36、星下
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「オマエの策に乗れば容易いと思っていたんだがなぁ」
男は深くため息をついた。
「まさか狼牙が死ぬらしいとは。それでは計画が台無しだ。あれだけの逸材を死なせるなんて、当然、この世界の損害になるに違いない」
老齢の低い声だが、はっきりと聞き取りやすいその声は、星に祈りの言葉を捧げるために鍛えられた喉から放たれる。
「ハァ。それにしても。忠告はありがたいんだが、新しい予言者は少々見えすぎるな。大婆くらいがちょうどよかった」
ハァ――と。ため息をもう一度吐く。
恰幅のよい腹が上下して、服の装飾が揺れる。
部屋にいるのは彼を含めて五人。
三人控えているのは、彼に服従する側仕えであり、先ほどから微動だにせず壁の前に直立していた。
そして、男の前に跪く女がひとり。
「せ、星下……」
彼女は恐怖を浮かべ、震える声で彼を呼んだ。
その敬称で呼ぶことができるのは、この国ではただ一人限り。
星の導きを信仰する教会の頂点に座す者だ。
「オマエもこの国を、ひいては世界を案じて動いたことはワタシも知っている。今まで好きにやらせていたが、どうやら自由にさせすぎたようだな」
女の吸っていたキセルの独特な煙の匂いが染み付いた部屋に、なんの前触れもなく乗り込んできた教皇は、背中で両手を組んだまま彼女を見下す。
「お、お許しを。あなた様のためだったのです。決して、決して星下の道を遮るつもりなどっ」
「オマエの意見は聞いていないよ」
「――っ」
表情ひとつ変えずに切り捨てる教皇に、女は震え上がる。
「オマエは知らないだろうけど、この世界は異界から来た人間によって繁栄してきたんだ。彼らの与える技術は素晴らしく、今も我々の生活を支えてくれている」
ひとりで話すのが好きな男だ。
一方的に聞かせて、側仕えを振り向く。
「教会の書庫に残された書物では、異界の人間は百年近くを生きるらしい。この世界では長くても八十までだ。あと二十年以上も生きられるなら、もっとやりたいことができるんだがなぁ?」
同意を求められ、側仕えの三人はそれぞれに肯定する。
彼らの肯定を見てから、教皇は女を見返した。
「オマエも長生きしたいよね?」
「――は、い。ハイッ」
懸命に頭を縦に振る女に、彼は目を細める。
「嘘はよくないな」
それは今までで一番低い声だった。
場の空気が一瞬にして凍りつき、希望を見た女は一気に叩き落とされる。
「長生きしたい人間は、こんなものを吸わないだろう」
転がっていたキセルを、教皇は踏み潰す。
「ワタシは嘘をつく人間が一番嫌いなんだ。残念だよ」
「ぁ、あ、あ――」
絶望が溢れた音は、すぐに止まった。
「さてと。後始末は任せるよ」
「御意に」
返事をしたのは、つい先日まで女の下で働いていた男だった。




