40、約束
【最終話】
「――必ず連れて帰るから。君も、彼も」
話をつけたというアディスに連れて行かれた先にいたのは、魔物化した父親だった。
「本当にこの魔物が皇国人なのか」
「はい。間違いなく、彼は我が国の軍人です。バルーダで行方不明になっていました」
後から隣に立ったシュカと、アディスはすぐそこで会話をしている。
しかし、その内容が右から左にすり抜けて、ラゼはただただ目の前で鎖に撒かれて氷漬けになっている魔物の顔を見て、呆然とするしかなかった。
「あの。どうしても、わたしの魔法でなんとかならないんですか?」
「ならないよ。魔物に染まりすぎて人の部分が少ないと、存在ごと消えてしまう可能性があるんだ」
これが根拠だと言って、浄化魔法を使うにあたりフォリアが視察に出る前に皇国で実験的に試していた、魔獣や魔物化させた動物を浄化させたデータをアディスは提示する。
「彼が魔物になったのは、おそらく十年前。フォリア嬢の浄化魔法では強すぎるかもしれない。……俺の大切な人の父君だから、慎重に進めたいんだ」
「……そう、なんですね……」
自分の浄化魔法については、感覚で使っていて、その効果はまだ分からないことも多い。
もしかすると目の前のこの人を消してしまうかもしれないと言われれば、フォリアも魔法を使う気にはなれなかった。
「先ほどお話しさせていただいたとおり、彼のことは皇国に連れ返らせていただきます」
「……こちらとしてはメリットしかない。好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
アディスは頷くと、去っていくシュカとフォリアを見送る。
そして、その場に残されたのが、自分と彼女のふたりだけになったことを確認して、アディスをラゼを振り返った。
「…………っ」
そこにいた彼女は、ほとんど放心状態で。
そのままここではないどこかに歩き出して、消えてしまいそうなラゼに、ヒュッとアディスの喉が鳴った。
「バウメルさん! ……リッカさん!」
こんな時に限って偽名で呼ばなくてはいけないなんて。
至近距離で名前を呼んでいるのに反応しないラゼに、焦りが募る。
過去に見た彼女は一度、父親が消えるその瞬間を他人として看取ったことを思うと、苦しかった。
「――ラゼっ」
肩を掴んで、無理やりこちらを向かせて。
やっと目が合ったラゼは、自分の名前を呼ばれて我に返った。
「アディス、様……」
心ここに在らずで、何も言うべきことが見つからない。
「……場所を変えよう。顔色が悪い……」
そう言ったアディスは、問答無用でラゼの手を引いた。
レグスの元を離れる彼らを引きとめる者はおらず、ふたりだけで森を抜けて小さな湖に出る。
「必ず元に戻す方法を見つける。フェデリック教授も約束してくれてる。だから大丈夫。大丈夫だよ」
「そん、な、こと、言われても……」
片手で額を抑えて、ラゼは俯く。
こんなところで父親に会うとは、夢にも思っていなかった。
それも、浄化魔法では効力が強すぎて消えてしまうからと、このまま国に連れて帰るらしい。
情報がうまく飲み込めなくて、今、自分がきちんと立てているのかも危うい。
「送る先の転移装置は準備してある。彼については教授がすべてを管轄してくれる。ちゃんと軍からも許可は降りてるよ」
「………………」
父親に再会できたとして、彼が無事ではないということは当然ラゼも覚悟していた。
最近では被害が抑えられていたが、軍人が魔物化してしまうことも理解した上で仕事をしていた。
頭では分かっていたはずなのに、現実で突きつけられると、ここまで動揺する自分に動揺していた。
(分かってた。分かってたよ。父さんが魔物化してる可能性があることは。――その時には自分であの世に送ってあげなきゃいけないと思ってた)
呆然としていた自分を律するように、ラゼは自問自答する。
(こうやって出会えたのは、むしろまだ幸運で。治る余地があるのも……)
情報を噛み砕き、彼女は気がついた。
「…………どうして、彼がここにいることを……」
「……ちょっと、色々あってね……」
顔をあげて、ここで再会してから事情を話してくれずに苦笑するアディスに「まさか」と思う。
「…………この、ために、わざわざ……?」
「……はは」
笑って否定しないアディスに、ラゼは経験したことのない感情で胸を締め付けられた。
どうやって魔物化したレグスがここに封印されていることを知ったのかは分からない。
だが、ここに来てアディスがしたことは、彼を国に帰すための交渉だ。それに、レグスが国に戻ったあとの手配までしてくれている。
「なんで、そこまで……」
アディスが来てくれなかったら、レグスはフォリアに浄化されていただろう。
本当にフォリアの魔法で消えてしまうかどうかはやってみないと分からないことだが、彼がここまでして止めてくれたことを鑑みれば、その可能性が高かったに違いなく。
目の前で、レグスが消えていたかもしれないと想像してゾッとした。
今はリッカ・バウメルとして、この視察に参加しているのだ。
ラゼとして、別れを告げることも叶わなかったはずだ。
「……君の悲しむ顔を見たくなかった。もう自分には何も残っていないみたいな諦めた顔なんて、二度とさせたくなかった」
「え……」
そんな顔、アディスの前でした覚えはない。
しかし、彼の眼差しは真剣そのもので、まるでこちらの心を見透かしているような鋭さに息を呑む。
「これだけは言っておく」
アディスはいつもの笑みを消して告げる。
「君に何かあったら、俺はその元凶を決して許さない。二度と君に手を出させないし、死にたくなるほど後悔させてやる」
「…………え」
唐突な発言に、ラゼの頬が引き攣った。
「もしもこの先、君が殺されるようなことがあれば、俺は君を殺したやつを、死ぬより辛い目に合わせてやる」
「…………」
急に何を言い出したかと思えば、とても冗談には聞こえないトーンで重い言葉を吐くアディス。
今までの爽やか貴公子が消え去り、普段の彼からは想像しない発言が次から次へと放たれて、ラゼは固まっていた。
「えっと……。どうしたんですか……。アディス様らしくない……。流石に冗談、です、よね?」
「本気だよ」
「………………」
どうしちゃったんだろう、この人――。
父親のことで頭が真っ白になっていたはずなのに、今はアディスのことが難解で、つい素の思考が顔に出ていた。
頭の上に疑問符を浮かべるラゼに、アディスはひとつ息を吐くと、打って変わってその顔に苦笑を浮かべる。
「……だから、ね」
柔らかな物言いに変わり、アディスはそっとラゼの手を取った。
「自分は死んでも構わないなんて思わないで」
祈るように。
彼女の右手を握った両手を、アディスは自分の口元に当てる。
「絶対に無事に帰ってくるって、約束して」
本当にこの人の身に何があったのだろう。
そう疑わずにはいられなかったが、「何があったんですか」と出かけた言葉は声にはできなかった。
壊れ物でも扱うように右手を握っている手が、震えているのに驚いたから。
――ここまで自分のことを考えてくれている人がいるなんて、ラゼは知らなかった。
言葉にして、行動にして。
家族でもないのに、国を超えて自分のために動いてくれている人がこの世にいるなんて、想像すらしたことがなかった。
「…………」
あまりにも人が良過ぎる貴公子に、なんだか毒気を抜かれた。
学生時代に交流があったとはいえ、ここまでしてくれるアディスの優しさに、今は確かに救われていた。嬉しかった。
「これだから、アディス様はモテるんでしょうね」
「――え」
ハハッと笑ってみせるラゼに、アディスはまばたきを繰り返す。
真剣に大事な告白をしているつもりだったアディスからすれば、話題をがらりと変えられて不満だ。
「ちゃんと聞いてた? 俺の話……?」
「もちろん」
ラゼは頷くと、左手でアディスの右手を掴むと、自分の小指と彼の小指を絡ませる。
「――約束します。ちゃんと帰ること。アディス様がそんなことをしなくて済むように」
結んだ小指を軽く振って、ラゼはにかりと笑った。
たとえ本気でなくても、帰ってきてほしいと言ってもらえた。
たったそれだけの言葉と約束が、どうしてだが、特別なものに思えてならなかった。
「それに帰ったら、たくさん話を聞かせてくれるんでしょう?」
忘れたとは言わせないぞと。
小首を傾げて彼に問えば、アディスはフッと花が咲いたように綻ぶ。
「――あぁ。君に話したいことがあるんだ」
『軍人少女、聖女一行を護衛することになりました。 〜勇者に魔王? 聖女は親友!? そんなの聞いてませんけど?〜』
おしまい
駆け足になってしまいましたが、第二部も最後までお読みいただきありがとうございました!!
『軍人少女、』はこれにて完結です。
長い間、大変お世話になりました。
連載を始めたのが2020年のようで、最後までお付き合いいただいた読者様には感謝の気持ちでいっぱいです。途中から感想の返信をストップしてしまいましたが、すべて目を通させていただいていました。心から、お礼申し上げます。
この作品で商業デビューさせていただき、アディラゼには人生を狂わされましたが、とても充実した日々でした!
第二部も、相変わらず書きたいことしか書いてないので、気になる点は多々あるかと存じます、、すみません。二部は、「26、満願」とアディスの回帰がどうしても書きたくて始めてしまった、作者の未練の塊です。
そして、どーしてもふたりのこの先を見たかった為、
こちらの枠とは別に外伝を投稿させていただきます。
外伝は
「軍人令嬢、政略結婚することになりました。〜青の貴公子に溺愛される!? そんなの聞いてませんけど!?〜」でお送りいたします。
アディスとラゼのその後が気になる方は、暇な時にでも読んでやってください。こちらも作者の書きたいところだけ書いてあります()
それでは、またどこかで!




