第347話 少女、一騎当千する
『それは……どういうことだ!?』
剣戟と怒号が飛び交う戦場の中で、険しい声が響き渡った。
それは防衛都市ナタルの東門前に構えるベラドンナ自治領軍を統率するドゥモロー騎士団の団長、千鬼将軍ゾーン・ドゥモローより発せられたものだ。
『は、はい。ローウェン帝国軍金剛軍団シャガ将軍、ヘイロー軍ベラ総団長に討ち取られました!』
『馬鹿な。どうしてそうなる? 戦況は帝国軍に対して一方的有利に展開されていたはずではなかったのか?』
ゾーンの問いは、この報告を受け取った者すべての総意であった。
すでにゾーンはビヨング騎士団が敗走したことを知っていた。
ビヨング騎士団は団長であるアーネストが囚われて奴隷落ちし、代わりに息子のマイケル・ビヨングが指揮をとっていた。実力はともあれ、まだ長とするには経験が不足していたマイケルが指揮をとることになったのは彼がビヨング領の次期領主であり、他のビヨング騎士団幹部がアーネスト奪還の旗印として彼を望んだからであった。しかしマイケルの向こう見ずな若さが悪い目を生んだのか、マイケルは生け捕りにされて現在ビヨング騎士団は戦場から撤退している。
そこで続けて動いたのがローウェン帝国軍だ。対ドラゴン対策として新兵器の導入を行い、ヘイロー軍もドラゴンも一気に仕留めると伝令は豪語していたのだが……
『しかし、報告は事実です。すでにライオス副官も討ち取られ、金剛軍団は潰走。現在はラシャ副団長が纏めて軍の再編を……ああ、いえ。ラシャ副団長も戦死したと今報告が。クソッ、化け物め』
『……潰走だと? 何故だ?』
ゾーンの問いに伝令は答えられない。何故ならば、すでに答えは口にした後なのだから。ベラ・ヘイローの乗る鉄機兵『アイアンディーナ』ただ一機によって金剛軍団は負けたのである。
(あり得るのか、そんなことが? それは人間に、鉄機兵に可能なことなのか?)
ゾーンはローウェン帝国軍の、金剛軍団の実力を把握している。
彼らの戦力はベラドンナ自治領軍のどの軍よりも精強で、八機将のシャガ本人の実力もさることながら、ローウェン帝国軍の技術力によって強化された彼の機体はもはや鉄機兵の域を超えていた。
今回、ローウェン帝国軍はよく分からぬ何かを用いて戦場に魔力の薄い一帯を生み出し、ヘイロー軍とドラゴンをその場で釘付けにした。事後報告であったために戦場が混乱したことは腹立たしくはあったが、何かしらの策を用いてその魔力の薄い一帯でも活動可能なローウェン帝国軍がヘイロー軍をこれからなぶり殺しにすると聞いて、ゾーンは心底ヘイロー軍に同情した。遠方より来て、己の力も発揮できずに全滅の憂き目に遭う。クィーンの名を騙った相手だとはいえ、惨めな最期だと思っていた。
けれども蓋を開けてみればどうだ?
確かにヘイロー軍は止まったが近づく前にローウェン帝国軍はベラ・ヘイローによって蹴散らされてしまった。それはまるでデキの悪い劇を見せられているかのようだった。
もちろん、これには種も仕掛けもある。
本来であればベラとて、そのような大戦果を出すことはできない。シャガ率いる金剛軍団と正面からやり合って勝てるほど大言壮語は吐かないし、そんな無謀をベラはしない。元々はある程度の数を蹴散らして、巨獣兵装持ちを仕留めたら、仲間たちの元へと退く予定ではあったのだ。
けれどもシャガが一対一の決闘を望んでしまったことで勝ち筋が生まれた。
シャガを討ち取ったベラが『ディザイン』から竜の心臓を奪ったことで『アイアンディーナ』の出力は通常よりも高くなり、逆に悪喰茸によって増槽だけで稼働しているローウェン帝国軍の鉄機兵は亀ほどではないにせよ普段よりも鈍かった。
双方の状況が噛み合った結果、ローウェン帝国軍はベラの動きについていけず、また歩兵が持つ対鉄機兵兵装も『アイアンディーナ』に巻き付いているデイドンが放つブレスによって仕掛ける前に焼かれていた。
それはローウェン帝国軍にとっては完全に裏目に出た形だ。結果としてたった一機の鉄機兵が恐ろしい速度でローウェン帝国軍を駆逐していくという状況が出来上がってしまったのだ。
『これではまるでクィーンの……いや、それ以上の』
頭に浮かぶ考えにゾーンがとっさに首を横に振る。けれども浮かび上がった思いは消せない。
ジェネラル・ベラドンナ。かつての己が仕えた相手であり、今やローウェン帝国の走狗となったあの老婆よりも、目の前で敵として迫るベラ・ヘイローこそがクィーンそのもの、或いはクィーンを超えた存在なのではないかと。
(お前も……この想いに駆られたということかアーネスト?)
ゾーンはすでに捕らえられて奴隷落ちした友のアーネストを思い出す。報告によれば、アーネストは積極的にヘイロー軍側で戦っているとのことだった。
奴隷落ちしようと、この短期間で敵将に仲間を討たせようとするなど裏切ってくれと言っているようなものであるにもかかわらずだ。元より反ローウェン側ではあったが、ゾーンはアーネストがここまでの心変わりをするとは思っていなかった。けれども、その原因がベラ・ヘイローにあるのだというのであればゾーンも分からなくはない。しかし、そんな思惑の海に浮かび続けることを戦場は良しとしなかった。
『ゾーン将軍、正面突破されます』
再び届けられた報告に、ゾーンの思考が一気に正面に集中する。
『次から次に、あれは……ルーイン王国軍か?』
目に見える旗印に描かれているのはモーリアン王国ではなく、ルーイン王国の紋章であった。
(ガルド将軍率いるモーディアス騎士団か。ヘイロー軍と同様に反ローウェンを掲げた者たちだったな)
モーリアン王国軍に協力している者たちが目の前に迫っている。
けれどもゾーンは引けない。彼らの背には都市に続く東門があるのだ。ここを陣取られれば、今後の都市防衛に支障をきたす。
『ベラドンナ自治領軍、千鬼将軍ゾーン・ドゥモロー殿とお見受けする』
『そちらはルーイン王国軍、ガルド将軍か。よくぞここまで来た』
ゾーンの乗る『アルハンドラ』は全長5メートルに及ぶ大型鉄機兵だが、対するガルドの機体『トールハンマー』は全長6メートルを超える超大型の鉄機兵だ。もっとも戦いは大きさだけで決まるものではない。
そもそも鉄機兵は巨獣を倒すためのもの。巨大な相手との戦闘には慣れている。
『ローウェンに尻尾を振る恥知らず。ここで討ち取らせていただこう!』
『抜かすがいい。クィーンの意志なきモーリアンについた愚をあの世で後悔するがいい』
『行くぞ』
『おおぉおおおお』
ドゥモロー騎士団とモーディアス騎士団が咆哮しながら激突する。
ゾーンの『アルハンドラ』とガルドの『トールハンマー』も互いを滅ぼそうと刃を交わし合う。そして……
『ガルド将軍は見事に役割を果たしてくれた。であれば俺たちは俺たちの役割を果たすぞ』
ルーイン王国軍の後方に続いていたリンロー率いるオルガン兵団が獣の咆哮をあげながら動き出したのである。
次回予告:『第348話 少女、門が砕けるのを見る』
もう少しベラちゃんも苦労するかと思いましたが、シャガおじさんのスタンドプレイがすべての前提を覆してしまいました。おのれシャガおじさん。そしてベラちゃんは楽しく遊んでいます。
次回はリンローお兄さんが頑張ると思います。




