第277話 少女、要塞に戻る
「ハッ、なるほどなぁ。マザリガがやられたのは事実だったってぇわけかよ?」
四度目となる要塞アルガンナ前の戦闘、それは両軍共に退却という形で終わりを迎えた。今回の戦いではどちらも被害が大きく、また伸びきった戦線は両軍共に殲滅戦になりかねない……という判断からどちらも暗黙の了解をもって退くことになった。
そして自陣に帰還した獣魔ドルガは届けられた報告を前にたいそう顔を曇らせた。彼の耳に入ってきた被害報告は損なわれた機嫌をさらに奪うのに十分なものであった。
「それでぇ、僕ちゃんの巨獣機兵はいったい何機潰されたんだ?」
「ハッ。ビッグサラマンダータイプが一機、ヘッジホッグボアタイプが二機、ホワイトゴリディアタイプは損傷こそ受けていますが戦闘は継続可能な状態です」
報告の兵の言葉にドルガは思わず叫びたくなったが堪える。
ドルガがローウェン帝国から……というよりはロイ博士より借り受けた巨獣機兵は六機だ。エルシャ王国軍は五機と認識していたが、それはヘッジホッグベアタイプが二機あったのを誤認してのものであった。
「カァ、そんじゃあ白ゴリラ入れて残ったのは三機か。ロイ博士に渋ヅラされちまうな、こいつぁ。なあ、ロッグ」
「大将、一機は要塞を壊すためのものですから実質二機ですぜ」
ドルガの背後にいた猫の顔をした半獣人ロッグがそう返した。
その男はマザリガ亡き今、八機将であるドルガとは別に将軍としての地位を持つただ一人の存在だ。
「わーってるよぉ。しゃあねえ。ベラ・ヘイローは次こそボクちゃんが殺るからよ。たく、邪魔すんなよ」
「……分かりました。ま、気を付けてくださいよ」
ロッグの言葉にドルガが肩をすくめる。
己が父親と同じ末路を辿るのではないかという懸念をロッグが抱いているということをドルガも察してはいるが、だからと言ってベラを避けるという選択肢は彼にはなかった。ドルガにも強者としての矜持があるし、自分の父親を殺され、辛酸を舐め続けさられている現状を許す気もないのだ。
「それにしてもだ。まったく、随分と今回はやられちゃったよねぇ。こっちの読みが外れたってのもあるんだけどさぁ」
今回の戦い、ドルガ率いる獣機兵軍団は正面からエルシャ王国軍を叩きに突撃し、圧倒し蹴散らしていた。けれども相手はガンダル鳥の陣という陣形で挑み、両翼に該当する左右に配置された軍によって獣機兵軍団に対して左右からダメージを与えてきたのだ。
その中心となったのがベラ・ヘイロー率いる竜撃隊だ。彼らは部隊を両翼に分かれさせて巨獣機兵をも破壊した。特にベラ・ヘイローは巨獣機兵を二機屠った後に将軍であるマザリガをも討ち取っていた。対して獣機兵軍団が仕留めた大物は四王剣のひとりだけ。帳尻が合わないとドルガは苦い顔をする。
「こっちもせめてダイズ王子はブッ殺したかったんだがなぁ。まあ、仕方ねえ。次こそはベラを見つけてこの手で殺して犯してやる。だからよぉ、アルキス。てめぇは手ぇ出すなよ?」
ドルガが報告の兵、デュナン隊のアルキスにそう告げると、アルキスは「はっ」と口にしてその場で膝をついてこうべを垂れた。その表情をドルガに隠しながら。
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「やられたねぇ」
ドルガが自陣で報告を受けている頃、戦場より要塞に戻ってきたベラをガレージで待っていたのは四王剣がひとり、アルマス将軍の乗っていた鉄機兵の残骸とダイズ王子、そして四王剣のマガツナとマリアであった。
「はい。ここに来て彼を失うことになるとは……」
はっきりとしたベラの物言いにダイズが沈痛な顔をしながら頷いた。ここまで獣機兵軍団の猛攻に耐え、兵を導いてきたアルマスを失ったことはエルシャという沈みかけの国にとって非常に大きな損失であった。
「私がいたことでアルマス将軍はアレと対峙せざるを得ず……すべては私が至らぬばかりに」
「別にアンタのせいじゃないだろうさ。指揮高揚のためにアンタが前に出ることはアルマス将軍も認めていたことじゃあないか。それに目の前に敵の総大将が出てたのに倒そうとしない馬鹿はいない。だからその判断が間違いだったとはあたしは言わないよ。死んじまったこと以外はね」
そう言いながらベラがアルマスの機体を見る。破壊されたアルマスの機体の胴体は本人の武器が突き刺さっており、内部の乗り手も巻き込まれて絶命しているのは明らかだった。そのベラの視線にダイズが苦く笑って口を開く。
「アレがドルガのいつもの手なんです。誘い込んでなぶって殺す。不甲斐ないのは倒せぬ我らであるのでしょうが」
その言葉をベラはあえて無視して「それで」と口にした。
「これで四王剣はマガツナ将軍とそっちの嬢ちゃんだけだ。状況は厳しいが、どうするつもりだい?」
「もはや四王剣は錆びた剣。であれば新しい剣をかざすべきと戦の前にアルマスは言っておりました」
そのダイズの言葉にベラが眉をひそめた。またダイズの言葉の意味を正しく読み取れるものはこの場にはおらず、その場の全員がダイズへと注視する。
「そりゃあ、どういう意味だい?」
「クィーン・ベラドンナの生まれ変わり……ベラ殿はそう呼ばれていると聞いております」
「ハッ、そこらの酒場で聞かされることがある程度の戯言さね。あたしゃラーサの娘だよ。まあ、あの婆ぁがおっ死んですぐに生まれたのは事実らしいがね」
ベラがそう返す。ベラ・ヘイローがベラドンナが生まれ変わった少女だという噂は、その実績とかつてベラドンナ傭兵団と名乗っていたという事実から以前よりあった。そもそもが裏で積極的にその噂を広めたのはパラを始めとしたベラの配下たちでもあったのだが……ともあれベラも建前上は己がそれを広めているわけではないとしているため、戯言と返した。だが、ダイズは笑みを浮かべて意味ありげにベラを見る。
「戯言ですか。しかし、ただの戯言が真実であったとすればどうでしょうか?」
「へぇ。そいつは面白いことを言うねえ」
ダイズの言葉の意図を察したベラが目を細めて笑う。
「面白いでしょう。何しろベラ・ヘイローがクィーン・ベラドンナその人であるとすれば、ドーバー同盟の約定に従ってエルシャ王国は剣をあなたに預けることもできるのです」
「そいつは素敵な話だ。けど、クィーン・ベラドンナはローウェンにもいるんじゃないかい?」
「偽物でしょう」
ダイズがあっさりとそう告げる。
「敵対するベラドンナなどという本物は『いりません』。私たちが望むのはローウェン帝国を滅ぼすべくこうして私の目の前に蘇った本物です」
「分かりやすくて結構。じゃあ、あたしゃどこぞの負け犬の婆ぁの生まれ変わりかもしれないね」
そう言ってベラが笑った。ダイズの意図は把握できた。そして、それはベラがかつて望んだ未来に沿うものでもあった。噂をばら撒き、パラをモーリアンに向かわせて仕込みをして、それから随分と状況は変化したが、それでもここでようやく予定していた未来への足がかりを掴んだ。
そう、クィーン・ベラドンナというかつての英雄という存在の簒奪。それはベラの狙いのひとつであったのだ。
次回予告:『第278話 少女、婆になる』
年頃の女の子は、自分がどこか遠い国のお姫様の生まれ変わりではないかと夢想すると聞きます。ベラちゃんもそうした幻想を思い描く年頃になった……ということでしょうかね。




