第16話 幼女、お前は性奴隷だと宣う
そしてバルがベラの奴隷となった夜、ベラの泊まる宿の三階部屋に奴隷二人が呼び出された。
なお二人は同じ宿のグレードの低い一階部屋に共に泊まっている。ボルドはそれでも奴隷商の館にいたときよりも数段もまともな生活ではあるし、バルは剣闘士で稼いでいて、以前よりも随分とクォリティは落ちたが、生来戦いを好み、野宿でも気にしないラーサ族の男である。当然のように気にした風でもなかった。
そして彼らが集められたのは今後のことを話し合うためである。
「ご主人様よ。こいつのガーメの首は確かめないのかい?」
「『ギムル』」
「ギャアアアアアアアアアアアア」
ベラは不躾にセクハラ発言をしてきた奴隷に的確に躾を行う。
「お前さん、レディに言う言葉じゃないね。死にたいのかい?」
「が、がはっ、あんときゃ、普通に話してただろうがッ」
ボルドが最初にベラと出会ったときのことである。目の前の幼女はその長さや太さをマルフォイと話しながら品定めしていたのを覚えていた。
「口答えするんじゃないよ『ギムル』」
「アンギャアアアッ」
七転八倒するボルドを見ながらベラは(なるほど。鞭の数が増えるわけだ)と口答えの多い奴隷であると認識し直して頷いていた。その横ではバルが自分の奴隷印を撫でながら少し冷や汗をかいている。
そして、ボルドが落ち着いた後に、ベラは椅子に座りながら、ガンとボルドの頭を素足で踏みつける。
「ぐっ」
ボルドが「何しやがる」と怒鳴ろうとしたが、ベラの淡い桜色の唇が(ギムル)と声を出さずに口ずさんだのを見て、言葉を飲み込んだ。
「あんたのご主人様は誰だい?」
「べ、ベラ様です」
「名前を呼ぶのを許した覚えはないねえ」
「あなた様でございます」
ボルドの言葉に満足したのか、ベラは頷いて、先ほどのボルドの問いに答える。
「まあ、確かめるまでもなさそうだし。剣闘士だ。さぞかしババアどもの夜のお誘いも多かったんだろう?」
その言葉にはバルも頷いた。上流階級の婦人方が、上位剣闘士の夜を買うのはそう珍しいことでもない。ましてやバルは現在無敗の男だ。その胸板に金を払いたいという者も多いだろうし、実際にいくつもの誘いがバルにはあった。そしてバルも金と女のふたつが手に入る。断る理由はなかったのである。
「大体、性奴隷として買ったアンタとは違うしねぇ」
「は、俺、性奴隷で買われたのか?」
ボルドが思わず顔を上げようとしたので、ベラが再度足でグリグリと踏みつける。素足だからそこまで痛むわけではないが、6歳児に踏まれて蔑まれているのだ。もう初老のボルドにとっては辛い状況だった。だが、それ以上に今衝撃的な事実がベラの口から出されていた。
「今更何を言ってるんだい? 契約書にもそう書いてあるだろう。後で揉めても困るから最初っからそれで買ってるんだろうに。あんたのそのガーメの首はあたしのもんだからね。あたしが楽しむ前に使い物にならないようにしたら承知しないよ」
その言葉にボルドがうなだれる。まさかこの年で性奴隷とは、しかも六歳児に……と、絶望感がドワーフの老体を支配する。人生の転落ここに極まれりであった。
「まあ、しっかり働きゃ、酒も女もあてがってやるさ。安いの掴まされて病気になっても困るから勝手に盛るのは許さないけどね」
「…………」
それは悪い話ではない……と餌につられておとなしくなったのか、そんなことを六歳児に言われてさらに落ち込んだのか分からないが静かになったボルドに満足したベラは、テーブルの上に地図を置いて留め紐を解いて広げた。
「これは?」
「コーザに頼んで買った地図さ。こういうのも思ったよりも金がかかるもんだね」
そこに書かれているのはルーイン王国領の地図だ。実際の道筋などは秘されているためあまり詳細なものではないが、その上にペンの走り書きでいくつも道らしき線も書かれていた。
なお、地図は王国からの公式に認可されたもので、手書きの道は追加料金のサービスであるとベラは口にした。本来は国としては機密となっているものだが、情報として存在している以上はそれが漏れるのもまた当然の話ではある。
「ここからモナ地方にかけての描き込みが多いようだが」
そのバルの言葉に、ベラが「そうさね」と返す。
「さっき聞いた話じゃあアンタの鉄機兵の隷属化を出来る魔術師は明日に到着して三日ほどかかるらしい」
「早いな」
素直にそう口にするバルにベラは「別にアンタが入るのに合わせてたわけじゃあないんだけどね。運が良かったよ」と返しながら、続けてバルに質問をする。
「それでバル。あんたはそれから馴らしに何日欲しいんだい?」
その問いにはバルの表情が変わる。
「三、いや二日あればなんとかはなると思うが」
その言葉にベラが目を細める。バルが以前に鉄機兵に乗っていたのは間違いないようだが、それでも二日というのは早いというのがベラの印象である。
「そうかい。見た感じは以前に乗ってたモノよりも使い勝手は悪そうかい?」
「いや、悪くはない……だろうな。それまでに乗っていたのは我が一族で100年育てた機体だったが、その分癖が強かったのでね。ただ動きが柔らかすぎるのではないかと、それが心配だが……」
「ふん、じゃあ三日だ。モノにしな。それが終わったらアンタの大好きな戦に行くからね」
その言葉にバルの表情が笑みに変わった。話の節から期待はしていたが、それが確定したことでつい顔に出たようだ。ベンマーク商会の倉庫でのことといい、バルはその表情に嘘がつけない男のようだった。
「ああ、本当に好きなんだね。どうしようもないヤツだね」
そのベラの言葉にバルが、少し恥ずかしげに口をへの字にして笑みを消すが、時すでに遅しである。
「まあ、あまりはしゃぐんじゃないよ。行くのは無しになるかもしれないんだ」
「どういうことだ?」
その問い詰めるようなバルトの言葉にベラが眉をひそめる。
「バル、言葉遣いは気をつけるんだよ。あんたは自分の部族長にもそんな風に話していたのかい? アンタはあたしが買ったんだ。忘れるんじゃないよ」
ベラが「こうなりたくなければね」とボルドの頭を再度足の裏でグリグリとする。ボルドが「ぐぬぅ」とうめいた。
「ん……了解した。『主様』、どういうことだろうか?」
まだ硬いバルにベラはジト目で見るが「まあいいか」と言って口を開く。
「負け戦になるかもしれない。行った途端に名前もコネもないあたしらじゃあ、ロクでもない場所に送られかねないからさ」
そういうベラにバルが首を傾げる。
「情勢が変わったとは聞いていたが……それほどに悪いというのか?」
その言葉にはベラが唸る。
「微妙だね。実際、今は圧されてるけど、でも持ち直しつつあるらしいってのも聞いてる。これは現場の人間の言葉だから間違いじゃあないだろうね。3日前の情報だけどさ」
そしてベラが地図の一点を指さす。そこにはモロ地方、ジリアード山脈と書かれていた。
「ボルド、モロ地方についてはドワーフのアンタの方が詳しいんじゃないのかい?」
「詳しいって言っても鉱山のことぐらいだぞ?」
「構いやしないよ。良い説明だったら足をどけてやるから、早く話しな」
「へいへ……いや、その口パクパクするの止めて……ください」
ベラが声を出さずに拘束呪文発動の「ギムル」という口調に唇を動かしている。
「あー、まあ、このモロ地方の領土の奪い合いってのが結局は魔鋼の鉱山のあるジリアード山脈一帯をどっちが手に入れるのかってな話なわけだろ」
「そうだね」
魔力の媒介ともなる鉱物の魔鋼は、武器や鉄機兵、そのほかの様々な用途で使用の出来る希少金属だ。
現在ルーイン王国とパロマ王国がモナ地方の領土を争っているが、その実態は魔鋼の鉱山のあるジリアード山脈一帯の所有権の奪い合いである。
つい数週間前までは、鉱山街のあるモルド鉱脈をルーインが押さえていたのだが、パロマのコージン将軍とその配下が送り込まれて奪還されたのである。
「2~3週間前まではルーイン王国の優勢でね。山中のモルド鉱山街まで押し返したんだよ。それが山脈を回り込んだコージン将軍の奇襲を受けて、ドロワ平野まで押し出されちまった。まあ、モルド鉱山街の現状は分からないって話だけど、分断された以上は奪還されたんだろうね」
ベラの言葉にボルドが「そうだろうな」と口にする。鉱山で働かされるのはボルドと同じドワーフ族が多いはずだ。ボルドとしても他人事ではない話であった。
「モルド鉱山街は攻めるは易いが護るのは難ありという場所だ。山脈の下を抑えるか否かが問題だったんだが、まあ知られていねえ迂回路があったんだろうな」
そうボルドは口にする。
「そして現在、圧されていると言っていたが、どこまでやられてるのだ?」
そのバルの問いにはベラが答える。
「ジリアード山脈のこちら側の麓の砦が占拠されて、今はドロワ平野でガチンコの最中ってわけだ。問題なのは戦力が拮抗していることもあるんだけど、今年は不作でね。領主のデイドン・ロブナールの懐がさすがにもうヤバいらしい」
「まあ、途中に何度か休戦を挟んだにしても、もう2年にはなるからなぁ」
そこまでボルドが言ったところで、頭から足が下ろされる。
「おっ」
とボルドが嬉しそうに声を上げたが、ベラに睨まれたのですぐさまシャンッと立った。
「ま、ルーイン王国としてはまずはドロワ平野を征し、山の前の砦を征し、山中のモルド鉱山街を征し、さらに進軍して山脈の向こう側の砦も征する必要があるってワケだね」
それも領主の資金が尽きぬうちにだ。それは中々にハードルの高い話であった。
次回更新は2月18日(火)0:00。
次回予告:『第17話 幼女、特訓をする』
ベラちゃんは新しく入った新人くんの特訓に付き合います。
ゴロゴロゴロと転がしていたら、おやおや中から酸っぱい臭いがしてきたぞ?




