39、再会
その人は、ボロボロで。
いつも飄々として綺麗な笑顔の絶えない顔を、目が合った瞬間に歪めた。
「えっ。アディス様!? なんでここに!? それに、その怪我はどうしたんですか――」
フォリアが驚いて声をかけているのも、ほとんど無視して、彼はただひたすら真っ直ぐにこちらに歩いてくる。
(……え。な、なに? どうしてアディス様が――)
混乱するリッカに向かって一直線なのを見て、隣にいたハルルも何を悟ったのか、そっと彼女から距離を取っている。
まさかただの荷物持ちの自分に用があるとも思えないのだが、アディスが今まで見たことがないほど満身創痍で、迫ってくるから動けなかった。
「え、あの。え? その、出発の日、以来、です、ね?」
もうすぐそこに彼がいて。
黙っているのも不自然かと思ったリッカは、カタコトになりながら口を開いた。
こちらが話しかければ、何かしら返してくれるだろうと思っていたのに、そろそろ止まるだろうと予想していた位置になってもアディスの歩みは止まらない。
「――え」
一体どこまで迫ってくるつもりなのか??
ぎょっとして一歩後ずさる。
その次の時には――ラゼはアディスの腕の中にいた。
「やっと、会えた。やっと……っ」
すぐ真上から、泣きそうな声が降ってくる。
何がどうなったらこんなことになるのか、事情を知らないラゼは、どうしていいか分からなかった。
「あっ、あ、あの???」
ただただ狼狽えて、されるがまま抱きしめられる。
「いっしょに帰ろう。俺たちの国に――」
いっそう抱きしめられる力が強くなった。
かと思えば、ガクンと身体が揺れて。
ハッとして抱きとめて顔色をうかがえば、彼は意識を失っていた。
「え。アディス様!? アディス様!!」
限界だったのだろう。よく見れば目の下にはクマが浮かび、服は破けて傷だらけだ。
どうして、宰相の息子で青の貴公子とまで謳われる文官様がこんな状態なのか?
(一体何が。アディス様がここまでになってしなきゃいけないような、事件が……?)
頭の中では彼が来る理由を探るのに、思考が回転する。
もし彼が自分の力を必要としてここまで来たとすれば、それなりの大事だ。
「お疲れみたいっすね!」
その場の全員の視線が自分に注がれる中、全く空気を読まずにアディスの身体を肩に担いだのはハルルだ。
こんなところにアディスがいるのに、慌てた様子がないハルルにリッカは眉を顰める。
「…………。ハルルさん、彼が来ることを知ってたんですか……?」
「まあ、国で色々あったみたいで。――とりあえず、間に合った?みたいでよかったです」
「……?」
ハルルには知らされているのに、自分まで情報が降りてこないなんてことはあるのか。
「すいませーん! ちょっと治療をお願いしてもいいっすか!」
猜疑に目を細めるが、ハルルはアディスを移動させるために切り替えてしまって、こちらの質問には答えてくれなそうになかった。
◆◆◆
「――っ! ラ、ゼッ!」
意識が覚醒して、アディスは真っ先に彼女を探した。
不甲斐ないことに気を失ったらしく、テントの中に用意された寝具に寝かされていて、身体を起こす。
周囲を確認しようと横を向いて、目が合った人にアディスは絶句する。
「…………おはよう、ございます……」
そこにいたのは、瞳を青く染めて髪を伸ばした彼女で。
見た目を変えて、性格を変えて、名前を変えていても、確かに存在しているラゼに、アディスは言葉が出なかった。
ラゼが生きてる。
すぐそこにいる。
もう二度と会えないかもしれなかった人が、目の前にいる。
「――!? ッ、ッ!!」
これは、夢か。――いや、夢であってたまるか。
口元に手を当てて、彼女にやっと会えたことに歓喜し、そしてつい先ほど自分がしでかしたことを思い出して、声にならない声を喉で殺した。
「……気分はいかがですか? 急に倒れてしまったからびっくりしたんですよ……?」
人当たりの良い、冒険者の役を演じているラゼは他人行儀だったが、それでも心配してくれているのが嬉しくて。
アディスは待ち望んだ再会に、胸がいっぱいいっぱいになるのを、なんとか紛らわせようと、深く息を吐く。
「だ、大丈夫。驚かせて、ごめん……」
「いえ! 謝られることは何も!」
ぶんぶん頭を振るラゼの横には、水の張られた器とタオルが置かれていた。
ふと気がついて自分の姿を見れば、汚れた服は着替えさせられて、身も綺麗になっていると気がつき焦る。
「えっと、俺が倒れた後って……」
「ハルルさんがここまで運んでくださって、聖女様が治療をされた後は、彼が着替えとかしてくれてましたよ」
「そっか……。彼は今?」
「隣のテントで、シュカさんたちと何やら話し込んでいるみたいですよ」
「わかった。ありがとう」
視察の定期報告の際に、ハルルにはラゼが危険な立場にいることと、北部の魔物については浄化しないようにして欲しいと伝えていた。
その説明については、アディスの仕事だ。
やるべきことは終わっていない。
こんなところで寝転がっている場合ではなかった。
床に敷かれた寝具から出ると、すぐにそのテントへ行こうと立ち上がろうとした。
「――待って、ください」
それを引き留めたのは、何が起こっているのかひとりだけ聞かされていないラゼだ。
「……どうして、あなたがここに」
問わずにはいられない。
彼女の青い瞳はそう語る。
「…………」
答えに悩んだ。説明するには、話が長くなる。
それに、今はリッカである彼女に語るには相応しくない話だ。
悩んだ末、立ちあがろうとしたアディスは膝を折ったまま、ラゼに向き合う。
「君に会いたかったから。それだけだよ」
そして、そう言って苦笑した。
結局、それ以外に目的なんてなかった。
それが全てだった。
あとは、彼女と彼女の父親を国に帰す。
そして、また「ラゼ」と呼べる日常に戻る。
そのためだけに、ここに来た。
「帰ったらたくさん話したい。それに、君の話も聞かせてほしい」
腑に落ちない顔をしているラゼに、アディスは今は許してほしいと困ったように眉尻を下げるしかない。
ラゼは納得していないからか返事はしなかった。
困らせていることは百も承知だから、アディスは次こそ立ち上がる。
「もう行くね。ちょっとやることがあるんだ。心配しなくてもすぐ終わる――」




