゃないかい? ここからどう出るかはあちらさん次第だが、まさか尻まくって逃げたりはしないよねぇ皇帝陛下様?)
ベラが目を細め、追ってきているであろうローウェン帝国軍のことを考える。
(退くなら退くでも構わない。ただ、ローウェン帝国は憎悪を振りまきすぎた。今更国に閉じこもるならこちらから打って出るまでさ)
帝国軍にはロイ博士がいるし、時間が経てばまた戦況を覆すものを出してくる可能性もあるが、それもローウェン帝国という国が残っていればこそだ。護りに徹するつもりならベラはトコトン打って出るつもりであった。それこそディアナの門のように難攻不落の要塞をいくつも抜けてやろうという気概もあった。
かつての頃ならともかく、今はそれをローウェン帝国発祥の兵器が可能としており、ベラには豪語出来るだけの数々の実績がある。
(ま、『アンタなら』逃げるこたぁ、ないだろうが)
皇帝ジーン。まだ見たこともない老人の気性をベラは見抜いている。あの男なら笑って追ってくるであろうとも。そして対決のときを想い、ベラはニタリと笑った。
次回予告:『第367話 少女、待ち合わせをする』
自分を追う殿方たちを想うベラちゃん。
そのご様子はまさしく乙女そのもの。もうじきお友だちの準備も整います。楽しいパーティがもうすぐ幕を開けるのです。




