第189話 少女、蹂躙する
蹂躙。
まさしく、そう呼ばれるにふさわしい行為がその場では行われていた。
ムハルド王国中央軍に雇われた傭兵たちが、今まさにドラゴンによって蹂躙され続けていた。
何しろその場にいるドラゴンは、全長15メートルを超える並の巨獣を上回る巨体であるうえに、その脅威の本質は火を吐くことにあった。
そもそも鉄機兵戦闘の基本は、双方の鉄機兵同士の激突と、それらを取り囲むように行われる対鉄機兵兵装を有する歩兵同士の戦いにある。鉄の巨人である鉄機兵も対鉄機兵兵装によって動きを封じられれば、ただの鉄の像でしかなくなる。だがドラゴンの吐く炎は対鉄機兵兵装を装備している歩兵を近付けさせる前に容易く葬る。
元より巨獣を想定して生み出された対鉄機兵兵装であれば、ドラゴンとて当たれば動きを封じることも可能だろうが、近付くことすらできないのではどうしようもなかった。
であれば対抗できるのは耐火能力のある鉄機兵だけだ。もっとも炎の直撃を逃れ、運よく懐に飛び込めたとしても今度はドラゴンの全身を覆う鱗が硬くて刃が容易には刺さらない。
さらに厄介なことに鱗は槍のように伸びていて、それは時折飛射出されて鉄機兵をも貫くし、同じく槍のように伸びた爪でも攻撃を繰り出してくる。その上にドラゴンの周囲には機械のドラゴンや鉄機兵、さらには獣人と魔獣たちが守りを固めていて、隙そのものがほとんど存在しないのだ。
それはさながら鉄機兵と歩兵の編成に近く、その場の傭兵たちではまるで手に負えない状態となっていた。もっともそれらから逃げようにもドラゴンたちが攻めてきたのは背後からであり、正面からはヘイロー大傭兵団の軍勢も攻めてきて、挟み撃ちの状態となっている。
そんな逃げ場のない状況の中でベラ・ヘイローとロックギーガ、ドラゴンとそれを操る者たちは喜々として傭兵たちを狩り続けていた。
「ギュ、ガァァァァアアアアアア!」
「ああ、そうだ。それでいい。燃やせ。潰せ。殺せ。ここにいる全部にお前の復活を見せつけてやるんだよロックギーガ! あたしと共にあんたが戦場に帰ってきたってことを心の奥底にまで刻み付けるんだ!」
『ええい。いつまでも良いようにさせるかぁああ!』
もはや絶頂といった具合に暴れまわるベラたちに対して、傭兵型鉄機兵の一機が突撃していく。5メートルはあろう大型鉄機兵が勢いよく機竜形態の『アイアンディーナ』へと駆けてくるのがベラの目に映った。
「ヒャヒャッ、ありゃあ活きがよさそうだねえ。あたしがもらうよ」
ベラがそう言って、ドラゴンを囲む防御陣から『アイアンディーナ』を駆け出させる。
『舐めるなよ。それは所詮、鉄機獣の変形だろう。であれば鉄機兵戦では』
「だーれが」
そして飛び上がった機竜が空中で変形し、それは赤い鉄機兵となって傭兵型鉄機兵へと向かっていく。
『鉄機獣だって言ったのかねえ』
『赤い鉄機兵に変わっただと? まさかお前は』
そこから先の言葉を傭兵は続けられなかった。何故ならば直後に傭兵型鉄機兵の頭部へと『アイアンディーナ』のウォーハンマーが振り下ろされ、それは操者の座まで陥没して乗り手を圧殺したのだ。
そして、その光景を前にして場の喧騒音がかき消えた。誰も彼もが変形した赤い鉄機兵を驚愕の表情で見ている。
『が、鉄機獣が鉄機兵に変わっただと!』
『しかも赤い機体。ありゃあベラだ。ベラ・ヘイローだぞ!?』
『赤い魔女、ヤツが……そうなのか』
赤い鉄機兵『アイアンディーナ』の存在は敵のトップの機体として傭兵たちの間でも当然のように知れ渡っている。しかし、さすがの彼らも噂の鉄機兵がドラゴンに化けていて、さらには唐突に己らの目の前に正体を明かすなど想像の外にあった。
『ビビってんじゃねえ。あれが敵の大将だ』
『討ち取れば一生遊べる金が手に入るぞ』
もっともそこにいるのは戸惑う兵たちばかりではない。すぐさま正気に戻った何人かの鉄機兵たちはベラを狙って動き出したが、それに気付いたベラは『ヒャッ』と笑った後にすぐさま後ろへと跳び、それを追おうとして誘い込まれた傭兵型鉄機兵たちは槍鱗竜ロックギーガのブレスを浴びて火達磨となった。
そして、ブレスをもろに浴びた鉄機兵は操者の座の中まで炎が入り込み乗り手を焼き殺し、直撃ではなかった鉄機兵たちの乗り手も機内温度の異常上昇に命の危険を感じて操者の座から飛び出たが、それらは獣人が操る魔獣たちによって噛み殺されていった。
『団長。敵が続々とこっちに集まってきてやがるぞ』
その合間に周囲を警戒していたガイガンから報告が飛び、それを聞いたベラが『構わないさ』と言葉を返す。
『少なくともこの調子なら負けはない。それに何度も戦場に出してりゃ、いずれはロックギーガも対策されちまうだろうしね。まあ、今日はせいぜい連中にドラゴンの怖さってヤツを教え込んでやるよ』
そう言いながらベラは続けて迫ってくる鉄機兵の懐へと自ら飛び込み、左腕の仕込み杭打機で相手の胸部を貫いて乗り手を始末する。その相手の鉄機兵から鉄芯を抜いて、ベラはロックギーガの背へと視線を向けて口を開いた。
『あたしはちょいと前に出る。リリエ、そいつは任せたよ』
ベラの声にロックギーガに乗っている獣人のリリエが手を振って応える。
ベラは自ら先陣を切るためにロックギーガへの指示は、獣人の中でも竜の巫女と呼ばれているリリエに任せていたのだ。また、共に獣人の里から出てきていたケフィンの方はといえば、ドラゴンの周囲で他の獣人たちの指揮を行っていた。そして彼に指揮されている獣人たちこそが、今回ベラがムハルド王国中央軍の駐屯地へと近付けた理由であった。
竜の墓所を護るジルガ族はこの地域の獣人の部族を束ねる一族であり、それはダール将軍が雇った獣人たちの部族もジルガ族の傘下だったのだ。
もっとも彼らの関係性からすれば、その繋がりは必ずしも強制力があるというものではないし、ただ従えと言われても雇い主を裏切るような真似はしなかっただろうが、そこにロックギーガという本物のドラゴンの存在が加われば話は変わる。獣人の魔獣使いはドラゴンの声を模して魔獣を制御する術を得ていると同時に、みな竜信仰の信徒でもあるのだ。そんな彼らの目の前に信仰対象そのものが現れたのだから、雇い主を切る判断はきわめて迅速であった。
結果としてケフィンと竜の巫女の口添えにより彼らはダール将軍から寝返り、『アイアンディーナ』と共に街を抜けたベラと外で合流したガイガンの部隊を森からのルートでムハルドの陣地へと案内したのである。
『ヒヒヒ、いやぁ……ようやく燃やせますよ。ドラゴンの炎と共にあっしの爆発が周囲を彩る。乙ですなあ』
加えて、ロックギーガの背後からは爆発が起きていた。
ベラと共に街を抜けていたリザードマンのジャダンもその場にはいたのだ。爆破型火精機の乗り手である彼は、ドラゴンの背に乗り、死角である背部の方面から攻めようとする兵たちを次々と爆殺していた。左右もガイガンらカイゼル族の鉄機兵で固められ、正面にはベラがいる。
今や混乱により統率が取れなくなっている傭兵たちでは彼らを止めようがなかった。蜘蛛の子を散らすように逃げまどい、背から炎を浴びせられ、功名にかられて挑んだ者も次々と討ち取られていったのだ。
そこにあるのはまさしく蹂躙だ。そして、ベラたちが遂に傭兵たちの列を抜け、ムハルドの騎士団をも毒牙にかけ始めたときに、ムハルド王国中央軍全体へと撤退の信号弾が打ち上げられた。
ベラたちの勢いが戦場の片翼から全体へと伝播し、勝利の天秤がヘイロー大傭兵団へと傾きかけていたとほぼ同時の退却であった。それはムハルドの軍の被害規模を抑えられるギリギリのタイミングでの判断ではあったが、ともあれダール将軍はベラ・ヘイローに対して二度の敗北を受けることとなったのであった。そして、ダール将軍とリンローたちの戦いだが……
次回予告:『第190話 少女、ペットを褒める』
今回はお肉焼き放題の食べ放題、言うなればバイキング形式の立食パーティというところでしょうか。
時間制限が少々短くはありましたが、ベラちゃんも満足しているようです。良かったですねベラちゃん。




