第356話 少女、昼寝をする
『ガッァァアアア!?』
ドサリと『レオルフ』の右腕が地面に落ちるのと同時にリンローの苦痛の声がその場に響き渡る。
獣機兵や竜機兵、混機兵などは鉄機兵に比べて機体からのフィードバックが大きい。それ故に痛みすらも共有することがあるのは確認されていたが、それを考慮してもリンローの悲鳴は大きかった。
『なるほど……融合しかかっていたわけか』
リンローの様子を観察していたバルが目を細めてそう呟く。
バルも確かに……と、思い当たるところはあった。以前に相対した時よりも動きが速く、それは戦っている最中にも増していた。帝国に端を発する獣機兵と竜機兵だが、これらは乗り手にとっては諸刃の剣だ。何しろ、どちらも機体と同調し過ぎれば融合して獣に堕ちるのだ。獣機兵は人間の血を与えられることで現在では対処可能となってこそいるが、竜機兵はさらに危うく、結果として機械竜やドラゴンそのものが現代に姿を見せるきっかけともなっていた。
そして『レオルフ』は獣と竜の混機兵なのだ。意識的か、或いは無意識的にか、リンローは強さを得るためにソコに手を伸ばしていたのだ。
『確かに届かぬのであれば届かせる手段を模索するしかないが……』
バルの目は冷たく、一言『温いな』と口にする。
『な!?』
その直後に振るわれる斬撃にリンローは堪らず『レオルフ』を退がらせるが、それをバルは許さない。さらに一歩踏み込んで斬りつけて『レオルフ』の装甲の一部を斬り落とした。
『足りないなリンロー。それでもお前は弱い』
『ふっざけんじゃ……この距離なら刀だって! ガッ、グボッ!?』
口答えすらも許さぬと、懐に飛び込んだ『ムサシ』がカタナの柄で『レオルフ』を滅多打ちにする。衝撃が操者の座内を襲い、リンローはアームグリップを握って踏ん張りながら避けようとするが、しかしそれは叶わない。
『その自覚もない。いや、分かっていて目を逸らしているからタチが悪い。頑丈な機体で結構だが、それで俺をやれると本気で思ったか?』
『ゴッ……ォオッ』
『何より貴様は甘過ぎる』
斬り裂かれた装甲の破片が飛び散る。斬り飛ばされた右腕以外の致命的な傷はないが、それがリンロー自身の腕によって成せているものではなく、ただ単にバルが生かさず殺さずと嬲り続けている結果によるものだとは周囲の誰もが理解していた。
『リンロー団長を守れ!』
『盾になるんだ!』
『ま、待てお前たち。近付くな!?』
オルガン兵団の獣機兵たちが飛びかかり、次の瞬間には『ムサシ』によって次々と斬り捨てられていった。生き餌に釣られて冷静さを欠いた相手を討ち倒すことなどバルにとっては容易いものだ。
『バァアアルゥウ!?』
『吠えるな猫風情が。言葉ひとつ発する自由も貴様は持っていない』
バルが勢いよくカタナの柄を叩きつけたことで弾き飛ばされた『レオルフ』が転げていく。
『調教が足りないようだな。主様がお前と同じ技量であったならばそもそもこの一対一の状況にすることなどなかったろうよ』
『ガッ、テメェが総団長のことを言うんじゃッ、グハッ』
『レオルフ』の右太腿の一部が斬り飛ばされてよろめいた。
『ザッハナインが傷ついたから退かせる? 二対一で勝てぬ相手にひとりでやれるわけもないだろうに』
破壊される。崩される。見るも無残に『レオルフ』が斬られていく様を周囲の誰しもが見ていることしかできない。否、近づこうとした者もいたが瞬く間に残骸と成り果てた。
『抗せる技量があるのが自分だけだと? 自惚れるなよ』
『ガァアアアアアッ』
リンローが起死回生にと胸部の竜頭から炎を吐かせようとしたが、それも真っ二つに切り裂かれた。操者の座の中でリンローの顔がズバリと裂けて血が噴き出る。
『お前にそんな実力はない。仲間の命を犠牲にせぬほどの腕もない。味方の屍を築き、血を流しながら俺に一太刀浴びせられてようやくだろう』
『んなこたぁ』
『そんな一撃すらも繰り出せずに、このザマだ。お前自身の下らぬ自尊心がこの事態を招いたのだ』
そう言ってバルは転がっていた獣機兵の胸部を突き刺すとまだ生きていた中の乗り手の悲鳴が響いた。
『貴様ァアアアアアアアア!』
『怒りが力となることもあろうが、お前はただ愚かなだけだ』
飛びかかるリンローの『レオルフ』をバルはさらに斬りつけた。
『アッ ……ハァ……』
ザックリと胴体部が裂け、中のリンローの身体から飛び出た血液が機体の外に零れ落ち、ついにはゆっくりと『レオルフ』が膝から崩れ落ちていく。
『身内に甘いのがあの人の欠点だ。その者の生き方を愛し過ぎる。それを崩したくはないのだろうが』
その言葉にリンローが血を吐きながら苦く笑う。だとすれば己はハナから失格ではあるとそう心の中で呟いた。
ベラの血を受け、彼女の眷属となってからのリンローは従順に過ぎた。それが眷属化した代償で、すべては己が長ありき以外に考えられなくなっていた。それをベラ自身は嫌っていたし、リンローも同様に感じてオルガンと距離を取ってしまい、それが結果的に友の命を零してしまったとも考えていた。けれども……という思いがリンローの中にはある。
(仕方ねえだろうが。できねえんだよ。俺にはもうあの人のために動くことしか)
リンローが心の中でそう吐露する。
ドクンと何かが脈を打った。リンローと融合し竜の心臓と化した竜心石が周囲の魔力を吸って肥大化していく。
(できねえんだよ。オルガンが死んで、忘れ形見のあいつらを捨てるなんて)
それは感情からくる意思ではなかった。眷属化したリンローは己の命よりもそれらが大事などとは思ってはいない。けれども『だからこそ』そうしたのだ。心がそれを望まぬから理性がそれを望んだ。リンロー・レオブラントという男が存在していることを、己がアイデンティティを維持する為にそうせざるを得なかった。けれどもその枷が今崩れていく。
(だから俺ができるのなんて)
肉体が操者の座と結合して機体に吸収されていく。
(精々が)
『だからこそその無残な亡骸を晒せば、あの人も甘さを捨てて俺に目を向けてくれるだろうよ』
直後、バルが『レオルフ』の操者の座にカタナを突き刺し、リンローであったものが破壊される。同時にソレは目覚めであった。
『な……に?』
『グガァアアアアアアアア!』
そして恐るべき竜の咆哮が谷全体に響き渡った。
次回予告:『第357話 少女、待ちわびる』
バルお兄さんはルート選択に失敗しました。
リンローお兄さんのルートは固定されました。
ベラちゃんはお昼寝中です。




