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【web版完結】軍人少女、皇立魔法学園に潜入することになりました。〜乙女ゲーム? そんなの聞いてませんけど?〜  作者: 冬瀬
軍人少女、聖女一行を護衛することになりました。 〜勇者に魔王? 聖女は親友!? そんなの聞いてませんけど?〜
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27、無情

本日3話分投稿です。(1/3)







 うまく、心が、動かない。





 まあ、それもそうか。

 今の自分はリッカ・バウメルで、今し方浄化されて消えていった男は知らない人だ。

 彼が消えたのを見て泣くのはおかしいから、涙が出てこないのは、おかしくない。


「っ、リッカ、さん……っ……」


 だから、全て終わったのを見送ったハルルが、一番に自分の元に駆けつけて珍しく顔を歪めて見つめてくるのを、リッカは笑って受け止めた。


「お疲れ様です。ご無事で何よりです」

「…………」


 その答えに、ハルルは込み上げるものと一緒に息を吸って肩をあげる。


「あとは国に帰るだけですね」

「………………」


 ハルルは黙ったままだった。

 少し怖いくらいの深刻な顔をされている。

 彼がそんな顔をする必要なんてないのに。


 ――それにしても。


 今回は、本当に出番がなかった。

 フォリアを守るためにわざわざモルディール卿が配置してくれた訳だが、他にも優秀な護衛がいたし、杞憂に終わってよかった。

 帰りは転移装置でひとっ飛び。今日が山場だった。

 特に騎士のシンディは献身的にフォリアに仕えており、ほとんどそばを離れない。優れた護衛だった。


 きっと自分がいなくても、視察は遂行された。


(………………いらなかったな……私……)


 思ったことは音にはならなかったが、その目には仄暗い影が落ちる。

 何もないに越したことはないのに、何故、こんなに虚無感に苛まれるのだろう。


 その時、ぽつりと頬に冷たいものが落ちてくる。

 空を見上げれば、いつの間にか風に運ばれて来た黒い雲が雨を降らせ始めた。


「城に戻るぞ! 荷物をまとめろ!」


 シュカの号令で、一斉に部隊は動き出す。


 ただ、ひとり。

 フォリアだけは、崩れて消えていったレグスがいた場所に膝をつく。

 何をするのか目が離せずにいれば、彼女は両手を握ってレグスに祈りを捧げていた。


「……風邪ひきますよ」

「ありがとうございます」


 じっとそちらを見ていると、上着を脱いだハルルが服をリッカの頭に被せる。


「あんまり、ぼくの出番なかったなぁ……」

「そばにいてくれるだけで心強かったよ。ソルドくん」


 隣からしょんぼりした声が聞こえて、リッカは苦笑した。


(……私、今、ちゃんと喋れてる……よね……?)


 今し方彼に言った言葉がすべったような気がするのを、笑って誤魔化す。

 何故だか知らないが、さきほどから地面に足がついている感じがしない。


「雨、強くなってきたねぇ。はやくもどろ〜?」


 ソルドに促されるまま、簡易テントを張って馬を待たせていた拠点に歩いて戻る。


 雨がどんどん強くなる中、パシャパシャとできたばかりの水溜りを誰かが前からかけてくる。


「――シュカ!」


 シュカの部下が慌てた様子で彼を呼んだ。

 ちらりとリッカたちの方を一瞥しつつ、その男はシュカの耳に頭を寄せる。

 男から報告を受けたシュカは大きく目を見開いた。


 そして、


「止まれ。荷物持ち」


 彼は険しい眼差しで、リッカを止める。

 彼の声と表情に、嫌な予感がした。

 足を止めて、リッカはゆっくりそちらを振り返った。


 目の前まで距離を詰めてくるシュカに、ハルルが自分を庇うようにして前に出る。


「……何の用。穏やかじゃあねぇみてーだけど」


 シュカのほうがハルルより背が高い。

 冷徹な目でこちらを見下ろすシュカを、ハルルは下から睨み上げる。

 



「今、支援物資の食糧を食べた人たちの間で体調不良者と死人が出たと連絡があった」


「………………………………は……?」




 告げられた内容に、ハルルが顔色を失った。

 そばにいたソルドも絶句してリッカを見返る。



「悪いが原因が分かるまで、あんたたちは拘束させてもらう。無罪なら大人しくしてろ」



 雨が降りしきる中。

 リッカはシュカに言われたことが、すぐに飲み込めずに呆然と立ち尽くすしかなかった。





 ◆◆◆





 この乙女ゲームだったらしい世界において魔法とは、所持した魔石から引き出す力のことである。

 無力化するのは簡単で、魔石を奪えばいい。

 無論、毒を紛れ込ませた容疑のかかっているリッカも、魔石のついたピアスを外さねばならなかった。


 こうなると、自身の存在価値などないに等しい。


「…………すみません。リッカさん……」

「……ハルルさんが謝ることは……」


 山城の地下にあったおあつらえ向きの牢屋に監禁されることになってしまったふたりは、非常にまずい立場にいた。

 もし報告が事実なら、国交問題に直結する。

 これを理由に、やっとの思いで手に入れた終戦がパァになるかもしれない。

 そう考えるだけでも吐き気がした。


 部屋の隅で膝をかかえたリッカは、唇を噛み締める。

 

(――最悪だ)


 事実がなんであれ、今この状況に陥っている時点で最悪だ。

 物資を配布した後に誰かが混入させた可能性がまず浮かぶが、元敵国のこの国で、それを厳正に証明してもらえるだろうか。

 もし仮に運んだ荷物に毒物が混ざっていたとしたら、自分だけの責任になるならともかく、ハルルやユーグも罪に問われることになる。


(せめて、中尉だけは……)


 俯いた視線をあげて、正面の牢屋に放り込まれたハルルの様子を伺う。

 上官として、彼だけは国に帰したい。

 ……帰したい、のだが……。



「正直に言えよ、皇国軍人。お前らがやったんだろ」



 見張りのミザロは、これまでより一層煮詰まった敵意をもってハルルを睨んでいた。


「ハッ。んな訳あるかよ。ミザロっちだって、ずっと一緒だったんだから分かるだろ」

「うるさい!! 皇国人がやったに決まってるだろうが!!」


 これまで口数の少なかったミザロは、声を張り上げて怒鳴る。

 その目は憎しみに染まっていて、とてもこちらの話に耳を貸してくれそうにない。

 容疑者になってしまったからには、無罪を主張するかしないのだが、この状態ではいつどこでソレが混ざったのかも分からなかった。


 仕事は確実にこなした。

 ユーグが用意した物資は、共和国側の人員も立ち合いのもとチェックがされていた。


 ――正直、疑い出したらキリがない。


 今できることは、ただ事件の真相が暴かれるのを待つことだけだ。

 逆に言えば、ここで不審な動きをひとつでも見せれば、フォリアが積み重ねた皇国に対する信用は地に落ちる。


(…………本当に、最低だ……)


 彼女のために選ばれたのに、この体たらく。

 足を引っ張る――なんて表現では生ぬるい。


 それなのに自分の力だけでは、どうにもできない。


 冷静にそう悟ってしまったリッカの目の前は真っ暗だった。



 


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