第299話 少女、観察する
『ヒャッ、速いだけかい。このワンコロは?』
バゴンッという音と共に双頭の巨大な機械の犬が吹き飛んで転げていく。超高速での『サーヴェラス』の突撃は、そのすべてがベラのウォーハンマーに合わせられてカウンターを喰らっていた。
『チッ、このクソガキ』『ブッ殺してやる!』
ドルガが苛立ちをあらわにしながら目の前の赤い機体を睨みつける。
ドルガはこれまでここまでいいようにあしらわれたことなどなかった。今の変異した『サーヴェラス』は、機獣形態と呼ばれる『サーヴェラス』の変形した形態に近いものがあったが、それはドルガにとっての切り札のひとつであり魔力喰いと合わさって力を発揮するものだった。ドルガがどう思っていようが結局のところ、魔力喰いの真価とは機体性能を上げることそのものよりも、相手の機体の動きを鈍くすることにこそあった。
圧倒的な出力と速度を持つ相手の対処だけならば可能だとしても、それは針の穴に糸を通すのに近い精密な動きが求められる。それは己の機体が普段と違う挙動をしていては到底叶わないことだ。
だが彼の目の前にいる『アイアンディーナ・フルフロンタル』は違う。鎖によって動きに制限こそされているが。機体性能は本来よりも向上し、そのうえにかつてベラは巨獣の群れを単独で倒してきた経験があり、この手の相手と戦うのにも慣れていた。
いってみればドルガと『サーヴェラス』にとってベラ・ヘイローと『アイアンディーナ・フルフロンタル』は最悪の相性であった。
『ハッ、威勢だけはいいねえ。けど、そのへっぴり腰はなんだ? 糞漏らしの新兵みたいになってるじゃあないか』
言葉のひとつひとつがドルガを苛立たせる。そして声を聞けば分かる。乗っているのは相当に若い女……どころか、子供と呼んで良い年頃の相手なのだろうと。
けれども、ドルガは目の前にいる相手が声から察せられる通りの年齢ではないだろうとも予測していた。何かしらの長命種か身体をいじったのか、つまりはイシュタリアの賢人と同類なのではないかとも考える。
『吠えやがる』『だがなぁ、勝つのは僕ちゃんさ』
ドルガが悪態づきながらも、距離をとって『アイアンディーナ』を観察する。無闇に突撃してもすべてカウンター狙いで合わせられてきた。確かに相手の力を利用した一撃狙いならば巨獣を狩ることはできるだろう。ウォーハンマーはそのための武器だ。正面のハンマーと、そして逆位置についているピック。相手の力を利用し面と点のダメージを与えるためにベラがウォーハンマーを選んだのは必然だった。
『へぇ。さらに変わるのかい』
ウォーハンマーを構える『アイアンディーナ・フルフロンタル』の中でベラが目を細めてそう呟いた。距離をとっている『サーヴェラス』の破損した装甲が徐々に修復されていくのが見えたのだ。ここまでに溜め込んだ魂力を用いて機体を治しているのだろう。しかし、ソレはただ修復させているわけではなかった。
『サーヴェラス』の全身を淡く輝く魂力によって生み出されたタイル状の装甲が覆っていく。それは、すでに巨獣に近い形に変異していた『サーヴェラス』が鎧を纏っているようにも見えた。
『へっへ、こうなったからには負けねえよ』『ウォーハンマーで殴った程度じゃあ効かねえぞ』
現在のドルガが己の変異についてどれほど認識しているのかは分からない。リミッターを解除し、すでに巨獣に近いところにまで堕ちてしまったドルガはその昂揚感から、自分の現状すらも気にしてはいなかった。けれども、そのタイル状の装甲については認識があるようで、それをベラは訝しげな表情で観察する。
(となればアレは、あの機体に元々備わっていた能力かい。けれど常時出していたわけじゃあない。魂力で改めて生み出したってことは……)
それが何かということを推測するベラに『サーヴェラス』が突撃していく。
『『ヒャッホォォオオオオッ』』
『強気じゃあないかい。っと!?』
迫る『サーヴェラス』を『アイアンディーナ・フルフロンタル』はわずかに避けながらウォーハンマーを再び振るう。そしてウォーハンマーが『サーヴェラス』に接触した次の瞬間に装甲が弾け飛んだ。その衝撃にベラはとっさにウォーハンマーを手放し、それは回転しながら宙を舞って地面に突き刺さる。
『装甲が弾け飛んだ……?』
『手放したか』『運がいいなテメェ』
鉄機兵の指や手首は繊細だ。ある程度の衝撃は可動部にロック機構をかけている状態なら防げるが、予期せぬ強い衝撃が来れば容易く破損する。ベラはその衝撃が届く前にウォーハンマーを手放すことで『アイアンディーナ・フルフロンタル』の手首の破壊を防いでいたのである。
『まったく小手先が多いやつだね』
『爆発反応装甲っつーんだよ』『近付けもしねえだろ』
『どうかねえ』
そう言いながら、ベラはすぐさま機体の腰に差しているショートソードを抜いて投げ放つ。そして剣が刺さろうとした瞬間に内側から爆発が起きて装甲が吹き飛び、ショートソードが弾かれた。それを離れた位置から確認することでベラは爆発反応装甲のカラクリへの理解を深めていく。
『ふーん、そういう仕組みかい』
ベラが眉をひそめた。接触と同時に内側から装甲を放って打ち消す。
なるほど、有効な手段だ。さらにはリミットが解除されたことで魂力による生成能力も向上したこともあるのか、すでに新しい爆発反応装甲が生成され始めてもいた。
『ハッ、分かったか』『僕ちゃんには勝てないって』
なるほど……とベラは思う。
魔力喰いで機体の動きを鈍く、或いは停止させられるだけでも厄介であるのに、爆発反応装甲などという切り札まで存在しているのだ。それは確かに厄介な能力ではある。ベラはドルガの裏にいる第三者の存在を感じざるを得なかった。
(デュナン隊といい、誰が仕込んでるんだか。ま、犯人に心当たりはあるけどね。それよりも……)
ベラがほくそ笑む。
カラクリは理解できた。であればやりようはある。
あの爆発反応装甲は発動すれば消耗する一回限りのもの。魂力で出すにもコストパフォーマンスが悪く、だからこその奥の手だったのだろう。けれども先ほどのショートソードの反応からベラはその弱点を察していた。であれば、やることは決まっている。
『デイドン、燃やしな』
『『なっ!?』』
直後に鎖で繋がった機械竜デイドンが降下し、『サーヴェラス』に対して炎のブレスを降り注いだ。
次回予告:『第300話 少女、弾け犬を見る』
よく観察して、狙いすまして燃えるような想いをぶつける。
ベラちゃんは男を落とすコツを心得ているようですね。




