第21話 幼女、説得をする
「燃えてゆく情熱は美しいが、爆破による世界の崩壊には敵わない。一瞬で吹き飛ぶ人間の表情はまるで時間を切り取ったかのように俺の心に残るんですわ。ヒヒ、それは分かるでしょ、バルの旦那」
「分からん。私はただ斬るだけだ」
奴隷二人のファーストコンタクトは平行線のようだった。ただ、どちらもろくでもないのは確かである。
ベラたちは奴隷商を出てひとまずジャダンの装備を整えに武具店へと向かった。元々ジャダンは以前の主から頂戴した黒い革鎧を所持しており、簡単な装備の購入だけで十分だった。またそれから近くの食堂で昼食を取り、傭兵組合所へと向かったのは予定の時刻に差し掛かろうという頃合いだった。
その道程でジャダンと話して分かったことは、このドラゴニュートは爆破で何かを壊すことを好んでおり、ソレを咎められて捕らえられ奴隷にされてしまったらしいということだった。つまりはジャダンは犯罪奴隷であり、さらに言えば望んで戦奴隷となったらしい。当然、より多くの獲物を爆破するためである。
「ま、すぐに餌は用意はするから、そこらへんを爆発させるんじゃないよ」
「ヒヒヒ、分かってます」
ベラの言葉に、チロチロと舌を出しながらジャダンが頷く。
(ふむ。ボルドとツーマンセルで組ませるかね)
ボルドの地精機『バッカス』の防御力とジャダンの火精機『エクスプレシフ』の火力の組み合わせならば、訓練次第ではそこそこにやれるかもしれないとはベラは考える。メンテナンス要員としてのボルドをあまり戦場に出したくはないのだが、使える戦力を使わないというのもどうかともベラは考えていた。
(ま、実際に組ませて様子を見ようかね)
そんなことを考えながら、ベラは約束の時間から少し過ぎた頃に傭兵組合所にたどり着いた。
そこで、問題は起きたのである。
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「そりゃあね。コーザの旦那にゃ世話になってるが。だからってガキのお守りまで引き受けるなんて了承してないんだよ、アタシはね」
傭兵組合所の中で、コーザの紹介で出会った相手はそう言ってベラたちを睨みつけていた。名をマイアー・ホークという30を越えた女で、コーザが紹介したローズン傭兵団の団長である。その周囲には団員であろう男たちが取り囲んでいる。
「大体ね。ベラドンナ傭兵団だって? バカバカしい。女王様ごっこがしたいんなら、お家帰ってやってな嬢ちゃん」
マイアーの言葉に、その取り巻きが一斉に笑う。
それをベラが目を細めて見ている。ジャダンはその扱いに舌をチロチロと出しながら様子を見ていて、バルはベラの様子を伺っていた。
もっとも、マイアーが不機嫌になるのも仕方のない話ではある。
女だてらに鉄機兵乗りになったマイアーがここまで傭兵団を率いて生きてきた16年は決して楽な道のりではなかった。
他の傭兵からは運良く鉄機兵の乗り手になっただけの女だとやっかまれ、ともすれば貴族連中には珍獣扱い同然に抱かれることもあった。
そうしたことの積み重ねの中で鍛え上げてきた己の仲間を子供に任せようと言うのは、いかに贔屓にしてくれているコーザの頼みでも聞けなかったのだ。マイアーがバカにされていると感じてしまうのも無理のないことだろう。
またベラドンナ傭兵団は鉄機兵2機に、精霊機2機構成の傭兵団である。戦力として低くはないが、ベラドンナ傭兵団などと、かつての英雄の名を団名にしている辺りがオノボリくさいとマイアーは感じた。
それに確かに目の前の幼女は普通ではない雰囲気があるが、ラーサ族だ。戦闘民族の風習か何かで修行のついでに独り立ちでもさせているのかもしれないとマイアーは考え、コーザもやむなく自分たちにお守りを押しつけたのではないかと推測していた。
(ったく、冗談じゃないよ。いくらなんでもお守りはないだろう)
そんなことを考えて憤っているマイアーをベラは鼻で笑いながら尋ねる。
「で、いくら欲しいんだい?」
それにはマイアーの団員が怒気をはらませて前へと出る。マイアーの言葉を歯牙にもかけず金の話を振る。馬鹿にしてるようにしか聞こえなかった。そしてマイアーも男たちの行動を止めはしない。子供のやることにしても限度はある。
その様子にはさすがにバルも肩をすくめた。今のはベラの側に非があるのは明らかで、その横ではジャダンがチロチロと舌を出しながら面白そうに見ていた。
「金は出すよ。傭兵にそれ以上のことが必要かい?」
そう口にするベラの前に男の一人が飛び出した。
「姉御が言ってんだろうが。ここは嬢ちゃんの口出せる場所じゃあッ……ああぁッ!?」
「ヒャッヒャ」
ダンッと床に振動が走った。その音に受付から受付員が顔を出し、入り口のゲートキーパーもいつでも動き出せるように構えていた。
そして音の中心では男が倒れていた。ベラは、手に持つウォーハンマーのピックで刈り取るように男の首を引っかけて、床に叩きつけたのだ。
それには音だけを聞いて反応した受付やゲートキーパーは兎も角、間近で見ていたマイアーたちには何が起きているのかを把握するのに時間がかかった。小さな子供が大人を引き倒して、その上に乗ったのだ。理解しろと言う方が難しい。そしてマイアーたちがその事態をハッキリと理解できたのはナイフの煌めきを目にした時だった。
「な、なんだ?」
床にたたき落とされた男は訳が分からず、顔を上に向ける。そこに、舌なめずりをしてナイフを突き降ろす幼女の姿があった。
「ガウロッ!?」
マイアーが思わず叫んだが、ベラのナイフはガウロと呼ばれた男の首筋にピッタリと張り付くように床に突き立てられていた。
「ひっ」
ガウロはその事実に思わず悲鳴を上げる。周囲の男たちも、動くことは出来ない。幼女の笑みに気圧されている。
「どうだい、アンタ。可愛い嬢ちゃんの頼みごとだよ」
ベラは「ヒャッヒャ」と笑いながら男に話しかける。
「あたしゃ、少し前にママのおっぱいをもらえなくなっちまったんで家を出てきたんだよ。ただやっぱりミルクを飲まないと子供は死んじまうんだよね」
そう猫なで声で、男の耳元で囁いた。男の顔は青くなる。訳が分からない恐怖がそこに存在していた。
「ガキ、ガウロを離してやれ」
マイアーがそう叫んだが、その言葉を全く無視してベラが尋ねる。
「なんでさ。アンタもあたしの小遣い稼ぎを手伝っておくれよ」
スルリとナイフが動いて、首筋に一筋の赤い線が出来る。男の悲鳴が小さく響いた。
「離せっつってんだろうが」
その事態にマイアーも剣を抜いて飛びかかろうとしたが、
「バル」
マイアーの剣が振り上げられる前に、ベラの声に反応したバルの刀の切っ先がマイアーの喉元に突きつけられていた。マイアーにはバルの踏み込みが見えなかった。まるで瞬間移動のようにマイアーの目の前には褐色の男がいたのだ。
「少し黙っててくれないかい。あたしゃ、穏便に行きたいからさ。ひとりひとり説得することにしたんだよ」
そう言ってナイフに力を込めるベラの視線に、男がうめき声を上げて涙をこぼした。恐ろしかった。何よりも、自分よりも遙かに歳下のハズの幼女の視線が、自分の命を容易く奪うことをまるで躊躇していないのがガウロには分かった。ガウロは恐怖し、下腹部からのこぼれるモノを抑えられなかった。
「おやおや。溜まってたんだねえ。それで雇われてくれるかい?」
ベラが笑う。捕らわれた男が、マイアーに懇願するように視線を送った。団長への不義理は働きたくはない。だが、それにも限界はあった。自分が口を開く前に、どうにかしてほしいと顔に出ていた。
「姉御、やべえっすよ。そいつ、チャンプのバルですよ」
バルのことを知っていたのか、男の一人がそう口にした。そしてバルがマイアーに口を開いた。
「あまりふざけた態度はとらないでくれ。正直、主様からここにいる全員を殺せと命令されるんじゃないかとヒヤヒヤしているんだ」
「人聞きが悪いねえ」
ベラがバルの言葉に口を尖らせていた。それをジャダンが「ヒヒヒ」と笑って見ている。
そしてマイアーはバルを、ベラを交互に見て、そして少し考えてからため息をつき、口を開いた。
「なるほど、旦那のお気に入りだけはあるってことかい。くそ、分かったよ」
マイアーは己の握っていた剣を鞘に収める。
「私が悪かった。話を聞こう」
その一言にベラはナイフをガウロの首から離した。そして立ち上がったベラにマイアーはきつい視線でこう口にした。
「だけど、脅しじゃ動かない。こっちも命懸けてるんだ。仕事の内容如何では降りさせてもらうよ」
「ま、当然だね」
そういうベラに、マイアーはさらに不機嫌そうな顔をして、床に転がっている男を見る。
「それとそいつはうちの団員だ。団長を通さずに雇おうとするのはマナー違反だ。良く覚えておきな」
「すまないね。こっちはまだ傭兵になって日が浅くて、そういうルールに疎いのさ」
そういってヒャヒャヒャと笑うベラに、マイアーは頭が痛くなる。
いけしゃあしゃあと……という思いと、見た目の年齢から当たり前だ……という思いが同時にマイアーの中で湧き上がっていた。少なくともベラの外見年齢を考えれば、マイアーはベラが生まれる前から傭兵として戦場にいた筈である。
そこまで考えてからマイアーは今の状況を改めて認識し直す。そして、目の前の幼女に手玉に取られている自分を理解して、深くため息をつかざるを得なかった。
次回更新は3月10日(月)0:00。
次回予告:『第22話 幼女、準備をする』
いよいよお仕事の打ち合わせ。
おばちゃんとも仲良くなれたベラちゃんは、他の傭兵団も雇うための準備を始めます。あとお爺ちゃんを懲らしめます。なんとなくです。




