第31話 幼女、指示をする
『チクショウめ。ジャダン、てめえもとっとと働け』
『やれやれ。俺はこういう作業は苦手なんですがねえ』
その声が聞こえてくるのはベラドンナ傭兵団に与えられた元モーディアス家の陣地からだった。
その場所は奇襲してきたパロマの傭兵型鉄機兵に荒らされ、ルーイン側の鉄機兵は残らず破壊されていて、元の持ち主たちは一人を除き全員亡くなっている。
さすがに時間がなかったのか、鉄機兵用の設備にまでは手がつけられてはいなかったので、ジョン・モーディアスの許可の元、ベラは丸ごとベラドンナ傭兵団でその陣地を接収していた。
そこに置いてあった軍用鉄機兵輸送車なども手に入り、ベラは高笑いをしていたが、ボルドとしては大丈夫かよ……とおっかなびっくり使用している状況であった。
何しろ、唯一生き残ったジョン・モーディアスを助けたことを引き合いに半ば脅す形で手に入れたものである。ボルドとしては衝動的に貴族に逆らうことはあっても、こうして堂々と本人に許可を得てかっぱらうなんて真似は怖くてできない。今も突然貴族たちが押し寄せて手打ちにされるんじゃないかとビクビクしていた。
『でぇ、ボルドの旦那。こいつはどうするんで?』
そんなボルドにジャダンが声をかける。そのジャダンが尋ねているのは目の前で修理している『ムサシ』の横に置いてあった神経網だ。
この神経網というのは鉄機兵に代表されるパーツのひとつである。
基本的な鉄機兵の構造は、機体の骨格であるフレーム、その内部に設置されている神造筋肉、機体に操作と魔力を伝達する神経網で構成されている。もちろん、それだけでは当然ないが、大きく体積を占めているのはその三つだ。そして神経網は銀色の魔鋼線を束ねたもので、これからベラたちが攻めるジリアード山脈で採れる魔鋼を加工して造られるものだ。
『肩部の神経網は繊細だからな。魂力で増やして繋がせるから、そいつは弾いとけ』
しかし、ボルドはそれを不要と言葉を返した。
鉄機兵の素材は魂力を消費することで生成することが可能だ。特に神造筋肉は製造方法が分からず、魂力で補うか、別の鉄機兵から手に入れるしかないシロモノである。
『あいよ』
ジャダンはボルドの言葉に従って、神経網を軍用鉄機兵輸送車の収納スペースに仕舞いに行く。
そうしてジャダンも、地精機に乗ったボルドの指示に従いながら、己の火精機を操作して鉄機兵の修理を手伝っていった。
ジャダンの乗る火精機も精霊機である以上は、地精機ほどではないにしても調整は可能なのだ。
そしてジャダンを使いながらボルドが修理しているのは、バルの鉄機兵『ムサシ』の左肩の修復だ。さらにはベラの鉄機兵『アイアンディーナ』の調整とデュナンの鉄機兵『ザッハナイン』の修理も指示されている。
『しっかし、ご主人様も無茶を言いますねえ。特にあの鼻水垂れの鉄機兵なんて大破って感じじゃないですか』
そのジャダンの言葉にボルドがため息混じりに言葉を返す。
『ああ見えて、コア部分はしっかり壊してやがらねえんだよ。うちの大将は上手であらせられるからなあ』
そうボルドの言う通りに、デュナンの『ザッハナイン』の損傷具合は酷いが直せないというわけではなかった。正確に言えば四肢を欠損し、頭部も切り裂かれて、とても動かせるものではないのだが、それらはすべて別の鉄機兵から代用の利くものであったのだ。
そして他の鉄機兵のパーツは今回の戦いで腐るほど手に入っていた。その中でも『ザッハナイン』はジョン・モーディアスの護衛騎士だった鉄機兵のものでまかなう予定であった。これもベラが直々にジョン・モーディアスに許可を取り付けてあるものである。
これまでにデュナンが鍛え上げたものと同等とはいかないだろうが、それでも他国のものとはいえ騎士型同士であればそのコンセプトは概ね同じである。その相性も悪くはないはずであった。
(つっても、こっちはなぁ。かなり直すのに時間がかかりそうだけどな)
そして、直せるとはいっても各部位の接続には時間がかかる。コア部分からの制御術式を各部位と同調させたり、規格が合わなければ魂力を消費して、ジョイントを作り直す必要も生じる。他にも切り裂かれて焼き付いた神経網の除去や、それらを再度埋め込んで繋げる作業などにも集中力がいる。それ以外にも問題点は山積みで早急に対処できるものではなかった。
もっとも『ザッハナイン』の修理は後回しでも問題はないのだ。
捕虜引き渡し時までに出来ていれば身代金をガッポリ上乗せできるし、奴隷として売り払うとしても然りである。またベラドンナ傭兵団で引き取るとしても戦力が増強されるわけだ。いずれにしてもベラドンナ傭兵団にとってはおいしい話となるはずだった。
(問題があるとすればあのデュナンって男、あんな状態でこれから先に戦うことが出来るようになるのかってことだよなあ)
捕らえた時点で随分と精神を病んでいたようにボルドは思う。ベラがやりすぎたのである。もっともベラとしてはデュナンは回転歯剣のオマケだ。壊れたからと言って気にも留めなかっただろうとはボルドは考えていた。
「戻ったよ」
そしてボルドがデュナンのことを考えているところにベラの声が響いてきた。会議が終わったのだろう。ベラとバル、マイアー、それにバルに引きずられたデュナンが共に歩いてきていた。
(なんでえ。あいつ、戻ってこれたのかい)
ボルドがいっしょにいるデュナンを見た。
何しろ今回の襲撃の中心人物だ。会議の場で手打ちにでもされたとしてもボルドは当然だろうとは考えていた。
捕虜となった者の扱いは、蒼竜協定によって各国共通のものとなっているが、それもまたケースバイケースではあるのだ。誰も何も言わなければ違反しようが、どうなるものではない。ましてや貴族や騎士団は侮辱罪で平然と一般市民以下を罪に問えるのだから。
「ボルド、進捗はどうだい?」
「ご主人様の『アイアンディーナ』の調整は完了してる。今は『ムサシ』を直してるが、ちと深いんで手間取ってる感じだな」
その言葉にベラがチッと舌打ちし、バルが唸る。
バルも先の戦いでは、計6機は仕留めているのだから肩部ひとつ程度なら大金星ではあるのだが、ベラにしてみれば能力に見合った戦果ではないとお怒りであったのだ。そしてその認識はバルも同様で、だからこそバルも口惜しそうな顔をしていた。ベラ以上にバルは己に対しての怒りがあったのである。
「まあ、いい。明日には間に合うだろうね」
「ああ。それは問題ねえが、次の戦は三日後だよな?」
そのボルドにベラは首を振る。そして笑う。
「明日だ。『ムサシ』をちゃんと間に合わせなよ」
その言葉にボルドも肩を竦めながら答える。
「丁寧に仕上げるつもりだったんだがな。少しピッチを上げるわ」
「ああ、そうしておくれ。それとあたしの『アイアンディーナ』も成長させるから準備しておいておくれよ」
そのベラの言葉にはボルドが眉をひそめる。それは、戦闘直前にはあまりやって欲しくはない作業だった。
「魂力での生成後は脆いぞ?」
ボルドの問いにベラも「分かってるさ」と頷いた。
「外装やフレームなんかには手を付けない。神造筋肉の増量と神経網を増設するだけだ」
その言葉にはボルドも「了解」と返した。声には若干の諦めがあった。出力を上げるということであれば、全体のバランスの調整は必要となる。徹夜作業になるのがボルドには、この時点で理解できた。
「回転歯剣を使うのにパワーが足りないんだよ。完璧にしておきたいのさ」
「元々、現状の『アイアンディーナ』クラスの鉄機兵で使うには無理があるからなあ。まあ、ウォーハンマーとの使い分けならなんとかなるだろうけどよ」
ベラの言葉にボルドがそう返す。
「そういうこったね。そんなわけで、準備をしときな。それとバル、アンタはデュナンを拘束して閉じ込めたら『ムサシ』の修理に付き合っておきな。無様な姿を見て、反省するんだね」
「了解した」
ベラの指示に神妙にバルも言葉を返す。
そしてベラはマイアーを連れて奥の天幕へと進んでいく。他の団員がチラチラとベラを見るがベラも気にした風でもなく歩いていく。そして、天幕の前ではゴリアスがひとり立っていた。
「首尾はどうでしたかね?」
ベラの顔を見るなり、ゴリアスは早々に尋ねてきた。そして、その言葉にはベラも笑いながら返す。
「相手が疲弊している明日を狙うってさ」
「なるほど。こっちだって疲れてるとは思うんですがね」
そうゴリアスは言うが、ベラドンナ傭兵団は来たばかりで、先ほどの戦いにもほとんど参加できなかったのでバルの『ムサシ』以外は問題はないコンディションである。
「うちの貴族さん方が腸煮えくり返っているのさ。ま、勢いがあるんなら、それに乗るのもいいんじゃないかい。ぶっちゃけ、三日後だと面倒なことになりそうだったから良いんだけどね」
ベラの言葉にゴリアスが頷く。過剰に活躍したベラドンナ傭兵団へのやっかみから何か厄介ごとがおきかねないとはゴリアスも理解できたのだ。
「なるほど。鉄機兵も感情が強い方が動きが早いって言うし、悪くはないんじゃないですかね」
ゴリアスの言葉にベラが「そういうことだね」と返す。
乗り手の感情に共鳴して鉄機兵の性能が上がるのは実のところ、確かな話ではあった。それは感応石を通じて魔力伝達の共鳴値が上がるためと言われている。
「どのみち、あんたらはまだ、動いていない。疲労がない分は存分に活躍してもらうよ」
「了解。こっちも暴れてたくてウズウズしてるんでさぁ。明日は楽しませてもらいますぜ」
その言葉に「存分にやりな」と返しながら、ベラは目の前の天幕を見た。それは貴族用の豪奢なものではあるが、今の中の主には従者はひとりもおらず、引きこもっている状態だった。
「それでウチの大将はこの中かい?」
そのベラの言葉にゴリアスが頷く。
「配下が皆殺しにあって今は一人きりですからね。ちと、神経張って出てこれなくなってるみたいですが」
「ま、15のボンボンじゃあ仕方ないけどね」
その言葉にゴリアスは苦笑いしかできない。であればお前はどうなのかとゴリアスは言ってやりたかった。ろくな答えは返ってこなさそうだから口には出さないが。
「ま、とりあえず会議で決まったことは伝えなきゃいけないしね。入らせてもらうよ」
そう言って、ベラはマイアーを連れて天幕へと入っていく。ゴリアスもそれには特に何もいわずに、ただマイアーと目を合わせて肩をすくめあっただけだった。
ジョン・モーディアス。
ルーイン王国内では名だたる上級貴族であるモーディアス家の長男であり、次期モーディアス家の当主とされている。
もっとも今は、敵の奇襲にあい、配下を皆殺しにされ、引きこもっているだけのただの少年に過ぎない。そして、それはベラから見ればとても美味しい存在であったのだ。
次回更新は4月14日(月)0:00。
次回予告:『第32話 幼女、微笑む』
引きこもりのお兄ちゃんの目を覚ませるにはベラちゃんの笑顔が一番です。




