第259話 少女、状況説明をする
「異論はないな。我々は戦うために来たのだ。新生パロマ王国は滅ぼしたが、ただ武力のみの独立愚連隊であった連中は所詮ローウェンの傀儡でしかない。真に我が敵と見るのはローウェン帝国だ」
ベラの問いにガルドがそう言い切った。近年のイシュタリア大陸南方のヴェーゼン地域一帯で起きた騒乱の多くはローウェン帝国が仕掛けたものだ。国内の対立を煽り、協力した軍や野盗たちに獣血剤を渡して戦力バランスを乱し、己は隣国へと侵略を開始していた。
もっとも現状がローウェン帝国の意図した通りのものかといえばそうではない。ローウェン帝国が協力した勢力の多くは討ち倒され、他国への侵攻も思いの外進んでいない。
ムハルド王国と新生パロマ王国が滅んだことも彼らにとっては想定外の事態だっただろう。そして、このエルシャ王国にベラ・ヘイローとガルド・モーディアスがいることもまたそうだ。
「とはいえ、強行軍でここまで来た身。エルシャ王国が拒絶するのであれば我らは下がるしかないわけだが」
「今この都市にはある程度の裁量権を与えられている騎士団長がいる。ま、エルシャ王国軍と合流するところまでの保証はもらえるはずだし、今の連中に断る余裕なんてないと思うけどね」
そう言って笑うベラにガルドが眉をひそめる。
「話には聞いていたが、それほどまでに戦況が悪いのか?」
「そうだねえ。とはいえ、アンタは来たばかりだ。説明は休憩を挟んでからにするかい?」
その問いにガルドが首を横に振る。
「今でいい。時間は待ってはくれまい」
「戦士にも休息は必要だけどね。パラ、ガルド将軍は拙速を尊ぶお方のようだ。説明して差し上げろ」
「は、それでは地図を広げさせていただきます」
指名を受けたパラがベラとガルドの前にあるテーブルの上にエルシャ王国全域の地図を広げた。それはエルシャ王国の軍事機密に当たるものだが、この場で気にする者はいない。
「獣神アルマが討ち取られたことで一度はエルシャ王国の旧王都ニライへと撤退していたローウェン帝国の獣機兵軍団ですが、旧王都にいた獣魔ドルガの軍と統合され、再び要塞に向かって侵攻を開始しております」
パラがそう言いながら、獣機兵軍団を見立てた黒い駒を地図上のラクスンガ渓谷と書かれている場所へと置いた。さらには白い駒もその前に置いていく。
「獣機兵軍団はこの要塞アルガンナとの間にあるラクスンカ渓谷まで到達したところで、この白い駒がそうですが……進軍していたエルシャ王国軍と衝突しました。もっともエルシャ王国軍は敗北し、このように要塞に向かって現在は撤退しつつあります」
パラが白い駒を要塞アルガンナの方へと動かすのを見てガルドが眉をひそめた。
「エルシャ王国軍は要塞から出て進軍していたのか?」
ガルドが得ている情報では、エルシャ王国は要塞アルガンナを防衛線として新王都カナイの守りに徹しているはずだった。
「どうも新王都から増援で来た王子様の軍隊がさ。あたしらの活躍に触発されて動いちまったらしいんだよね。ま、焦ってたんだろうねぇ」
ベラが肩をすくめてそう口にする。それは本来ローウェン帝国軍に押されていた要塞アルガンナに、増援として派遣されたシュミラ王子の率いている軍であった。彼らはダイズ王子とアルマス将軍を要塞に残し、ローウェン帝国軍の退いた領地を取り戻すために動いていたのである。
「とはいえ、その後の撤退の手際からして敵情視察を兼ねてひと槍当てる程度で去るつもりではあったのでしょう。失敗だったのは巨獣機兵によって前線が崩壊したことです」
「巨大な獣機兵と話は聞いているが」
実物を見たことがないガルドが若干の懐疑的な視線をパラに向けるが、それにはベラが口を挟んだ。
「獣機兵というか、巨大なギミックウェポンというべきモノだろうね。巨獣機兵の兵装についてはウチでも研究してる。鹵獲したものをそこのリンローの混機兵にも乗せているが、あれは纏まってるところに打ち込まれると厄介だよ」
ベラの言葉を聞いてガルドが興味深そうに「ほぉ」と呟く。
「そんなものをそちらではもう流用し、実戦にも使用しているのか」
「巨獣兵装って言いますわ。獣機兵なら接続も可能ですが、鉄機兵には無理ですな」
「獣機兵……それは運用が難しい」
ローウェン帝国や傭兵国家ヘイローのように獣機兵乗りを積極的に軍に組み込んでいるところは現在ほとんどなく、半獣人の暴走を恐れるのであれば巨獣兵装などといった武装を渡すことも難しいだろう。少なくとも獣機兵に手痛くやられて反感の多いルーイン王国では導入できるものではなかった。
「ま、俺らみたいのを認めてくれる大将の下じゃあねえと使わせんのは無理だろうな。で、俺のレオルフに乗ってんのは、巨大な火球を撃ち出すタイプで、まあ当たれば鉄機兵もひとたまりもないってシロモノさ」
自慢げに言うリンローをガイガンが睨み付けると、リンローは少しだけ笑って身を引いた。
「申し訳ないガルド将軍。うちの総団長副官は少々言葉遣いに難がある」
「いや、実直に話してくれるのはありがたい。それで戦況の方はどうなのだ?」
「はい。初撃で完全に打ち負かされたことでエルシャ王国軍は即時撤退しました。完全にしてやられたことが逆に被害を抑えたのかもしれません。今はローウェン帝国に追われる形で要塞アルガンナに後退しています。迅速な撤退により被害はそれほどでもないとの話ですが、前線で指揮していたシュミラ王子は死亡。現在は共に戦場にいた四王剣のマガツナ将軍が退却の指揮を執りつつ、獣機兵軍団の進攻を抑えているということです」
「王子が前線に? 焦った……か。勇敢さを証明したかったのだろうが、無謀なことを」
そのガルドの言葉を否定する者はいない。ともあれどういう意図があったにせよ、すでに終わったことだ。問題なのはそれからどうするかである。
「そんなわけで、今からあたしらは要塞アルガンナに向かい、ローウェン帝国の獣機兵軍団を迎え撃とうとしているわけさ」
「なるほどな。それで今から向かって間に合うのか?」
そのガルドの問いにベラは「さあねえ」と返すしかなかった。
「正直に言って、開戦までに到着できるかは微妙なところではある。場合によってはエルシャの王様をうちに亡命させ、この山岳都市を拠点化してローウェンに対応するしかないかもしれないね」
「この都市の物資の補給ルートと要塞化はすでに進行中ですが、今はエルシャ王国軍と合流して獣機兵軍団を討つことを第一に考えています」
ベラの言葉にパラがそう付け加えた。
「承知した。それでは、そちらに合わせて我が騎士団も動くとしよう」
「おっと、その前にひとつ提案があるんですが、よろしいですかねえ」
リンローがそう言って挙手して立ち上がった。
「リンロー総団長副官」
「大丈夫だよガイガン隊長。問題を起こそうってんじゃあねえ。これから戦おうって相手の情報を将軍様に提供したくてな」
「ほぉ、精悍な顔つきだが……それはどういう提供かな?」
竜と獅子の混ざったような顔付きのリンローにガルドが目を向けると、リンローが不敵な笑みを浮かべた。
「鉄拳魔人の名を持つあんたの武功はこっちにも聞こえてた。どうだよ、一戦やってみないか?」
次回予告:『第260話 少女、見守る』
ベラちゃんの前で男がふたり争い合う。これはつまり……そういうことなのでしょうか。
まったく、ベラちゃんも罪作りな女の子ですね。今からこれでは、将来はずいぶんと男泣かせな女性に育ってしまうかもしれませんよ。




