38◆成就
「おい、ウェルラインの息子。何故、未だにこんなところにいる」
命さながら地上に出れば、そこには厳つい顔にパイプを咥えた男が仁王立ちしていた。
彼こそは、この国の将軍のクラロドス・ハッシェ・ゼーゼマンである。
まさかこんな大物まで、わざわざ出てくるとは思っておらず、アディスは絶句した。
「用意周到なのは評価するが、おまえは少々周りが見えすぎるな。色々なものにを手を出しすぎる」
ゼーゼマンはパイプを加えて、息を吐いた。
アディスとて、好きでこんな場所で足止めを食らっている訳ではない。
ただ、突き止めた元凶が想像以上に大きな団体で、潰すのにもそれなりの労力を割かねばならず、ウェルラインに全ての責を負えと言われたからにはやり遂げずには前に進めなかった。
何より、自分が囮になったから、この速さで片がついたのだ。
イタチごっこになることを避けるためには、これが最善の選択だった。
――しかし、ゼーゼマンの言う通り、未だにラゼの元に行けていないのは事実である。
アディスは何も言えずに、滴る汗を拭う。
次から次へと壁が立ち塞ぎ、息を整える暇すら与えてもらえない。
「こっちのことは捌いてやる。さっさと行け。――ああ。ここからだったら山越えが早いだろうな」
転移装置で飛ばされたのは皇国北部らしく、視界の端には山脈が佇んでいる。
当初の予定では正式な手順で入国するはずだったが、提示されたのは、一番過酷な道だ。
年中雪を被っている厳しい土地でありながらも、凶暴な魔獣が棲む山々。
まず、普通の人間なら近寄らない場所だ。
不法入国の手段として使われても、無事に国を渡れないことで有名なくらいである。
それでもこの道が一番の近道で、ここを超えさえすれば、ラゼのいる共和国北部に行くことができる。
――上等だ。
使えるものは全部使って、全力で彼女の元に行くと決めた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「フンッ。ひとつ貸しだ」
ゼーゼマンは控えていた部下に、目で合図する。
準備は万全のようで、山越えのための荷物が詰め込まれたカバンがアディスに渡される。
どうやら、今すぐ出発しろということらしい。
この一件が片付いたら、すぐに出発する予定だったので、手間が省けた。
そして、事件のあった二時間後。
「――邪魔だッ! どけ!!」
果たして、彼がこれほどまでに声を荒げたことがあっただろうか。
アディスは反対を押し除け、襲ってくる魔獣を斬り倒しながら、強行していた。
◆◆◆
視察は順調だった。
途中、シュカ・ヘインズとの話で狼牙についてフォリアが苦しそうな顔をしているのを見た時には、申し訳なくてどうしようもない気持ちになったが、それでも、フォリアが反論してくれたことが嬉しかった。
四年ほど前は、貴族だらけの学園に通わされることになって面倒だと思っていたけれど。
彼女と……彼女たちと出会えたことは、間違いなく感謝していた。
フォリアの隣で護衛しているのが自分ではないことに、少しの不満を抱きつつ。
それでも、彼女を守れるだけの距離にいられることに、意味があった。
旅の最終目的地である魔物化した被害者たちの隔離された北部の森にたどりついて。
結界で押さえ込まれた患者を戦闘不能にして、フォリアが浄化魔法で人の姿に戻していくのを安全な場所で待っていた。
それから二週間をかけて、フォリアは結界内に隔離されていた患者たちを治し続けた。
そして、最後の最後に、それは待ち構えていた。
「……封印?」
「結界魔法と違って、完全に相手を封じるための魔法だ。一番奥に、俺たちではどうしようもなかった人……いや、人だったのかも怪しい化け物がいる」
森の麓に置かれた石造りの山城を拠点にして、夜はきちんと休息を取る習慣ができていた。
夕食は基本的に、集まれるだけの人で食べるのがお決まりになり、思った以上に懐かれたソルドに誘われて、リッカとハルルも食堂の端に座っていた。
身体強化の延長で聴力も多少いじれるので、ハルルとふたりで耳を澄ませていれば、そんな内容がフォリアとシュカの口から聞こえてきた。
「どこから出たのか、分からないことだらけのやつだ。俺たちは生物兵器として、向こうの大陸から来た魔物だと分析している。……が、正直それすら分からない」
「……そんなに、他の害獣や患者さんとは違うんですか……」
「ああ。明らかに違う」
シュカは神妙に頷く。
「とにかく、あれも浄化させるしかないだろう。できなければ、永遠に殺すこともできないまま封印されているしかない」
「……どんな状態でも、最善を尽くします。それがわたしの仕事です」
「……あんたには感謝してる」
そこまで言って、シュカはこちらを振り返った。
急に視線がぶつかってピクリと反応したのは、正面に座っていたハルルだ。
足音がどんどん近づいて来て、止まったのは自分のすぐ後ろ。
リッカは横目でちらりと彼を見上げる。
シュカの目当ては、ハルルのようだ。
「皇国軍中尉。そっちの知恵も借りたい。この中じゃ、一番魔物には詳しいだろ」
「……へぇ。そんなにヤバイんだ」
初めてシュカがハルルに協力を仰いだ。
最終地でもう終わりが見えているというのに、彼がハルルに声をかけた行動には重みがあった。
「協力すんのは別に構わねーけど。俺、リッカさんを守るのが第一優先なんだよなー?」
「えっと。あたしのことなら、ここで待っているので……!」
「いやいや。それでもしリッカさんの身に何かありでもしたら、オレ、国に帰れねぇっすよ」
渋ってみせるハルルに、シュカがリッカを見下ろす。
「あれに近づけるよりは、ここの方がはるかに安全だと思うが」
「えぇ? そう? 聖女サマが一番護衛固いでしょ?」
「当然だろ。この中で唯一、死ぬことが許されていないのは彼女だ」
さらりとストレートな物言いをするシュカだが、ハルルも引く気はないらしく。
「オレはリッカさんのそばを離れる気はない。それだけは譲れない」
まあ、リッカとしては、聖女の近くにいた方がいざという時に動きやすい。
しかし、どう考えても足手纏いにしかならないのだから、その提案はいくらなんでも通らないのでは……。
そう思って、困った顔をして行く末を見守っていると。
「……分かった。ただ、万が一の時は優先できないぞ」
「んじゃ、交渉成立だな! オレもリッカさんを優先させるから、そこは恨みっこなしってことで!」
本人の意思は関係ないそうだ。
目の前で話が決まって、リッカは小さく息をつく。
「……リッカおねぇちゃんには、ぼくがついてあげるよ」
「ありがとう。ソルドくん……」
その様子を隣で見ていたソルドが気を遣ってくれるから、リッカは肩をすくめて苦笑した。
――この時、多少無理を言っても行かない選択をしていたら、違う驕輔≧譛ェ譚・繧ゅ≠縺」縺溘?縺九b縺励l縺ェ縺
「………………ぇ」
その日。
ソレが封印されているという森へ、リッカは聖女と共に足を運んだ。
そして、そこにいた人を見て彼女は言葉を飲む――。




