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【web版完結】軍人少女、皇立魔法学園に潜入することになりました。〜乙女ゲーム? そんなの聞いてませんけど?〜  作者: 冬瀬
軍人少女、聖女一行を護衛することになりました。 〜勇者に魔王? 聖女は親友!? そんなの聞いてませんけど?〜
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30*認めない










 ――――――――頼む。娘を。











 知らない男の声が聞こえたかと思えば、一気に意識が覚醒した。



「――――――ぁぁああああ!!!」



 アディスは飛び起きた。

 長い長い、地獄を見ていた。

 最後に見えた、青白く血の気の引いた彼女の顔が脳裏にこべりついて離れない。


 これはなんだ。夢か。現実か――?


 鳴り止まない自身の激しい鼓動と、震えに混乱していた。


 まるで生きた心地がしない。

 嫌な動悸と汗が止まらない。

 ついでに、流した覚えのない涙まで流れている。

 

 ベッドの上で、心臓の上を握りしめて。

 アディスは転げ落ちそうになりながら、部屋を出た。


「ぼっちゃま?」

「――にち、だ」

「え……?」

「今日は何年の何月何日……!?」


 メイドのココを見つけると、掴み掛かる勢いで尋ねる。


「こ、皇国暦786年の、5月29日ですが……」

「……………………………………は……」


 答えを聞いて、アディスは絶句した。

 


 ――馬鹿な。そんなはずはない。

 5月29日は()()()()()()()()



 昨日は……地獄のような長い長い夢を見たはずの日は、八月の末。

 普段通り仕事をこなして、この屋敷に帰宅して眠りについた。間違いなく。

 それなのに、一体何がどうなったらこんなことになるというのか。

 


「……朝から騒がしい」


 そばの扉が開くと、寝起きのウェルラインが不機嫌な表情を浮かべて廊下に出てきた。

 その後ろには、上着を羽織った母親も心配そうな顔でこちらをのぞいている。


 自分だけがあの地獄に取り残されたまま、アディスはウェルラインに喰いかかった。


「――彼女はっ、ラゼ・シェス・オーファンは!? 今どこに!」

「おい……」


 ウェルラインの腕を掴み、彼は尋ねずにはいられなかった。


「答えてください。お願いします。場所じゃなくてもいい。安否だけでも――」

「アディス」

「彼女が、あんな……あんなことになる訳がっ」

「アディス!!」


 ――ぱんッ、と。

 乾いた音がして、アディスは我に返った。


 何が起こったか分からずにいれば、何やら頬に違和感がある。

 どうやら平手をくらったらしいと気がついたのは、その違和感が痛みだと遅れて理解した時だった。

 しがみついて視点が合わないアディスを叩いたウェルラインは、険しい眼差しで彼を見下ろす。


「寝ぼけるのも大概にしろ」

「……………………っ、……っ……」


 はくはくと口を開いて閉じて。

 アディスはようやくウェルラインを掴んでいた手を離した。


「…………すみ……ません…………」


 未だ混乱が収まらないアディスはなんとか謝罪を口にしたが、地面に足がついている気がしない。

 そんな彼を見かねて、ウェルラインは溜息をつく。


「…………何を騒いでいるのか知らないが、彼女なら無事だ。とうに目を覚まして任務を再開している」


 それがどういう意味なのか、飲み込むのに数秒かかった。

 空回りする思考を、なんとか遡って記憶を整理する。


 本当に――。

 もし本当に、今日が5月29日であるのならば。


 ウェルラインが言っている「とうに目を覚まして」とは、彼女が爆破事件に巻き込まれて意識不明の状態になった件のことだろう。



「……………………………」


 アディスは黙り込んでしまった。


 ――これは、何かの術中か?


 時間が巻き戻る、なんてことが果たして起こりうるのか。少なくともそんな危険な魔法が実在するなんて、噂ですら聞いたことがない。

 そもそも、自分がその場にいるはずがない状景を見ていたが、あの夢も本当にただの夢だったのか?


 何が現実なのか、分からない――。


 

「!? アディス、あなた……!」


 無言で思考の渦でもがくアディスの異変に気がついたバネッサが、驚いた顔でウェルラインを押しのける。

 どうして母親がそんな顔をするのか分からずにいると、つぅーと何かが垂れた。

 はっとして口元に手を持っていけば、血がついている。


「…………え……?」


 人より少しばかりよく回る頭が、悲鳴をあげていた。

 酷使するほど魔法なんて使っていないのに、鼻血が出ていた。


 そこで彼を囲んでいた夫妻とメイドも、どうやらただごとではないようだと目の色を変える。


 が、少し遅かった。


 三ヶ月分の記憶と、知るはずがない彼女の結末の情報処理に襲われたアディスは、ぐるりと目を回した後、糸が切れたようにその場に卒倒した。





 ◆


 



 高熱にうなされて、アディスは三日三晩寝込んだ。

 もともと人より多くの情報を記憶してしまうタイプの彼だ。一気に無理やり詰め込まれた記憶を処理するのに時間が必要だった。


 彼の身に何が起こったか分からないザース家は大騒ぎである。


 まず、何者かによって魔法にかけられた可能性が疑われた。

 主治医を呼ぶのと一緒に幻術系の使い手も呼んで様子を見たのだが、どうやら魔法をかけられているわけではないらしく。

 それならそれで、この症状は異常だということで原因を突き止めることになったのだが、アディスが目覚めるまでにその答えは見つからなかった。


「――ああ! ぼっちゃま! 目を覚まされて!!」

「…………心配かけてごめん。どのくらい、寝てた?」

「三日ですよ。本当に心配したんですから!」


 目が覚めて呼び鈴を鳴らすと、メイドのココが飛んできた。

 シワの増えた目尻に安堵を浮かべるココに、アディスはやっとまともに動くようになった頭で、改めて状況を整理する。


「……今日は6月1日であってる?」

「さようでございます」


 どうやら、これは現実らしい。

 三ヶ月前に時間が巻き戻っている。


 現実離れし過ぎていて、何かの幻術にでもかかっていると言われた方が納得できるのだが、それを確かめている猶予などない。

 今動くこの身体がこの世界にあるというのなら、そんなことを危惧している場合ではないのだ。



 ――この世界には、ラゼが生きている。



 ならば、何よりもまず、彼女が無事に任務を終え、生きて国に帰ってくることを確かめるのが最優先事項だ。


 叶うことなら、今すぐにでも会いに行って、生きていることを確かめたい。



「アディス! あなた、やっと目を覚ましたのね!?」



 遅れて部屋に入ってきたバネッサに、表情を切り替えてアディスは苦笑いを浮かべる。

 ココと同じように心配させた母親に謝ると、とりあえずシャワーを浴びて着替えると、軽く食事を摂ることにした。


「見たことないほど取り乱してると思ったら、急に倒れて一体何事かと思ったわ……」

「…………ごめん。俺もあの時は混乱してて」


 ウェルラインは仕事で屋敷にはいなかった。

 バネッサに見守られながらスープをすくい、はやく体力を戻すために飲み込む。


「原因に心当たりはあるの? 正直、あの時のあなたは異常だったわよ」

「……………………」


 あの父親にも情けない姿をさらしてしまった。

 嫌な記憶が増えて、アディスは心の中でいらない感情を噛み砕く。

 邪魔な思考は奥に追いやり、何故自分がこうなってしまったのか原因を考えることに集中する。


「地獄みたいな夢だったんだ」

「…………夢……?」


 アディスは首肯した。


「俺の手が全く届かないところで、友人がむごい死に方をした。心臓が止まって機能しなくなった身体で帰ってきた彼女の顔も、はっきり見た。――とても、ただの夢とは思えない夢だったんだ」


 主語は濁されていたが、誰がそうなってしまった夢なのかなんて聞くまでもない。

 バネッサはそれをただの悪夢だと馬鹿になどせず、黙って息子の話を待つ。


 真剣に自分の話を聞いてくれるのを見て、アディスは一息おいた。


 ――時間が巻き戻っているかもしれない、ということについては、今話す必要はないだろう。


 夢はただの夢で終わらせられるが、この件は簡単に口に出してはいけないことくらい容易に想像がつく。

 確実に、禁術に分類される類の魔法だ。


 その件を除いて、どうしてあんなものを見せられたのかを考えるが、何の前触れもなく起こったことであまりにも手がかりが少ない。



 ただ、ひとつだけ。

 冷静になった今だから分かることがある。



「そして夢の最後に、声が聞こえた」



 望みをかけた男の声だった。

 その声を、アディスは知っていた。

 正確に言えば、夢の中にだけ出てきた声を覚えていた。



「…………あれは、レグス・ナギ・オーファン大佐の声だった。ラゼの父君の。間違いなく」




 急に出てきた名前に、バネッサがどういうことだと目を細める。


「あなたがレグス大佐の声を知る機会なんてないはずよ」

「……それでも夢で聞いたんだ……」

「……………………」


 アディスの見た夢は、レグスの封印が解かれるところから始まった。

 リッカに扮したラゼがレグスを見て、愕然としているのも見た。

 レグスが黒焔に燃やされ、フォリアの浄化されて消える最中、それを何も言わずにただ遠くから見つめることしかできない彼女も見た。


「夢では、大佐は魔物化して共和国の北部に封印されていたんだ。……それをフォリア嬢が浄化したけど、魔物化して時間が経ち過ぎたからか、彼は砂のように崩れて消え去ってしまった」

「――!」


 バネッサは目を見開く。


「彼女はそれをただ見てた。荷物持ちとして」

「…………なんて……なんてこと……」


 夢の話だと分かっているだろうに、バネッサは口元に手を置いた。想像するだけでも胸が痛いのだろう。この人も、ラゼのことを特別に思っているらしいから。


「彼女が死んでしまったのは、もっと他の……口にすることすら拒絶したくなるような理由だったけど……。蘇生しようとしても帰ってこなかったのは、そういう状況もあったからだと思う……」


 アディスはスプーンを握ったまま、机の上で拳を作る。



「俺には、あの夢が、とてもただの夢だとは思えない」



 喉から搾り出した声は、重かった。


「確かめてみて、夢がただの悪夢ならそれでいい。これからの行動に対する責任はいくらでもとる。たとえどんなことでも受け入れる」


 彼女がいない世界を生きるなんて、これまで考えたこともなかった。

 たとえ違う道を歩んでいても、自分が頑張りさえすればいつかは彼女のために何か役立てる人間になれると思っていた。

 ずっと同じ世界にいてくれると思っていた。

 

 これほどまでに自分の人生を変えた彼女が、消えるなんて。殺されるなんて。


 そんなことは、認められない。

 認めてたまるものか。




「――だから、今は行かせてほしい。彼女のところに」


 



(終わってたまるかぁああ!!!!

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― 新着の感想 ―
父さんの力か?
[良い点] アディス!! 頑張って!!! 、、、とりあえず、希望の光が!
[良い点] こういうのなら夢オチでもいいや 俺は悲しい話が苦手なんだ、、
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