25、二律背反
「俺の家族は狼牙に殺された」
旅も終盤。互いの理解を深めて語り合うなんて、よくある成り行きだ。
しかし、シュカから聞いた彼の過去を聞いたフォリアは明らかに顔色を失っていた。
曰く、優秀な人材から狼牙の餌食になり、自分の家族も殺されたのだと。
曰く、戦場から――否、ソレから逃れる為には冒険者になるしかなかったと。
彼がなぜ冒険者という地獄を選んだのかを知って、フォリアは何も言葉が出ない。
他の仲間も一緒に丸くなって同じ鍋の飯を食べていた彼女は、急に食事の味が分からなくなっていた。
「もしかしたら、あんたの護衛に来るかもしれないなんて思っていたが、さすがに無かったな」
そんな風に苦笑を交えられるが、全く笑えない話だ。
その狼牙というのが誰なのか、フォリアはもう知っているのだから。
「……? 聖女?」
隣で前を向いて話していたシュカは、フォリアから何も返事がないことに気が付いて、顔を覗く。
そして、真っ青な顔をしたフォリアに彼は閉口した。
「…………どうした。酷い顔色だ」
「い、え。す、みません。なんでも、ないです……」
明らかに動揺している彼女に、シュカは察した。
――もしかすると、この聖女は狼牙と面識があるのではないかと。
「知人だったか」
率直に切り込んだ彼に、フォリアはびくりと肩を揺らした。
もともと隠し事ができないタイプだ。
内容が内容だけに受けた衝撃も大きくて、到底自分を繕うだけの余裕もなかった。
「今の話は忘れろ。恨んでいないと言えば嘘になるが、
あんたの知人を侮辱したい訳じゃない」
「………………」
フォリアははくはく口を開けては閉じる。
まさかこんなふうにして、彼女のことを聞くとは思っていなかった。少し考えれば分かったことなのに。
今まで、とにかく魔物の脅威を去ることばかりに必死になっていて、戦火の傷が見えていなかった。
「えー。おれはどんなヤツかは気になるけどな! たとえば、亡霊には脚があるのかとか?」
重い空気には場違いな、陽気な声。
酒を片手にそう言ったのはサリードだった。
立ち上がったかと思えば、ふらふら歩いてフォリアの前にしゃがんでみせる。
「今頃は殺しまくった褒賞でバカンス? それとも、まだ軍で次の獲物探してる?」
「――おい、貴様。発言には気をつけろと言ったはずだぞ」
「おー、べっぴんが怒って怖い怖い。でも別におれは褒めてるんだぜ? そっちのバケモンのこと」
フォリアの横で控えていたシンディは睨みを効かせたが、サリードはどこ吹く風。
「やっぱ、殺すのが好きなタイプ? それとも命令ならなんでもやっちゃう系? あ、どっちもってこともあんのか! この前の戦いじゃあ、大活躍できてさぞ楽しかっただろーな?」
「サリード」
八重歯を覗かせて高圧的に笑う男に、シュカが睨み、シンディが腰の剣から鞘を抜こうとした時だった。
「そんな人じゃないっ! 彼女は、そんな人じゃ……っ!!」
耐えきれなかったフォリアが叫んだ。
怒りを露わにした彼女が吠えたのに驚いた面々が、揃って彼女に視線を注ぐ。
「……彼女……」
「へぇー。亡霊って女なんだ」
シュカとサリードの反応に、フォリアはグッと喉に力を入れた。
まるで悪役にでも回った気分になるのが、苦しい。
否。彼らにとって自分は元々敵国の人間なのだ。
どうしたって、過去は変えられない。
しかし、ここまで言ってしまったからには折れたくなかった。
そこまで言われては、黙っていられなかった。
「想像で語らないでください……。わたしにとっては大事な人なんです……」
「親族とか?」
「サリード。いい加減にしろ」
シュカの苦言にやっとサリードは口を閉じたが、その表情に反省の色はない。
「ハイハイ。それ以上うちの代表が気になるなら、オレが相手になるぜ、ダンナ?」
嫌な空気が漂うところで、サリードの後ろから肩を組みにきたのは、それまで端っこの方で荷物持ちと食事をしていたハルルだった。
護衛対象から離れるのは褒められたことではないのだが、その本人が聖女を気にかけているのは明白で、その理由も彼は知っているから腰を上げた。
それと、これ以上、聖女がポロポロ彼女の情報を話してしまわないためでもある。
「オレはあの人の部隊所属だ。聖女サマより軍人としての代表はよく知ってるぜ。――まっ! 答えるかは別の話だけど」
「じゃあ、勝負でもするか? おれが勝ったら、そっちの言う代表ってやつと会わせろよ」
「おっ。いいねぇ〜」
互いに冗談混じりのように言って笑っているが、ほとんど本気だ。
「ディカード中尉。持ち場に戻れ」
「お前も頭を冷やして来い。サリード」
シンディとシュカがいさめたので、やっと話は終わりをみせた。
サリードは不満そうだったが、ハルルは満足そうに笑ってリッカの元に戻っていく。
「ああ。そーだ。ひとつだけ」
その途中。ハルルは思い出したように足を止めて、後ろを振り返る。
「うちの代表、聖女サマのことはめちゃくちゃ大事に思ってるから、あまり困らせないことをお勧めするよ」
軽く煽って、ハルルは再び歩き出す。
「…………ハルルさん」
その後、彼が戻った先で待っていたリッカに「余計なことを言うな」という目線を浴びたのは、仕方のないことだろう。
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「それで? 例の件は?」
「先日、小物に仕込んだ爆破をそのまま食らっている。うまくいけば消せるだろう」
「そう。ならいいのだけれど」
「……そんなにやつがお気に召さないのか?」
男の問いを、女は鼻で笑った。
「いい? 英雄は死んでこそ価値があるのよ」
締め切られた個室で、キセルを吸うとふぅーと細い息を吐く。
「それに移動魔法の使い手でしょう? いつどこに出るかも分からない得体の知れない駒なんて、今のうちに処理するべきね。軍部にいるなら尚更」
「やつはただの駒だろう。任務であれば、別人として死ぬことも問わないやつだ。わざわざ手を下すほどの価値があるとも、おれは思わないんだがな」
「――馬鹿ね。だからこそ邪魔なのよ。その駒を使うのは、あの男なんだから」
「………………」
あの男――というのは、死神と呼ばれている男のことだろう。
確かに、死神に持たせるには、あまりにも誂え向きだ。
「あんたはもっとこの状況を深刻に受け止めたほうがいいわよ。あの男がやる気になれば、あっという間にこの国のパワーバランスは崩れる。現時点で、教会はかなり権威を失いかけてるわ。……本当に、モルディール卿には感謝してる。あんな逸材を囲っていたなんて」
ちりちりキセルの中で葉が燃える。
独特な甘い匂いが部屋を漂っていた。
「今となっては、貴族の権威など昔ほど強くない。ちゃんとその事を自覚するべきよ。数の強さを甘くみては、お隣さんと同じ道を進むわ」
女の瞳は、どこまでも先を見捨ているようだった。
「小さな綻びが、のちに尾を引くの。バカ狸たちが聖女の力を独占しようとして、一部の平民たちは教会に不信感を抱き始めてる。そうなったら、誰が持ち上げられるかなんて考えるまでもない――」
男は思った。
彼女が「狼牙」を気に入っていないことは確かなのだが、決してそれは自分勝手な浅慮などではないのだと。
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