第306話 少女、望まれる
「ご苦労様ですバル様」
「ああ」
戦いが終わり、自陣へと戻ったバルが鉄機兵『ムサシ』より降りると、そこにはローウェン帝国の兵たちが待っていた。彼らの視線に蔑みはなく、バル・マスカー、或いは刀神バルの名がこの場で木霊していた。
何度となく繰り返されたザラ王国南部の戦いの勝利をもたらした存在を彼らは心より崇拝していたのだ。
竜機兵や獣機兵はローウェン帝国がもたらしたものではあるが、実のところ帝国軍の大多数は未だ鉄機兵によって編成されていた。むしろ帝国軍人にとって新型は鉄機兵の紛い物という認識が多く、乗り手の変異についても忌避する者がほとんどであったのだ。当然といえば当然ではあるだろう。力こそが全てという傭兵や野盗とは違い、地位も家もある騎士たちの誰が好き好んで化け物になりたいと思うのか。
そして、だからこそ彼らはただの鉄機兵乗りであるバルに惹かれていた。ジェネラル・ベラドンナに見出され、奴隷の身でありながら己が刃のみでローウェン帝国軍の頂点のひとつを掴むに至った戦士。
その頂点とはすなわち八機将。
国剣ネア・オーグ・サディアス
霊機ゾーン・タオラ
竜牙キリル・デン
銀光ウォート・ゼクロム
圧殺シャガ・ジャイロ
八閃ソーマ・カイオー
獣神アルマ・ゼダン
獣魔ドルガ・ゼダン
もっとも獣神アルマと獣魔ドルガがエルシャ王国での戦いで死に、また八閃ソーマは二ヶ月前にザラ王国に討ち取られている。そうした中で新たに八機将となったのが刀神バル・マスカーであった。
また今回の戦は八閃ソーマの弔い合戦でもあり、新たにその地位についたバルが真の強者であることを示す場でもあり、こうしてソレは成った。
ここに英雄がひとり生まれ、やがてはローウェン帝国がイシュタリア大陸の覇を唱えることになるだろうと、彼らは自分たちの未来を疑っていなかった。
「ヒャッヒャッヒャ、私がいない間に随分と暴れたようだね」
そして、己の天幕に足を運んだバルを待っていたのは老婆の笑い声だった。下品といえば下品な、けれども覇気のある勇ましき者の声。
そこにいたのは小柄で華美な衣装を纏って厚い化粧をした……けれども鋭い眼光と年齢を感じさせない体付きの、戦士の気配を纏う老婆だった。
また老婆の横には奇妙な衣装と化粧をした、道化師の小男も並んでいた。
「戻っていたのか、ジェネラル・ベラドンナ」
「まあねぇ」
バルの問いに老婆がそう返す。
ジェネラル・ベラドンナ。かつて鷲獅子大戦で皇帝ジーンと直接対決にまで持ち込み、最後には殺されたドーバー同盟の英雄。けれども今の彼女の立場は八機将を率いし大将軍だ。
もっとも彼女が本物であることを元ドーバー同盟であった国々が認めてはいない。そもそもが死んだ人間だ。いきなり実は生きていましたと言って現れてソレを本物と信じる間抜けはいない。本物とそぐわぬ程の実績をあげた今となってはその認識も変化しつつあるようだが、それでもかつての自分たちの英雄が敵側に寝返ったと彼らが認めるはずもなかった。
ともあれ、そのベラドンナがバルの天幕の中で待っていた。
「終わらしちまったんだって? まったく、あと一日戦いが続いていればウチの子もお披露目できたんだけどね」
「つまりゴールデンディアナは?」
「ああ、そうさ。おめかしも済んだし、もういつでもやれるってわけだ。まあデビューは遅れそうだけどね。あんたのせいで」
「なるほど」
バルが目を細めてそう返す。鉄機兵『ゴールデンディアナ』は鷲獅子大戦からのベラドンナの愛機だ。鉄機兵は乗り手を変えられるし、目の前にいる老婆が何者かはさておき『ゴールデンディアナ』は間違いなく本物ではあった。
そして現在イシュタリアの賢人ロイによって『ゴールデンディアナ』は『新しい』存在へと変わろうとしていた……いや、ベラドンナの言葉が正しければ『変わった』ということなのだろうとバルは理解した。
「まったく、この朴念仁は戦いと意中の女以外のことはまるで関心がないと見える。ねえ、マルコ。失礼しちまうよねえ?」
「ははは。まったくその通り。おかしなことですなご主人様」
横にいる道化師が三日月のような笑みを浮かべながら、肩をすくめた。
「バル・マスカーはジェネラル・ベラドンナの所有物だというのに」
「所有権が移譲された記憶はないが」
その言葉を聞いたベラドンナが『バスク』と口にすると次の瞬間にバルが苦悶の表情を浮かべて呻いた。それは奴隷印に刻まれた拘束呪文だ。そして、本来であれば別の人物でなければ意味をなさないその呪文はベラドンナによって発動された。それからベラドンナがバルを見て眉をひそめる。
「で、誰があんたの主人なんだいバル?」
「言葉にする意味があると?」
苦痛に耐えながらもそう言い切るバルに、ベラドンナが少しだけため息をついてから笑った。そのやり取りはほとんど最初から繰り返してきたこと。そして、繰り返しているということはやり取りの内容が何も変わってはいないということでもあった。
「折れないねえ」
「まことに不思議ですなぁ。その男、ご主人様と出会った時から『すでに』ご主人様の奴隷紋を得ていたというのに。私には運命としか思えませんがなぁ」
「まったくだねえ。で、そんな頑固者に土産話だ」
ピクリとバルの肩が動いた。ベラドンナの持ってくるバルへの土産話などひとつしかない。
「素直な男だよ、まったく。とはいえ、まあ以前の情報が確定になったってだけだけどね。アレがエルシャの地固めを終えたところでモーリアンに向かうってのが確実になったらしい。ロイの情報網からだから間違いはないだろうねぇ」
「それで、我々の行動は?」
「無論、あたしがモーリアンを放っていく意味はないね。ありゃあたしの国だ」
そう言ってからベラドンナがヒャッヒャッヒャと笑う。
「あんたのガーメの涎も垂れ切ってるだろうしね。いよいよ運命のお相手とご対面といけるかもしれないってわけだ。ま、モーリアンには厄介なのもいるし、そう容易くはないが」
ベラドンナの言葉にはわずかばかりの苛立ちが込められていた。
そもそもモーリアンの内乱など早期に終結しているはずだった。
けれどもジェネラル・ベラドンナが出陣してなお、戦いは終わらない。とある存在が彼らの侵攻を食い止めているのだ。
けれどもバルにとってはそれも些末なことだ。仮にモーリアンが落ちたとしても、彼はその先を進んでいけばいずれは望む者に辿り着く。
「はっ、なんて顔してやがるのさ。妬けちまうねえ」
(ベラ・ヘイロー、我が主よ……ああ)
ベラドンナの言葉も聞かず、彼は夢想する。
彼は待っていた。ずっと、ずっと待っていた。
死んでいるとは思っていなかった。であればいつかは会えると思っていた。
彼の心はあの頃より変わってはいない。戦いこそが彼の望むもの。戦場こそが彼の居場所。強敵こそが彼の運命の人なのだと。
(俺は強くなった。ずっと……あの頃よりもずっと)
かつての頃よりあった願い。けれども彼は己の主人なのだからと言い訳をしていた。自身が奴隷か否かなどは問題ではなかった。挑むことができなかったのは己が負けることを怯えていたからだと彼は理解していた。
「ははは、良い顔ですな」
マルコの言葉など、耳には入らぬ。ベラドンナの澱んだ瞳など気にしもせぬ。望みがようやく掴めそうな男には何も届かない。
(今なら……俺は)
そして男は夢想する。全てを捨ててでも欲する相手と刃を交わす瞬間を。それこそが男の望むまぐわいであり、それは全てに勝る願いであった。
次回予告:『第307話 少女、北へ向かう』
おや、ベラちゃん……ではなくてお婆さん?
もしかして親戚の方ですかね? え、違う?




