第138話 少女、追撃する
『さーて、ディーナ。肩暖まったかい?』
ベラがそう問いかけながら、鉄機兵『アイアンディーナ』を動かして砦の中庭を進んでいく。
砦内に敵の機体は入り込んでいないようだが、街の方からはすでに戦闘の音が聞こえてきていて、周囲にいる兵たちは不安げな顔をして街の方へと視線を向けていた。
ともあれ、解放軍リーダーであるジグモンドは、つい先ほど周囲の兵を率いて状況の確認と指示を出すために動き出したのだから、彼らに命令が下るまでにはまだ幾ばくかの時間が必要となるはずだった。
『しかし、デイドンコアの魔力残量はもう半分以下かい。まあ、無理矢理くっ付けているから仕方ないが、もう少し根性が欲しいもんだね』
ベラが操者の座の中のメーターのひとつを見て、そう呟く。そこに設置されているのは右の竜腕に内蔵されているデイドンコアの魔力メーターだ。
『アイアンディーナ』の右腕である竜腕の肩部にはデイドンドラゴンの『竜の心臓』が搭載されており、その魔力を用いて『アイアンディーナ』は竜頭盾から強力な火炎ブレスを放射することが可能となっていた。つまりは先ほど砦内へと放ったブレスにより、デイドンコアの魔力は半分以上減っていたのである。
『他の魔力量は問題なし。ロクでもない整備ばかりだったが、よくここまで頑張ってくれたよディーナ』
ここに至るまで戦場に出ることをせず、巨獣狩りを行っていたベラだが、その間の最たる問題は鉄機兵の整備であった。ジャダンの火精機でも一応の整備は可能だが、本職ではない。
ここ最近になって、その問題にも『一応の解決』はついたのだが、それでも本職の整備士を早く見つけたかったというのがベラの本音だ。
その上で信頼置ける整備士となれば……ということで、条件に一致する相手であるボルドを再度手に入れるため、ベラは今ルーイン解放軍に参加してこの街にやってきていたのである。
『しっかし、存外にやられているようじゃあないか』
街から聞こえる戦闘音にベラが笑う。
何しろ味方は占拠した街の中で好き放題されているにも関わらず、慌てているだけだ。
想像以上に己の側の戦力の薄さにベラは笑うしかなかった。そして『アイアンディーナ』が砦の入り口に近付くと、門番をしていた二機の鉄機兵が近付いてきた。
『赤い機体、ベラ・ヘイローか?』
その問いにベラが『そうだよ』と返す。
『街が騒がしいみたいだからね。ちぃと、見てくるさ。あんたらはジグモンドがもうじき指示飛ばすだろうから、それに従いな』
『す、すまない。それじゃあ』
『おい。来たぞ』
門番の鉄機兵の一機が砦の外の通りを指差した。そこには五機の鉄機兵と、周辺を護るように生身の兵たちが陣取って前進していた。
『少ないね。ジグモンドを確保できる前提で動いているのかね。まあ、ひとまずはアレから片付けようかね』
砦の入り口から『アイアンディーナ』が一気に走り出し、翼を広げてわずかに飛び上がった。
『飛んだ? 竜機兵だと?』
そのまま『アイアンディーナ』は建物の上に着地すると飛び降りて獣機兵へとウォーハンマーを振り下ろした。
『ヒャッハーー!』
獣機兵の乗り手の悲鳴が一瞬上がるが、操者の座が潰され、その音もすぐに途絶えた。それを見て他の機体が構えながら一歩下がる。
『報告にあった例のヤツだ。気を付けろよ』
『飛べようが、攻撃するときは降りるんだ』
『取り囲んでしまえ』
そう言い合っているパロマの機体たちを前に、『アイアンディーナ』は獣機兵の一機へと飛びかかり、灼熱化した爪をその胸部へと叩き込んで操者の座を貫いた。
続けてウォーハンマーのピックで後ろにいた鉄機兵の盾をひっかけて剥がすと、踏み込んで仕込み杭打機を打ち込む。
「鉄機兵が抑えている内に囲め」
「いくら強かろうと目を潰されれば、どうにか」
「おい。待て。あいつ、何かやろうと!?」
その間にも生身の兵たちが動き出し、対鉄機兵用兵装を用意していたが、『アイアンディーナ』は動きを止めず、駒のように回転しながらデイドンコアを解放して周囲に火炎ブレスを放った。兵たちは対鉄機兵用兵装を使う前にその場で焼け死に、鉄機兵の一機がその炎に焼かれて乗り手が焼死し、残ったのはどうにかその場を下がれた二機の鉄機兵だけであった。
その後ずさる鉄機兵たちを見て、ベラが笑いながらフットペダルを踏み、愛機を駆け出させる。そして、すでに腰が引けた相手に『アイアンディーナ』が負けるはずもなく、すぐさまふたつの鉄機兵の残骸がその場に転がった。
『ヒャッヒャ。練度はイマイチ。やはり砦の中にいた連中よりも低いかい。まあ、指揮しているヤツの頭は悪くないようだがね』
倒した鉄機兵たちを見ながらベラがそう考えていると、街のどこかで響いてきた爆発音に反応し、眉をひそめる。
『ありゃ、ジャダンか。まったく、あんまりはしゃがれて取り返したもんが傷物になっても困るんだけどね』
やれやれと口にしながらベラは『アイアンディーナ』をすぐさま街の中を駆けていく。
幸いなことに爆発音の出所は街の中心近くのようである。そこは、これからベラが向かおうとしている場所へのルートの途中であった。
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『まったく、無茶しないでくださいよ』
コーザがそう口にしながら、鉄機獣を操縦して街中を走っている。その背にはボルドの地精機とジャダンの火精機が乗っていた。彼らは襲撃を受けた奴隷商の館を抜けて街の中を移動していたのである。
『ヒヒヒ、正当防衛ですよぉ。コーザの旦那』
そう言いながら、ジャダンは己の火精機の右腕の大砲から出ている煙を振って払う。
『その火精機、なんなんだよジャダン』
『言ったでしょー。エクスプレシフが変わったって』
そう言いながらジャダンは、火精機が発生させた魔術『爆炎球』が大砲に三つセットされたのを察して、続けて建物の角へと撃ち放つと、外陰に隠れていたパロマの兵たちが吹き飛ぶのが見えた。
『義手になってから喚び出したら、こうなったんすよ。まあ、使い勝手はいいっすけどね』
『マジかよ。まあ精霊機ってのは、召喚者のアストラル体の延長線上のものだからな。腕ぇ切られたら精霊機の腕も出現しない……はずなんだがな。イシュタリアの遺産がおそらく精霊機の代わりをしてやがるのかもしれねえな』
ボルドが感心しながら頷いている。それほどにジャダンの現象は珍しいものだった。
『けど、さすがに鉄機獣の速度も街中では殺されてしまいます。早いところ、砦に下がった方が……と』
コーザがフットペダルを踏んで横に飛ぶと、建物の角から飛び出した鉄機兵の攻撃を避けた。
『鉄機獣。コーザだな、このコウモリが!』
そう言いながらさらに向かって駆けてくる鉄機兵に、鉄機獣は逃げようとするが、背後にある建物が邪魔して上手くは動けなかった。
『マズいですね。くっ、ボルド!』
『応よ』
そして鉄機兵の振るう剣を、鉄機獣に乗っているボルドの地精機が受け止め、すかさずジャダンの火精機の大砲が胸部ハッチへと向けられた。
『貴様!?』
『ヒヒヒ、この距離なら多分死にますわな』
続いて爆発音が起きて胸部ハッチが吹き飛び、操者の座の中が炎にまみれる。
「ひぃぎゃぁあああああああ!?」
その攻撃で中の騎士が火だるまで飛び出していき、そのまま地面に落ちて死んでいった。
『ヒヒヒ、踊ってる。まるでチチカのようですね』
それは南方にある、火であぶった魚を乾燥させて削った調味料だ。それを思い出して笑っているジャダンを、ボルドが嫌そうな顔をして見ている。
『たく、笑ってる場合か。ほれ、鉄機兵と獣機兵が二機来てる。うぉっと』
鉄機獣が突如として後ろに跳んで、地精機と火精機が揺れる。同時にビチャンという音がして地面に色の付いた液体が流れていた。
『すみません。中に、と。やっちゃいましたか』
コーザが謝罪をしている間に、ジャダンが爆炎球を大砲内で発動させて砲身から火炎を放射して建物の中の人間を燃やしていく。
先ほど鉄機獣が避けたのは、対鉄機兵兵装の色水を投げつけられたためであった。その色付きの粘着性の液体を水晶眼などにかけられると視界を封じられてしまい、鉄機兵の行動が著しく低下するのだ。
『おい。来たぞ連中』
ボルドの焦った声が通信機から響いた。
砦とは反対の側から、鉄機兵と獣機兵の混成の部隊がやってきていたのだ。
そして、犬型の獣機兵の一機が鉄機獣に対して突撃してくる。その攻撃をボルドがソードシールドを前に出して受け止めるが、ジャダンが攻撃を仕掛ける前に獣機兵は跳び下がって距離を取られてしまう。
『チッ、ちょこまかと』
『いいから下がれ。さすがに俺らだけじゃあ勝てねえよ』
『しかし、どこに行けば……あ!?』
言い合うボルドたちの上空を、翼を生やした鉄機兵が飛び越える。その赤い機体は、鉄機獣へと飛びかかっていた獣機兵へとウォーハンマーを振り下ろした。それを見て、ボルドたちが明るい顔になる。
『ご主人様』
『ヒャッヒャ。楽しそうなことしてるじゃあないか。あたしも混ぜな』
そして、そう言ってベラは『アイアンディーナ』の水晶眼を迫る敵へと向けて駆け出したのであった。
次回予告:『第139話 少女、かち割る』
お爺ちゃんたちはワンちゃんに乗ってお散歩。
ベラちゃんも楽しそうで何よりです。




