第329話 少女、戦火を煽る
「厄介なことになったな。まさかアレほどとは……」
ヘイロー軍を含めた協力国軍幹部との会合を終えたニオーは自身の天幕に戻り、大きく息を吐いた。
実のところ今日の戦いが始まる少し前にゼックからニオー宛に伝令が届いており、ニオーだけは今回の状況を事前に教えられていた。
しかし何かを考えるよりも前に戦いは始まったし、ゼックからの報告は絵空事に近く、虚偽か否かも定まらなかった。だからニオーはそれを他の者たちと共有することができなかった。ヘイロー軍の戦力も、ジェネラル・ベラドンナを退けたことも、ベラ・ヘイローが真に生まれ変わりであろうと記されていることも信じるには情報が少な過ぎたのだ。だが結果を見ればどうだろうか。ベラドンナ自治領軍に対して劇的大勝利となり、少なくとも銀光戦士団はかつてクィーン・ベラドンナに対するようにベラ・ヘイローに接している。何よりも気になるのは躾けられた犬のようになっているゼックの態度だった。
「ベラ・ヘイロー。私はクィーン・ベラドンナと直接会ったことはないのですがそこまで似ているのですか?」
ニオーの横に待機していた副官のノインがそう尋ねる。
ノインは二十を超えたばかりの若き戦士で、鷲獅子大戦時は戦争に参加していなかった。そのために彼はクィーン・ベラドンナを遠目にしか見たことがなく、その人物像も英雄とされた後の脚色されたものしか知らない。対してクィーンの側近のひとりであったニオーは一言「似ている」と返す。
「ゼックが入れ込みたくなるのも分かる。クィーンは北方の出でラーサ族ではないし、少女の頃など知らぬから子供の頃の彼女とは比べられん。声だって別人のものだ」
そこまで言ってからニオーは「しかし」と口にする。
「その『有り様』がまるで同じだ。目を瞑れば、そこにクィーンがいると錯覚してしまいそうなほどに」
「それほどですか?」
ノインが目を丸くするが、それはニオーにとって偽らざる本心であった。
「ジェネラル・ベラドンナ……アレと会った時、私は確かに本人であろうと確信していた」
「それは……よろしいのですか?」
これまでニオーはジェネラル・ベラドンナを決して本物であるとは言わなかった。心の中では誰もが『本物だ』と理解しながら偽物と断じた。ローウェンの将となったクィーンを、国を守るために彼らは認めることはできなかったのだ。
けれども今のニオーにとってベラ・ヘイローが本物か否かはともあれ、ジェネラル・ベラドンナは『違う』と断じられる。いや、そもそも心のどこかで『違う』と思っていたからこそジェネラルを認められなかったのだと今のニオーは理解していた。
「ああ、確信できた。ジェネラル・ベラドンナはクィーン・ベラドンナではないと」
ニオーは心の底からそう言った。
「或いはジェネラルはあの方そのものなのかもしれない。けれども違うのだ。内にある魂が、あの灼きつくような熱さがジェネラルにはない。それをベラ・ヘイローを見て、はっきりと理解できた」
それは或いは老いというのかもしれない。ただ、ベラ・ヘイローという若き魂に触れて、ニオーはジェネラル・ベラドンナがクィーンの熱を持っていないことをはっきりと理解した。
「正直に言うとあのベラ・ヘイローのここまでがすべてゼックの仕込みかとも考えたくなるほどだが」
「まさかあの方のアレが演技だったと?」
新しいクィーン・ベラドンナを造り上げ、ジェネラル・ベラドンナに対抗する。ベリス王が決定したその計画はかつてクィーンに従っていた古株の将ほど反発心が強く、中でもゼックは強硬に反対していた。だからこそヘイロー軍に最初に接触したのがゼックだったのだ。しかし、鼻息荒く己が見極めてやると意気込んで半ば強引に出迎えに言ったゼックがなついた犬のようになって帰ってきた。いっそそれこそが仕込みだったと疑いたくなる気持ちはニオーの中にも浮かび上がっていたが、ゼックの性格からしてありえないと首を横に振った。
「ないな。アレをゼックがコントロールできているとは思えない。御輿はそもそもが見せるためのもの。本来中身は軽く、だからこそ我らが好きに動かせるもののはずだが……ヘイロー軍は見せかけのものでは到底あり得ない。その戦力は自治領軍を容易に噛み砕くほどのものだ」
「ドラゴンと巨獣兵装、それに飛行可能な機体。アレらは確かに脅威です」
「そこは頼もしいというべきだな。彼らは味方なのだから。それに状況も変わった。北の戦いは恐らくすでに一定の決着がついているのだろう」
「ジェネラルのことですか?」
「バル・マスカーもだ。あの男こそがマザルガ聖王国、ザラ王国との戦場を支配していたと聞く」
ニオーはゼックがジェネラルと会ったという報告を箔付のための虚偽とは考えていなかった。己と対をなすモーリアン王国の銀光将軍の言葉だ。信頼するのは当然のこと。となればローウェン帝国の最大戦力が間違いなくモーリアン自治領にいたのだ。そして、それは北の戦いがひと段落したことを示している。
「やはり、連中は来ますか」
「物見遊山で訪れるには田舎過ぎる。その可能性は高いだろう」
すでにマザルガ聖王国のロールカとザラ王国のアダンに本国への問い合わせを願い出ているが、それも早くて一ヶ月はかかるだろう。逆にあちら側から連絡が向かってきている可能性も高く、そちらは数週間、或いは今日か明日には届くかもしれない。そして、その際にロールカとアダンが国に兵を引き上げる可能性は低くないとニオーは見ていた。そうなれば最悪だ。北の次に帝国がどこに牙を剥くのかは言うまでもない。何しろ、すでに最大戦力と遭遇しているのだ。ローウェン帝国が本格的にモーリアン王国へと侵攻する可能性は極めて高いと考えざるを得なかった。
「平和な日々も終わりというわけか」
「戦争ばかりしていて平和も何もないでしょう」
ニオーの言葉にノインが悪態吐く。
しかし近年繰り返されていた自治領軍との戦闘は互いに戦力を消耗しないための小競り合いに近いものであった。ローウェンから派遣された八機将はともかく、モーリアン王国軍もベラドンナ自治領軍も周辺の勢力がどう動くか分からぬ状況で己の側の戦力を減らしたくないという事情があった。
ニオーにしてもローウェン帝国の藪をつつくのを嫌っていたが、それは今回のベラが送り込んだドラゴンや巨獣兵装を見れば間違ってはいなかったと理解している。なんの策もなく、あのような戦力に身を晒せば一方的に蹂躙されるであろうと。ニオーはまだ鉄機兵同士の戦いで収まる戦争のままでいたかったが、時代はそれを許してはくれない。
「戦争の形が変わる。ベラ・ヘイローは劇薬だが飲み干せなければ、我らがローウェンに飲み込まれる。けれども、その前に……」
ニオーが、テーブルの上の地図の駒を動かす。
自らの陣地の駒をベラドンナ自治領へと移動させて置いた。
「モーリアンの地は取り戻させてもらう。その機会は今しかない」
ニオーが自軍の駒をさらにローウェン帝国との国境付近へと動かし、それを見てノインが目を見開かせた。
「ニオー将軍、さすがにそれは!?」
「性急過ぎるか? けれどもヤツらが動く前にこちらから動かねば我らに未来はない。腹をくくるときが来たのだノイン」
現状の過去にも未来にも自治領を奪い取る算段はつかない。可能性があるのはローウェン帝国軍が本格的に参入していない、そしてヘイロー軍がいて、マザルガ聖王国、ザラ王国から兵を引き上げられる前の今、このときだけなのだとニオーは決断する。
「ローウェン帝国がまだ本格的な動きを見せる前にローウェン帝国との唯一の国境であるオーガロ渓谷を奪い取る。このモーリアンの地を再び帝国への盾とするために。それがこの国が生き残る唯一の道なのだ!」
次回予告:『第330話 少女、進撃をする』
若い子の方が良いに決まっている。
どうやらニオーおじさんはそう言いたいようですね。




