第313話 少女、山登りの準備をする
宴の翌日のゼックとの会合では、パラの集めた情報通りに巨獣の間引きの要請がモーリアン王国から傭兵国家ヘイローへと告げられた。対してベラとしてもそれに否と返す理由はない。戦う相手はどうあれ、ヘイロー軍はモーリアン王国の力となるべく、この地に来たのだ。だからベラも特に何も言わず頷き、話はすんなりとまとまった。
とはいえ、ヘイロー軍も交易都市ゼクパルに到着してすぐさま巨獣の討伐に向かうわけではない。ヘイローからここまでの旅はそれなりに長く、兵たちの疲れを癒すためにベラはその日より三日を休息の日とし、それから一週間を銀光戦士団との共同訓練に当てた。
そこからまた三日の休息を入れたのち、ヘイロー軍は銀光戦士団の半分の軍勢とともにゼクパルを後にしたのである。
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「ドラゴンを使っての用兵。魔獣使いとの連携。獣機兵もウチでは力が強いだけの傭兵でしかないが、訓練された獣機兵は鉄機兵を大きく凌駕する。まことベラ総団長の軍勢は多彩かつ強力でありますな」
交易都市ゼクパルを出て西に向かい十日ほど過ぎた後、目的地の手前に用意した陣地の天幕内での打ち合わせの中でゼックがそう口にした。彼らもゼクパルにいたときにヘイロー軍の鉄機兵や兵同士の手合わせは行ったし、ドラゴンや獣機兵も見ていた。けれどもここまでの行軍を見て、軍隊という一個の生き物の動きを目にしたことで、認識はまた変わっているようだった。
「そりゃあ手間暇かけてるからね。仕事ができないようなのはウチにはいないさ。そうだろう?」
ベラがそう返しながら周囲に並んでいるガイガンやリンロー、オルガン、ケフィンたちを見ると全員が力強く頷いた。ベラに問いに頷けぬ者など彼らの中にいるはずもない。これまでの鍛錬と実績が彼らにそうした自負を与えてきていた。その様子をゼックが羨ましそうな顔をしながら「なるほど」と笑う。
「うちでも獣人は雇っていますがねぇ。帝国がドラゴンを使役してるってんで、手を引くのも多いんですわ」
獣人族のコミュニティは閉鎖的で、魔獣使いも本来は契約によって軍に雇い入れるのが基本であった。それは根強い獣人差別と無関係ではないし、また森で暮らさず軍の中にあっては魔獣使いは自然とその力が衰え、やがては使役するのが困難になる。ましてやそうした魔獣使いたちは次代に魔獣を従えさせるすべを継がせることができない。
その上に獣人族というのは基本的に竜を信奉している者たちだ。いかに相手がローウェン帝国であっても、彼らも積極的に信奉しているドラゴンに弓を引くような真似をしたくはないのだろう。
実のところ、ヘイロー軍にしても獣人族は形式上は軍に編入されているが、彼らはベラ・ヘイローという竜の長に従っているだけであり、傭兵国家ヘイローに忠誠を誓っているわけではなかった。
「それに獣機兵の血の問題もなかなかねぇ。オルガン団長らの軍が羨ましいところだよ」
「その点については、我々としても協力するのはやぶさかではありませんよゼック将軍。獣機兵乗りの地位向上のためにもね」
現状ではモーリアン王国軍も獣機兵の運用を始めている。傭兵上がりの者が多く、野良で放置するには危険が伴い、表向きは傭兵であるのだから邪魔だからと始末するのも問題がある。であればモーリアン王国軍もヘイロー軍を倣って自軍に取り込もうとしたのだが、それはあまり上手くいっていなかった。元々の気性、力を得たことによる驕り、また周囲の視線も相まってエルシャ王国での獣機兵軍団に近い愚連隊と化していたのである。
「すまないな。こっちもそこまで手が回らなくてなぁ。給血奴隷と言ったか。うちでもやってはいるが……上手くいかないんだよ」
その言葉にオルガンが苦笑する。給血奴隷は半獣人の衝動を抑えるために血を与える奴隷たちのことだ。人の血を啜る化け物……と、それがまた周囲の反発を招いているのも確かだが、半獣人たちが人喰いの衝動に支配されず普通に生きていくには必要な存在だった。
「ははは。話は聞かせていただきましたが、給血奴隷の待遇からして問題があるようですね。ストレスは血の味に影響しますし、痩せ過ぎの血も太り過ぎの血も我らは好みません。だからうちでは血の味を維持するために、普通の奴隷に比べてずいぶんと優遇措置を取ってもいるんですよ。こちらに連れてきた給血奴隷の血もお分けしましょう。彼らの目の色も変わるでしょう」
「あ……ああ」
「それぐらいにしときなオルガン」
恍惚と語るオルガンにゼックが引いたのを見たベラが呆れ混じりの顔でそう言った。
オルガンは今ではヘイロー軍の中でも獣機兵たちの総指揮を取る立ち位置にある。生活にゆとりもでき、ある種の嗜好品に近い給血奴隷の育成をおこなっていた。
言葉通りに受け取れば人間を家畜にしているようにも思えるし、それは一面から見れば事実ともいえた。もっとも彼らが一般的な奴隷に比べて待遇が良いのはもちろんのこと、ヘイロー内では商売としても成り立っていて、理解の浸透により需要と供給の双方においての不満も少なくなってきていた。
とはいえ、それは新興国である傭兵国家ヘイローだからこそできた面も大きい。ローウェン帝国はエルシャ王国にしたように他国の侵略行為において人食いを容認してきた。また、ばら撒かれた獣血剤によって変異した獣機兵乗りは暴力で糧を得る傭兵で、人食いに対する対処も知らぬし、知っていても自制が利かぬ者がほとんどで、戦いの中で生まれた徒花たる獣機兵の存在がこの地に落とした影響は決して簡単に拭えるものではない。
「で、話を戻すよ。ゼック将軍。今いるここはベラドンナ自治領の近くだ……っていう話だったね」
「ええ、そうですなベラ総団長」
ゼックが頷く。ベラドンナ自治領。それはリガル宰相の率いるもうひとつのモーリアンだ。もっとも敵の領地近くとはいえ、モーリアンの中でも最南端であり、エルシャ王国領との国境にも近いためにこの周囲で戦争は起きていなかった。
「外に見えるロイマス山脈、その麓にオーガ種の巨獣、豪鬼獣の群れが出没しています。近隣の村もそうですが、いくつかの町も襲われ、相当な被害を被っている」
「はは、オーガか。オルガン、お前の親戚だな」
「黙っていろリンロー」
リンローをオルガンがムスッとした顔で睨んだ。
「豪鬼獣かい。戦ったことはないけど、筋肉がやたら盛り上がって硬い巨人だと聞いているねぇ」
「そうですな。全長は十メートルあり、なかなかに精強です。生身でオーガと戦う感覚に近いかもしれませんな」
「そいつは中々面白そうな相手だね」
「はは。ワシも一度戦いましたが剣や槍よりもウォーハンマーの方が戦いやすいかもしれません。総団長であれば回転歯剣で足を切り倒す方が早いでしょうが」
ガイガンの言葉にザックの後ろに控えているモーリアンの戦士たちも頷く。
とはいえ、通常鉄機兵の武器などは剣や槍などの形態をとっていても斬撃よりも鈍器に近い運用がされている。なので、あえて慣れぬ兵装に代えるという選択を取るほどのものでもなかった。
「なるほどねぇ。ま、シンプルそうな相手だ。実際にやってみりゃあ大体は分かりそうだね。それじゃあガイガン。うちの主導はあんただ。もっともあたしらに土地勘はない。そこのゼック将軍に相談してから討伐部隊を編成しな。ああ、あたしも出るからね。前に入れておきな」
「最前線ですか。自重する気はありませんな」
「あったり前だろう。これから帝国との戦があるんだ。いざという時に体が鈍ってたらマズイからね。ここらでちょいと運動しとくつもりだよ」
ベラの言葉を予測できていたガイガンが肩をすくめながら頷く。
それをゼックたちもさすが……という顔をするだけで特に反対することもなく、打ち合わせを終えると彼らは討伐の準備にかかり始めた。
それからその場を簡易の陣地として完成させたヘイロー軍と銀光戦士団は、翌日には部隊を何隊かに分けてロイマス山脈へと足を踏み入れることとなったのである。
次回予告:『第314話 少女、遭遇する』
適度な運動なくして健康は保てません。ベラちゃんの笑顔も健康あってのもの。
たまには山にハイキング……なんていうのも、良いのではないでしょうか?




